第110話 レーネとの訓練デート
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第110話 レーネとの訓練デート
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俺とレーネ嬢の婚約が決まり、お婆様は毎日が楽しそうに出歩いている。なんでも俺とレーネ嬢の結婚式のための準備なのだとか。
いや、まだ婚約したばかりなんだから、結婚式はカトリアス聖王国攻めが終わってからという話だったよね?
カトリアス聖王国はかなり弱体化しているとはいえ、攻め滅ぼすには数年はかかるはずだ。今からそんなに動いていたら、途中で息切れするからほどほどにね。
お婆様はそんな感じだけど、俺も結構忙しい。
名目上俺の家臣であるベンが、バルツァー伯爵家のクラウディア嬢と結婚するのが来年一月、さらにラインハルト君が従姉のローゼマリーと結婚するのが来年二月なのだ。
ラインハルト君のほうは、お祝いを用意するくらいだけど、ベンのほうはウチが主体となった結婚式だから大変なんだよ。
「ベンの新居の準備はどうだ?」
「問題ないぞ」
ベンの返事が軽すぎて、俺は不安になる。そこでシャーミーに視線を向ける。彼女は大きく息を吐いた。
「なんとか体裁を整えたわ。ベンの莫迦は女の子のこと全然分かってないから、苦労したわよ」
「おう、ご苦労さん」
シャーミーがしっかり面倒を見ているなら、問題ないな。うんうん。
もうすぐ成人する俺は、執務室で政務の多くを行っている。
その執務室にアルバート・クレーベが入ってきた。覚えている人もいると思うが、彼はお父様のところの領軍の副隊長をしていた人だ。
俺が侯爵に叙爵される時にウチに移籍してくれ、今は侯爵軍の軍団長をしている。
バルド領はカトリアス聖王国の難民を受け入れたことで、開発が進んでいる。今ではこの国でもっとも穀物生産量が多く、人口も王家直轄領に次いで多い。
そのバルド領軍は常備兵だけで八千人になる。募兵すれば軽く五万人は集まるだろうと見積もられている。集まるのはデウロ信徒ばかりと考えているので、そうでない人を含めればもっと多くなるはずだ。
もちろん、そんなに募兵する気はないけどね。
来年の夏、正確には五月にカトリアス聖王国侵攻がある。だから、アルバート軍団長はバルドと王都をいったりきたりしている。
「こちらが五月の出陣の際の戦力になります」
書類を受け取ると、内容を確認する。内容に不備はないように思われる。サインをしてアルバート軍団長に返した。
「これで進めてください」
「はっ!」
ウチは最前線に出ることはないらしい。あくまでも予定だから、状況次第というところはある。それでもウチが美味しいところを持っていくと、色々軋轢が生まれるのだとか。
俺としては三総大主教をこの手で地獄に叩き落としてやりたいところだ。
「アルバートのところはそろそろ四人目が生まれるんだったかな?」
「はい。来年の三月の予定です」
「子供が産まれてすぐに出陣になるか。すまないね」
「男爵夫人を攫った者らを誅するための出陣です。生まれてくる子供も私を誇ってくれることでしょう」
男爵夫人というのは、俺のお母さんのことだ。アシュード領を治めているロックスフォール家は、いまや男爵様だからな。
ただ、子供にとっては親がそばにいてくれることが一番だと思う。前世の俺の親のようなヤツは、少ないと信じたい。だから、できるだけ早く戦争が終わることをデウロ様に願おう。
レーネ嬢がウチにやってきた。
来年五月にはお互いに出陣するため、色々忙しいのだ。そんな中でも週に一回は会うように時間を調整している。
「本当ならどこか気の利いた場所にでもいくのだけど、ごめんね」
「いえ、わたくしも今がどのような時期か知っておりますので、お気になさらないでください」
そう言うと、彼女は踏み込んできた。キンッと甲高い音を立てる。刃を潰した剣だが、当たれば普通に怪我をする。そんな剣を躊躇なく振ってくるのは、俺を信頼してのことだろう。
鋭い突きを受け流しながら、ゆっくりと前進する。
彼女は俺の前進に合わせて後退するが、攻撃の手は緩めない。
「くっ。このままで終わるわけには! はぁぁぁっ!」
鋭い突き……ではなく、変化する突きだ。俺の剣をすり抜けるように、俺の胸に迫ってくる。体を無理やり動かし左へと半歩だけずれ、レーネ嬢の剣をなんとか避けることができた。
「今のは危なかったよ」
「それでも届きませんわ。まだまだ足りないと実感します……。これでもレベルを二百七十まで上げたのですよ」
彼女の入学時のレベルは四十くらいだった。それが二百七十なのだから、彼女の努力が窺える。
ラインハルト君もレベルを三百近くまで上げているから、この二人は同級生の中でも別格の強さを持っている。
あと、彼女はランクAの疾風の剣士だったけど、デウロ信徒になったことでランクSの疾風迅雷の剣聖になっている。
元々ニーケヘン剣術は変則的な攻撃とスピードが売りの剣術だから、彼女の攻撃を躱すのはかなり骨が折れる。
できるだけ顔には出さないようにしているけど、本当にギリギリだった。
「ギリギリだったよ」
「嘘ですわ」
「嘘じゃないよ。俺の加護は戦闘系じゃないから、レベル差があっても本当にギリギリさ」
正直に言うと、同じレベル帯のベンのような戦闘系の加護相手に戦うのは厳しい。ベンはそれを知っていて、俺にわざと合わせているけど、本気になったベンの攻撃は避けられないだろう。
「そのニヤニヤした顔を凍りつかせてあげたいですわ」
負けず嫌いのレーネ嬢もまた新鮮でいいものだ。それに、彼女が真剣に戦っている姿は、見惚れてしまうくらい美しいんだ。
「それは勘弁して……」
レベルが四百六十もあると、簡単にレベルが上がらない。彼女はまだまだレベルが伸びるから、その差は簡単に詰まるだろう。
男としては、簡単に負けたくはないから、もっと努力をしないといけない。




