第38話 ヘルミーナ
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第38話 ヘルミーナ
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▽▽▽ Side アレクサンデル・アクセル・バイエルライン ▽▽▽
アクセル領から馬車で四日、私はロックスフォール卿が治めるアシュード領へと入った。
アシュード領は山間の領地で、領主屋敷がある場所は丘をいくつも越えた高所にある。
昔は鉄鉱石を採掘しており、鉱夫たちが住む村がこのアシュード領の興りだと聞いている。
「アレクサンデル様。そろそろ到着いたします」
私を守る騎士を率いるアウグスト・ケスラーの声に頷く。
窓にはガラスが嵌められている。やや色ムラがあるものだ。私がこのアシュード領に使者としてやってくる切っ掛けとなったのが、ガラスだ。それもただのガラスではない。色ムラはなく、さらに歪みもない美しいガラスボトルである。馬王の特級酒よりもさらに高級な酒が入ったそのガラスボトルは、世界にただ一つの素晴らしいものであった。
ロックスフォール卿の屋敷に到着した。馬車を降り、胸を張る……が、私はロックスフォール卿の横に立つ女性に目が惹きつけられてしまった。
バカな……。彼女はまるで……母上。
その女性は若かりし頃の母上によく似ていた。そして、私は本能で理解したのだ。この女性は、私の妹だと。
妹は十三歳の時に誘拐された。父上も母上も私も家族全員が、妹が無事に戻ってくることを信じていた。だが、妹は帰ってこなかった。
妹を誘拐した者らは皆殺すか捕縛した。捕縛した者らは殺してくれと懇願するほどの拷問を受けたと聞いている。あの優しい父上がまるで悪魔のように恐ろしかったのを覚えている。
あれから十二年、我らは妹のことを忘れたことはない。しかし、妹の行方はまったく掴めなかった。
我が家はこの国の情報を所管する家だ。それなのに、妹を見つけ出せないなど恥でしかない。以前の私は、憤りを情報部の者らにぶつけてしまったこともある。彼らとて手抜きをしたわけではないのだ、悪いことをしたと思っている。
そんな妹が生きていた!
私はあまりの嬉しさに、どう彼女に接すればいいのか分からなくなった。気づけば酷く気分が悪く、吐き気をもよおしていた。
「セバス……見たか?」
私はソファーに横になりながら、掠れた声で当家の生き字引のようなセバスに問うた。
「はい。心臓が止まるかと思ったほどの驚きを覚えました」
「お前も彼女がヘルミーナだと思うか」
「ロックスフォール夫人は、奥様の若い頃に瓜二つにございました。それに年の頃もヘルミーナ様と同じ二十五歳くらい、さらに太陽の光を受けて輝く金色の髪と宝石のような緑色の瞳は、まさにヘルミーナ様のものにございます」
寡黙なセバスがよく喋るわ。それだけセバスも確信をしているということであろう。
「父上に書状をしたためる。早馬で頼む」
「承知いたしましてございます」
すぐに書状を書いた。時間が惜しいゆえ、手短に要点だけを記したものだ。騎士の二人が、二頭の換え馬を連れてアシュード領を発った。
さて、心を落ちつかせて考えろ。私はロックスフォール夫人にどう接したらいい。おそらく父はすぐにやってくるであろう。公爵としてはどうかと思うが、話が妹のことだ、飛んでくるに違いない。それまで妹の話をするべきか?
待てよ、妹は私を見てなぜ平然としておるのだ? 誘拐されて十二年。それは家族の顔を忘れてしまうほどの年月なのか? たしかに今の私は三十歳と年を取ったが、十八歳当時の面影はあるであろう? ヘルミーナはなぜ何も言わぬのだ……?
「アレクサンデル様。ロックスフォール卿がお越しです。お通ししてもよろしいでしょうか」
セバスの言葉に頷き、ソファーから立ち上がる。
「アレクサンデル様、ご気分はいかがでしょうか」
「ロックスフォール卿には迷惑をおかけしました。かなりよくなりました」
「それはようございました。本日は歓迎の晩餐をと思っておりますが、出席いただけますでしょうか」
「ええ、喜んで出席させていただきます」
私は大事なことを忘れていたわ。
ロックスフォール卿を見送ると、セバスを呼んだ。
「ロックスフォール卿がヘルミーナを妻にした経緯を調べてくれ」
「それはすでに調べております」
さすがはセバスだ。
「聞こう」
「ロックスフォール卿がヘルミーナ様を娶ったいきさつは、ライトスター前侯爵の隠居にともなうものにございます」
その後は聞くも腹立たしい話であった。ライトスターめ、我が妹を奴隷としていたとは許せん! はっ!? あの誘拐もライトスターの差し金か!? あの老害であれば、やりかねん。仮に誘拐に関わっておらぬとしても、我が妹の誘拐はあの頃大騒ぎになった。
本来、貴族の子供が誘拐されたなど家の恥として隠され、密かに処理されるものだ。だが、父上は妹が生きてさえいればそれでいいと、王国中に妹の似顔絵をバラ撒いた。もちろん、ライトスター家にもだ。それなのにヘルミーナを奴隷にし、あまつさえ妾にするだと? 怒髪天を衝くとはこのことだろう。あの家には、必ず報いを受けさせる!
「ふー……」
セバスが淹れてくれたお茶を飲み、心を落ちつかせる。いったい何度心を落ちつかせればいいのか。
「ヘルミーナの横に立っていた子がライトスターとの間に生まれた子か?」
「左様にございます。名はトーマ様にございます」
青銀色の髪に金色の瞳は、まさにライトスターの特徴だ。忌々しいと思うが、それでも妹の子である。あの子、トーマに罪はない。
「赤子がロックスフォール卿との子だな」
「はい。ジークヴァルト様にございます」
トーマもジークヴァルトも、私にとっては可愛い甥である。必ず、守ってやると誓おう。
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