第39話 異様な雰囲気
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第39話 異様な雰囲気
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昨夜の晩餐は異様な雰囲気だった。バイエルライン公爵家のアレクサンデル様が、何度もお母さんをガン見していたのだ。さすがのお父様もそれには嫌悪感を覚えたようだし、俺もいい気分ではなかった。いくらお母さんが美しくても、人妻をああもガン見するというのはよくない。
「うん。ダメだな。アレクサンデル様、アウト」
うちはツーアウトで出入り禁止だからな! と思いつつ酒工房に向かうために、屋敷を出る。門の左には兵士詰所、右には神殿騎士の詰所もある。お互いに睨み合うことがあるらしい。俺のために喧嘩するの、やめてー。
「おや、トーマ様ではないですか。お出かけですか」
「セバスさん。おはようございます」
バイエルライン公爵家の執事さんだ。アレクサンデル様はポンコツだけど、この人はできる! うちのジョンソンも優秀だけど、セバスさんはそれ以上かもしれない。
「これから酒工房にいくんです」
「ほう。あの馬王を造っておられる工房ですな。あれは美味しいお酒にございますな」
馬王を美味しいと言ってくれるのは、素直に嬉しい。このセバスさんはまったく厭味がなくそういってくれているように聞こえる。
「一緒にいきますか?」
「それはありがたいお申し出にございますが、わたくしはアレクサンデル様のそばを離れるわけにはいかないのです」
「そうですか。それでは、俺はこれで」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ」
なんかうちの執事みたいだな。
「トーマ様、お出かけにございますか」
今度は神殿騎士のシュザンナさんだ。たしかフルネームはシュザンナ・コールラウシュだったかな。女性の神殿騎士で、二人いる隊長格の一人だね。空色の髪を肩口で切り揃えていて、深い海のような濃い青色の瞳をした二十三歳の美人神殿騎士である。
「あ、はい。酒工房にいくだけです。危険はないので大丈夫ですよ」
「いえ、お供いたします」
真面目が鎧を着て歩いているような人だ。神殿騎士は基本的に生真面目なのだ。不真面目よりはいいのだろうが……とにかく堅苦しいかな。
酒工房では、五人の新人が整列していた。どうやら俺がくるのを待っていたようだ。
「トーマ様に敬礼!」
「ジンさん、軍隊じゃないんですよ」
「あ、すみません。つい」
「皆さん、楽にしてください」
ジンさんの号令で敬礼していた五人が楽にした。
「あー、皆さん、俺はトーマです。一応、この酒工房の責任者です」
「皆知ってることですよ、それ」
そりゃそうだ、全員村人だし。俺も皆の顔を知っている。
「それじゃあ、自己紹介はなしで。さっそくだけど、仕事をしてもらおうかな。ジンさん」
「はい。まずは馬麦の蒸しだ。全員、しっかり働けよ」
「「「「「応!」」」」」
新人は三十歳もいるけど、三人は二十代前半と十五歳が一人だ。五人には蒸し行程から一から教える。
最近はジンさんとラムさんも特級酒を造る確率が上がってきた。二割近くが特級酒になる。六割が一級酒で、二割が二級酒かな。おかげで二級酒から作っている蒸留酒が少なくなるな。それだけが困ったところだな。まあ、新人さんが馬王を造れば、また二級酒が増えるでしょう。
蒸しにはそれなりに時間がかかる。その間のことはジンさんとラムさんに任せて、俺は自分が管理する酒樽の世話をしよう。
俺専用の酒蔵に入った。もちろん、シュザンナさんたち神殿騎士は外で待ってもらっている。ここには、俺と俺が許可した職人以外は入れないのだ。
仕込んだ樽の蓋を開けると、酒の香りがしてくる。
「順調だな」
この樽はあと五日もすれば、出荷できるだろう。
他の樽も蓋を開けて一つ一つ確認し、重攪拌する。重攪拌は重労働だが、レベルが上がっているおかげで、そこまで苦労はしない。むしろ、背が足りないことのほうが苦労している。
最近の俺はちゃんと食べているおかげで、成長期だ。背は伸びているが、大人から見れば低いのである。
「これでよしと」
管理している樽を全部世話し、さらに奥に安置している蒸留酒や熟成馬王の樽に異変がないか確認する。
「全部問題なしと」
酒蔵を出て閂と鎖、鍵が三つ。賊が入ってから厳重になった。
酒工房に戻り、皆の作業風景を眺め、問題があれば修正をしていく。間違えてもいいけど、衛生面は厳しく言う。あと、危険行為はしっかり訂正しないと、大怪我につながる。せっかく人材を育てても、怪我して働けなくなってはお互いに損失だ。厳しくくどいくらいが丁度いい。
夕方になったので屋敷へ帰るのだが、何か騒がしい。
うちの屋敷は東以外がライバー川に面しているんだけど、二隻の船が横づけされていた。
お父様は船を造ろうとしていたが、まだ湊を整備してない。それなのにもう船を買ったのだろうか?
近づいて分かった。その二隻の船には、バイエルライン公爵家の家紋が入っていたのだ。あれは、お父様が買ったものではなく、バイエルライン公爵家のものだ。アレクサンデル様は馬車でお越しになったけど、帰りは船で帰るのかな?
屋敷の前にはバイエルライン公爵家の騎士が勢揃いといった感じで玄関から門の外まで整列していた。異様な雰囲気だ。シュザンナさんたち神殿騎士が俺の前に出て、警戒をした。
「なんなの、これ?」
「トォォォォマ様にぃぃぃぃっ敬礼っ!」
一糸乱れぬ動きで、全員が俺に敬礼する。
「本当になんなの、これ?」
公爵家の騎士から敬礼される覚えはないのですが?
玄関が開いて、セバスさんが出てきた。
「トーマ様。こちらへ」
「あの、これはどういうことですか?」
「そのことを含め、皆様からお話しがあります」
「そ、そうですか……」
まるでバイエルライン公爵家の屋敷のようにセバスさんが先導して応接室へと向かった。
セバスさんが俺の帰りを告げ、ドアを開ける。中にはお父様とお母さんと弟のジークヴァルトとアレクサンデル様、そして五十代の身なりのよい紳士がいた。あんた誰だよ?
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