第50話 お婆様が歩いた!
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第50話 お婆様が歩いた!
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「クソババアに先を越されたのは業腹だが、《《トーマが私のため》》に造ってくれた酒だと思うと、腹立たしさも収まるというものだ」
「喜んでもらって、俺も嬉しいです。それで、手紙でお願いした件ですが」
「うむ。しっかり考えてきたぞ」
懐から皮紙を出したお爺様が、俺とお父様に見えるように掲げられた。
・疲労回復用薬膳酒:長命酒
・血行促進用薬膳酒:冷破酒
異論はないから、即決する。
これらには、バイエルライン公爵家とロックスフォール家の家紋をつけて売り出すことになった。
これも七百五十ミリリットルの瓶で売り出し、二十ミリリットルの器もつける。また、使用している薬が高額だから、販売価格も一本六千Gとかなり高額だ。
あと、馬王の蒸留酒を使っているけど、薬膳酒のアルコール度数はあまり高くない。なぜかアルコール度数が激減している。あくまでも薬効がメインなので、酒としての役割は低くていい。これも薬膳酒の元のおかげだろう。
「フフフ。これであのクソババアに勝った!」
「「勝った?」」
「ババアはアッフェルポップだけだが、私は長命酒と冷破酒の二種類だ。勝っているだろ! アハハハ!」
そんなことで勝負しなくても……。お爺様、お茶目だね。
薬膳酒二種が完成し、命名してから機嫌がこれ以上ないほどいいお爺様。俺はお父様とお母さんとジークヴァルト、そしてお爺様と共にアクセル領へ向かった。
そしたら、玄関までお婆様が出迎えてくれた。
「バーバー」
お母さんに抱かれたジークバルトが、お婆様を見て両手を伸ばした。
「あらあら、ジークちゃん。お婆ちゃんが抱っこしてあげましょうね」
「ダー」
その時、お婆様が車椅子から立ち上がって歩き出した。
「「「え!?」」」
お婆様が歩いているのだ。俺とお父様、お母さんは驚きで声を失った。
「トーマちゃんのおかげでこうやって歩けるようになったわ。ありがとうね」
「お婆様が歩けるようになって、よかったです!」
「皆にも心配をかけました」
お爺様が号泣している。知っていたんじゃないの? それに、使用人の方々も感無量といった感じで目に涙を浮かべている。
お婆様は根気よくリハビリを続け、まだ少しだけど歩けるようになったのだ。
「奥様」
セバスさんが車椅子を持ってくると、お爺様がお婆様の手を取って座らせてあげた。そこにジークヴァルトがお婆様の膝の上に移動する。ジークヴァルトを抱いたお婆様は優し気な笑みを浮かべた。
「もう少しでジークちゃんを抱いて散歩できるようになるわ。それまで待ってね」
「ダーダー」
今回、お父様もアクセル領へやってきた理由は、お婆様のお見舞いだけではない。
以前、俺がアクセル領へ向かっている途中でライトスター侯爵家の兵士に襲われたことがある。
お父様は騎士爵で直接ライトスター侯爵家に状況確認してもまともに相手されないだろう。だから、お爺様がライトスター侯爵家に確認したのだ。その返事が返ってきたのである。
『問い合わせの者は当家に在籍していた時期もあるが、今は当家の者ではない。よって、その者が何をしようと、当家に一切の関りはない』こんな感じの返事だった。
彼らはトカゲの尻尾のように切られてしまったのだ。こうなることが分かっていなかったようで、しきりにライトスター侯爵の命令だと訴えている。
俺からしたら、あのライトスター侯爵のどこに信じられるものがあったのかと思う。裏切られ、切り捨てられるのが分かっていたじゃないか。
それでも命令を聞いたのは、家族を人質に取られていたのかと思ったくらいだった。
「あのクソ野郎め! トーマを襲っただけでなく、私をコケにしよった。どうしてくれようか」
お爺様の怒りは怒髪天を衝くものだった。
「ライトスター家は必ず潰す。あの者らが私と同じ王国貴族だと思うだけで反吐がでるわ!」
俺もあの家には色々思うところがある。
腹は立っているし、見返したいとも思っている。でも、あの神を僭称する神使のティライアほどには怒ってない自分がいる。
なんでだろと振り返ってみると、前世の親のほうがよっぽど酷かったからだと気づいた。あれより酷いことはそうそうない。
「ロブ殿。少し時間をかけるが、あの家には必ず報いをくれてやる。しばし猶予をもらいたい」
「某も簡単なことではないと理解しております。ですが、その時がきたら先陣を切りたく存じます」
「よく言ってくれた! その時がきたら、よろしく頼むぞ」
「ありがとうございます」
「トーマも今しばらく我慢をしてくれ」
「お爺様に全てお任せします。よろしくお願いします」
今の俺の言葉なら、神殿を動かせるかもしれない。でも、俺は神殿を動かす気はない。
あの神を僭称する神使を祀る神殿を信用できないのだ。神殿を乗っ取り、利用するのはありだと思うけどね。
アシュード領に帰ってきた。
すぐに薬膳酒の造り方をジンさんとラムさんたちに教えた。
酒工房も増築したし、人手もさらに増やした。
アシュード領は酒の一大生産地になってきた。
馬王だけでアシュード領の税収を軽く凌駕する収入がある。そのお金で湊の建設を初めているし、他にも領内の整備が進んでいる。
アシュード領が発展するのはいいことだ。このまま問題なく発展してくれることを祈ろう。
「トーマ様。最近東部で新しい酒が売り出されているそうです」
ダルデール卿がご機嫌伺いと称して俺の様子を見にきたら、新しい酒の情報を持ってきてくれた。
うちから盗まれた酒麹が使われた酒がそのうち出てくると思っていた俺は、全国にネットワークを持つ神殿に注意喚起をしていた。その中で新しい酒が出てきた。うちから盗まれた酒麹を使ったものでなければいいのだが……。
「馬王に匹敵するほど美味しい酒と評判なのだとか」
「馬王の生産が追いつかないので、そういうお酒が出てきてくれて嬉しい限りです」
馬王は増産しているが、需要にまったく追いついていない。だから他に美味しい酒が出てきてくれたことは悪いことではない。
「それはどこで造られているのですか」
「たしかファイアット子爵のベッテンバムス領で造られていると聞きました」
「ファイアット子爵の名前はどこかで聞いたことがあるような……」
どこだったかな……?
「ライトスター侯爵家の一門ですよ」
「ああ、そうだ!」
あの家の血縁者だった。昔、あの家にいたときに聞いたことがあった。
しかし、こうなると本当に盗まれた酒麹から造られた酒なのかもしれない。それはヤバいんだけど。
「ダルデール卿。その酒は少しなら問題ないですが、飲み過ぎると体調不良を引き起こすかもしれません。監視をお願いします」
「承知しました。しっかり監視いたします」
普通に酒造りの知識がある人があの酒麹を使うと、それなりに美味しい酒ができる。ただし、あの酒麹はうちの酒工房がある標高から下りると、変質するようになっている。
変質した酒麹から造られた酒を飲み過ぎると、体調不良を起こすんだ。死ぬことはないけど、視力が落ち、あちこちの関節が痛くなり、倦怠感を感じるくらいかな。そんな酒を販売したらどうなるか。
もっともあの酒麹を使ってない可能性もあるわけで、ライトスター家の縁者だからといって必ずしも悪党というわけではないと……思いたい。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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