第35話 交渉
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第35話 交渉
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ダルデール卿が少し言いにくそうにしたが、口を開く。
「神殿にもお酒を卸していただけないでしょうか」
「馬王をですか」
「あ、その、言いにくいのですが、できれば神殿用にお酒を造っていただければと」
言いにくいのに、ちゃっかり言っているけどね。
「新しい酒をですか……」
お父様はまた難しい顔をする。
新しい酒を造る苦労は、かなりのものだ。それを簡単に言ってくれると思っているんだろう。
「トーマ、できるか?」
「確約はできませんが、できると思います」
確約はしないけど、失敗するつもりはない。
「ただ、神殿用というのは駄目です」
「なぜでしょうか」
「俺がデウロ様に与えられた力は、多くの人のために使う力なのです。それを神殿だけにというのは、デウロ様の意志に反します」
「なるほど。これは失礼いたしました。今の提案は取り下げたく存じます」
随分と簡単に引き下がる。
「そこで別の提案なのですが、新しいお酒は造れるとトーマ様は仰いました」
「……はい」
引き下がったんじゃないのかよ。
「そこで新しいお酒の半分、いえ、三分の一でもいいのです。神殿に優先的に購入できる権利をいただけないでしょうか。もちろん、他の三分の二よりも価格は高くて構いません」
専用を優先権に変えただけか。全部と言わないところがミソなのだろうな。
「お父様と話し合い、お返事をさせていただきます」
「はい。是非前向きにご検討ください。あ、それとその新しいお酒を造るための初期費用は、全て神殿で負担させてください。それくらいはさせてくださいな」
「それもお父様と相談してお返事します」
デウロ様から神の座を奪った神使を主神として祀る神殿は、俺の敵の可能性がある。とはいえ、今は神殿と敵対するわけにはいかない。
いや、これはチャンスかもしれない。神殿の中にデウロ様の勢力を築くのだ。俺は使徒として神殿でそれなりの発言力があるはずだ。だからデウロ様の信徒を神殿内で増やしていけば、無駄な争いを回避することができるはず。
その第一歩として、ダルデール卿を取り込む。新しい酒をそのために使うのはありだと思う。そして酒をきっかけにし、神殿をデウロ様の勢力で染めていくのだ。
ふふふ。我ながらいい案ではないか!
お父様と相談した俺は、新しい酒の販売量の二割を神殿に卸すことにした。ただし、一種類だけだ。新しく造る酒の全種類にというのはあり得ない。
「はい。それで構いません。よろしくお願いいたします」
ダルデール卿はすんなり受け入れた。最初から二割くらいが落としどころと考えていたのかもしれない。やっぱり、このお婆ちゃんは油断ならない人だ。
「トーマ様には、すでに新しいお酒の案があるようですが、差し支えないところだけでもいいのですが、お教えいただけないでしょうか」
「そうですね。本来は馬王と同じようにこのアシュード領で生産したものを原料にしたかったのですが、残念ながらそういったものを新しく発見していません。ですから、近領で生産されているものを原料にすることを考えています」
「当然のお考えですね」
「そこで目をつけたのが、アクセル領で生産されているアポーです」
アポーというのは、前世でいうところのリンゴのような果実だ。晩秋から初冬に収穫されて、熟成期間を得て市場に出回る。俺も何度か食べたことあるけど、熟成されたアポーはとても甘く、いい感じに酸味が利いている美味しい果実だった。
「バイエルライン公爵家の領地のアポーですか。私もアポーは大好物ですのよ。オホホホ」
「俺もアポーは大好きです。ハハハ」
ハハハ。笑っておこう。
「さて、トーマ。そのアポーの件だが、どれくらい必要だ?」
「最初は試作ですから、一トンほどあればいいかと」
一トンはかなりの量だが、めちゃくちゃ多いということはない。アポーは保存が利く果実で、その需要は高いと聞いている。遠方に輸出するにも、保存が利くというのは利点である。
一トンという量を確保するのが難しいなら、できるだけ多くと考えている。
そんなある日、バイエルライン公爵の使者が三日後にやってくるという先触れがあった。
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