第117話 建前
■■■■■■■■■■
第117話 建前
■■■■■■■■■■
ジュラ港に拠点を築いた。補給物資を一時的に保管する倉庫が立ち並んでいる。防衛拠点ではないので、強固な防壁はない。
倉庫内には大量の食糧と武器防具が納められている。この日のためにこつこつ変換した物資の数々だ。
「なあ、俺も前線に出たいんだけどー」
「そう言ってもなぁ、ベンは俺の家臣だから前に出るのは難しいんだよ」
「ちぇ。やっとアリューシャ様の仇を討てると思ったのによ」
お母さんのためにベンが怒ってくれるのは嬉しいし、感謝している。でも、お母さんは死んでないからな!
今現在俺はここから離れることができない。それは配下や家臣も同じだ。多くの補給物資がこのジュラ港に集まってくる。
俺に与えられた任務は物資の管理と輸送で、これを疎かにすれば全軍が機能不全に陥る。
俺だって前線で戦いたい。カトリアスのおかげで貯め込んだ鬱憤を晴らしたいと思うが、立場がそれを許してくれない。
困ったことに、俺はクルディア王国の侯爵なのだ。国王は顔では笑っているが、俺の勢力を警戒している。あの顔に騙されて好き勝手やれば、国王が敵になりかねない。
俺はそんなことを望んではいない。そんなことになったら、お爺様にも伯父上様にもお父様にも迷惑がかかる。それは絶対してはいけない。
「今頃はロブ様がカトリアス聖王国のヤツらをぶっ飛ばしているんだろうなぁ。いいなぁ~俺もぶっ飛ばしてぇなぁ~」
東の空を見上げ、ベンは大きなため息を吐いた。それは俺もだから、言わないでほしい。
今頃は三方向から進軍が行われているはずだ。
ラインハルト君の第二軍団はカトリアス聖王国に入ってすぐに北進し、カッシュ港を確保することになっている。
カッシュ港は海を経て聖都と連携し物資の輸送拠点になりかねない。だから確実に確保しておきたいところだ。
エリス様の第三軍団は北東へ進み、ジュブレーユという都市を確保する予定だ。ジュブレーユはカトリアス聖王国有数の大都市で、ここを抑えることで軍事的優位を確立できる。
そしてエーレンフリート様の代理として第一王子派を率いるブラックライド侯爵の第四軍団は、ケンジー川の北側を進んでアルバース砦の攻略を目指している。
ケンジー川に面した山の上に築かれたアルバース砦は、難攻不落と言われているほどの防衛拠点だ。
あと、今回のカトリアス聖王国侵攻作戦は、クルディア王国以外にライカ王国、ベスタ皇国、フォルト国、ザバ王国、デキトム王国と多くの国が参戦する。
カトリアス聖王国はやり過ぎたのだ。国境を接する国の中でアシュラム皇王国だけが敵対してない。アシュラム皇王国は今回の所謂フルボッコに対して不干渉を決め込んだようだ。
クルディア王国は俗にいう大国だ。一対一の勝負でもカトリアス聖王国の勝ち目は薄い。
だけど、戦は何が起こるか分からない。国王は周辺国を巻き込んで確実にカトリアス聖王国を潰そうとしている。
六カ国が攻め込むわけだから、カトリアス聖王国は風前の灯火というわけだ。となればいいのだが……。
さてここで、ある問題が浮き上がってくる。六カ国の領土問題だ。カトリアス聖王国の崩壊後、どの国がどれほどの領土を勝ち取るか。要は早い者勝ちなわけ。先に取ったもん勝ち。どの国も目の色を変えて領土拡大に動いているわけですよ。
もし俺なら、あんな荒れた土地は要らない。人々は飢餓に喘いでおり、土地も痩せているところが多い。カトリアスは毒饅頭だよ。
話が横にそれたけど、カッシュ港を目指しているラインハルト君が一番その争いに巻き込まれやすいわけ。
ライカ王国はカッシュ港にほど近い。早い者勝ちのこの戦争で、近いということは有利なのだ。
だが、ライカ王国には一つの問題があった。それは軍事力がそこまでないことだ。ラインハルト君がカッシュ港を取るか、ライカ王国が取るか、賭けが成立しているらしい。
後方待機の中立派は、こういう娯楽で暇つぶしをしているのだとか……。いいのか、それで?
合わせて二十万以上の兵を食わすため、毎日補給物資を輸送する。昨日は第一軍団、今日は第二軍団、明日は第三軍団、戦争がなくても物資は消費される。俺はそんな補給を一手に差配している。
「うがーっ!? なんでこんなに書類が山になっているんだよ!?」
補給物資を動かすにも、部隊を動かすにも、何をするにも書類が回ってくる。
さらに、各軍団からは消費が激しい物資の要望がきて、俺は本国(王家)にどんな物資が少なくなったから送れと要望する。
その書類の数は膨大であり、物資が入ればそれが正しい数だったとかなんとか書類が回ってくる。
「シャミエモーーーン!」
「人の名前を変な風に呼ばないでくれるかしら」
「だって、書類お化けが俺を襲うんだー」
「それが上に立つ人の仕事じゃない」
「シャミエモンまで……」
「だから、変な名前にしないで!」
パコーンッと俺の頭をはたくシャーミーだけど、上の者の頭は叩いてはいけないと思います!
最初の戦闘はエリス様の第三軍団だった。敵が待ち伏せをしていたのを撃退したと聞いた。
実際にはそれなりの被害が出たらしいが、危機的な状況じゃない限りはそんな報告はしない。
ここジュラ港で補給物資の管理をしていると、前線からの報告が十日遅れくらいで届く。今後はもっと時間がかかることだろう。
もっとも、俺には各地に派遣している虫眷属がいる。虫眷属を通じてリアルタイムで情報をとることができるのだ。
第三軍団の被害状況を把握しているのも、そういった眷属からもたらされた情報だ。
「タムリンを呼んで」
「はっ」
タムリンは神殿騎士であり、竜騎士隊を任せている青年だ。彼からはデウロ様への篤い気持ちがが伝わってくる。
「タムリンです! お呼びとうかがい、出頭いたしました!」
短めの紺色の髪と、勝気な緑色の瞳を持った彼に、俺は命じる。
「二日後に敵の奇襲部隊がこの地域に現れるはずだ。これを放置すると、エリス様の第三軍団に大きな被害が出るため、これを殲滅してほしい。これは密命だ。竜騎士隊の隊員のみで共有し、他には漏らさないように」
「はっ! 密命、謹んでお受けいたします!」
書類上は補給部隊のタムリンの竜騎士隊に、カトリアス聖王国の部隊を急襲してもらう。
竜騎士隊は俺の配下だけど、王国に所属する戦闘部隊ではない。竜騎士隊は国からは独立しているデウロ神殿の戦力だ。王国に所属しているバルド領軍の部隊を動かして、戦闘していることがバレると問題になるけど、デウロ神殿の戦力は王国の指揮下にないから言いわけがつく。
俺の配下だ、と言う人はいるかもしれないが、そんなことは無視だ。建前は建前でしっかりと盾として使う。
カトリアス聖王国を亡ぼすために、味方に大きな被害が出るのはできるだけ未然に防ぎたいからね。
ただ、一つ気になることがある。最近、聖都に結界が張られたようで、情報が取れないのだ。
聖都の外は問題ないが、情報が取れないのは少し不安要素である。
悪いことが起きなければいいのだけど……。




