第41話 アクセル領へ
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第41話 アクセル領へ
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「ヘルミーナよ、お前の記憶がなくても、私たちにはあの楽しかった頃の記憶がある。今すぐにとは言わぬ、ゆっくりでいい、だからまた『お父様』と呼んでおくれ」
「……はい」
驚愕の事実に一番困惑しているのは、お母さんだ。昨日からとても無口になっている。忘れ去ってしまった昔を思い出そうとしているのか、考えるものがあるのか、両方なのかもしれない。俺では計り知れない葛藤があることだろう。
お母さんをこんな目に遭わせた誘拐犯はすでに死んでいるらしい。この怒りを誰に向ければいいのか……。
「それと……これは頼みなのだが……」
公爵が言葉を詰まらせると、アレクサンデル様が引き継ぐ。
「母上がもう長くないのだ」
「「えっ!?」」
俺とお母さんは驚きの声を出した。アレクサンデル様の母上ということは、お母さんのお母さん、俺のお婆さんになる人だ。
「ヘルミーナが攫われたあの日から、母上は生きる気力を失ってしまってね……。一年ほど前から寝たきりなのだ」
「侍医の話では、あと半年ということだ。最後に、ヘルミーナやトーマ、ジークヴァルトの顔を見せてやりたい。三人で、いやロックスフォール卿も含め四人でアクセル領にきてくれないだろうか」
途中から公爵が悲壮感を漂わせた声で話を続けた。断れない。だけど、俺がアクセル領にいくと、神殿がなんと言うか。いや、なんと言おうと、いかない判断はない。もう時間がないのだから、俺たちはいくべきなのだ。それで神殿がうるさく言ってきてもだ。
「お母さん、いきましょう! いって、お母さんの顔を見せてあげてください」
「そうね……旦那様、アクセル領へ向かってもよろしいでしょうか」
「もちろんだ、むしろ、君が嫌と言っても無理にでも連れていこうと思っていたところだ」
すぐに家族四人でアクセル領へ向かうと神殿に連絡をすると、ダルデール卿がまたやってきた。フットワークの軽いお婆ちゃんだ。
「ふん。うるさいことを言うでないぞ、ババア」
「アリューシャ様のお顔を見た時、既視感を覚えました。そしてバイエルライン公にお会いし、ブリュンヒルデさんの顔を思い出しました。浮世に疎い私とてそれくらいは察しますよ」
ブリュンヒルデというのが、公爵夫人の名前だ。ダルデール卿は公爵夫人と会ったことがあり、お母さんが公爵の娘だと察してくれたのだろう。
「もう長くないと聞いております。神殿は私が抑えますので、好きなだけお婆さん孝行をしてあげてください」
ダルデール卿は本質はいい人なんだろう。神や神殿が絡まなければ、人の情がある人なんだと思う。お爺様に追い打ちをしたのも、神が絡んだ話だ。神が絡むと頑固者というか融通が利かないのかもしれない。神官の駄目なところだな。
俺たちは公爵家の豪華な馬車で屋敷を出て、山を下りた。お父様は馬に乗って馬車の横で警護してくれている。公爵の家臣にお父様以上のレベルの人はいない。どんな敵が出てきても安心だ。
公爵がやってきた時は超高速船で屋敷に横づけしたが、あの船はすごく乗り心地が悪いそうだ。
「一晩たったら、腰が痛くて仕方ないわ」
とのことだ。だから公爵の御座船が近くまできているのだけど、それはある程度の深さと川幅がないと運用できないらしい。
ちなみに、超高速船はホバークラフトのように浮き上がって水面を滑るように走るため、川なら滝がなければ問題ないし、陸でも平地なら走れるのだとか。ただし、かなり燃費が悪いらしく、運用するには高額な費用がかかるらしい。
ガラスが貴重な世界なのに、ホバークラフトのようなハイテク船があるのは、魔法があるからだろう。船がまるごと魔道具化されているらしいので、実は公爵が乗るべき御座船と同じように建造費が超高額な船らしい。
屋敷から村の中を抜け、徐々に標高が低くなっていく。急な坂はないが、山森の中を切り開いている道なのであまり道幅は広くない。
一時間ほどで森を抜けると、平地がある。ここら辺はまだうちの領地らしいが、地面が岩盤になっているので農地には向かないのだとか。
そこから少しのところにライバー川が流れており、御座船の威容が見えた。御座船はとても大きく、全長五十メートルくらいある。四角帆が二本、三角帆が二本あり、速度は落ちるが向かい風でも進めるらしい。
川岸から小舟で御座船に乗り移ると、乗組員が整列して迎えてくれた。
「公爵閣下に敬礼!」
船長の掛け声で動きがピタリと揃った敬礼をした。乗組員は訓練が行き届いていると、素人の俺でも分かるくらいキビキビ動いている。
豪華な船で川下りは、心が躍った。船はあまり揺れないし、川面を切って進む。まだ寒い時期だけど、今日は天気がよく風が気持ちいい。
「トーマ様。あまり風に当たっていますと、お風邪をめされますよ」
神殿騎士分隊長シュザンナ・コールラウシュさんと部下の二人は、ずっと俺のそばにいる。おかげで寒さが身に堪えたのかな。唇が青くなっている。
「そうですね」
俺が護衛を頼んだわけではないけど、彼女たちは仕事だから俺のそばを離れられない。上司から命令されたら、この世界では命がけでそれを果たさなければいけない。俺が理解を示してあげないと、ブラックになってしまう。船の中に入ろう。
そう思った時、川岸に多くの船が停泊する湊が見えた。
「あれはどこの湊ですか?」
「リッテンハイム男爵家が治めるジャドーズ領のウルム湊です」
リッテンハイム男爵といえば、タリアが引き取られた家だ。タリアは元気だろうか。きっともっと可愛く、綺麗になっているんだろうな。彼女が幸せに過ごせますように、デウロ様に祈ろう。
▽▽▽ Side カール・アクセル・バイエルライン公爵 ▽▽▽
御座船の一室で、私は暗部の長と向かい合った。
「いいか、ライトスターを丸裸にしろ」
「あの時の雪辱は必ず」
ヘルミーナが攫われた際、暗部総出でその行方を探した。だが、ヘルミーナは見つからなかった。
この王国の情報を統括する我が家の暗部として、それは屈辱だったろう。私もあの時は厳しい言葉を浴びせたものだ。
「それでいい。今度は失敗するな」
「はっ!」
ライトスターを攻め滅ぼすのはそれほど難しいことではない。兵の数も質もライトスターと当家では雲泥の差である。だが、それをすれば、民が犠牲になる。それは決して私の望むものではない。おそらくヘルミーナもそうだ。
だが、あのクズらには必ず報いを受けさせる。なあに、あの者らを屠るのに兵を使うまでもない。あの家には後ろめたいことが山ほどあるのだ。それを曝け出すだけでいい。
「トーマが成人するまでに、あの家を潰してくれるわ。待っておれよ、ライトスター!」
握っていた銀のゴブレットが潰れ、ワインが零れた。セバスが私の手から潰れたゴブレットを抜き取り、零れたワインを拭きとる。
「お袖が少々汚れました。すぐにお着替えを用意いたします」
「構わぬ。それよりもトーマは何をしておるか?」
「甲板に出て川を眺めておいでです」
「そうか。将来、トーマに……いや、なんでもない」
セバスは何も聞かず下がった。
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