第109話 トーマの恋
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第109話 トーマの恋
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学園最後の試験が終わり、成績発表が行われた。
最後の試験は、僅差でラインハルト君がトップだった。僅か二点差で惜しくもレーネ嬢が次席だった。
俺は三教科とも満点だった。教師から教養一科へ編入するように何度も勧められたが、全部断った。貴族としては教養一科のほうがいいのだろうが、特に転科したいと思える魅力を感じられなかったのだ。
「さて、皆さん。今日で五年間の学園生活が終了します。皆さんの今後の―――」
今日は俺たち五年生が登校する最後の日だ。担任が最終日を締めくくるように話しをしている。
「―――それでは、当学園の卒業生として、胸を張って社会に出ていってください。卒業、おめでとう!」
「「「ありがとうございました!」」」
卒業式はないが、担任から卒業証書を受け取る。
ラインハルト君やレーネ嬢のような成績上位者は、菊花五収勲章を授けられた。これは学園で優秀な成績を収めた証として、公式の場でつけることが許されているものだ。
もちろん、俺はもらっていない。
「皆、今日までありがとう。そしてこれからもよろしくね」
ラウンジでいつものメンバーが集まり、ラインハルト君から一言をもらった。
「我が国はこれから戦をするだろう。僕も出陣が決まっている」
来年の夏にカトリアス聖王国攻めが決まったと公表されている。各貴族家はそれに合わせて準備を進めることになっているのだ。
「わたくしも戦場に出るつもりですが、その前にクラウディアさんの結婚式ですわね」
レーネ嬢の言うように、年が明けるとベンとクラウディア嬢の結婚式がある。ベンは戦の準備と結婚式の準備で毎日忙しそうにしている。
「僕も結婚するんだけど、忘れてないよね?」
ラインハルト君がちょっと拗ねた表情だ。
「そうでしたわね、すっかり忘れていましたわ」
「レーネ嬢は酷いな。ねぇ、トーマ君」
「え、そう? 俺も忘れていたんだけど」
「酷っ!?」
冗談と分かっているから、皆の笑い声が広いラウンジに木霊する。
「それより、トーマ君とレーネ嬢のほうはどうなのさ」
「「え!?」」
「知っているからね、二人の縁談が進んでいるってさ」
ニマニマとするラインハルト君がウザい。
「お婆様が張り切っているんだ。レーネ嬢に迷惑がかからないようにと言っているんだけど……」
「おや? レーネ嬢は迷惑なのかい? 僕はトーマ君とレーネ嬢なら、お似合いの夫婦になると思うんだけど。ねぇ、クラウディア嬢」
「ええ、そうですわ。美男美女で成績優秀な二人なら、きっと聡明な子供が産まれますわ」
気恥ずかしいから、あまり言わないでほしい。レーネ嬢もそう思っているのか、顔を赤くして俯いているじゃないか。
「何はともあれ、おめでとう。結婚式には僕たちも呼んでよ、トーマ君、レーネ嬢」
「だから、まだそんなんじゃ!?」
ラインハルト君たちが軽やかに笑い、俺とレーネ嬢は顔から火が出るかと思う恥ずかしさに見舞われた。
屋敷に帰ってからも、お婆様からレーネ嬢との縁談について話があった。
「先方は乗り気なのよ。このまま進めるわね」
「そんなに急がなくても……」
「何を言っているの。トーマちゃんももうすぐ成人なのだから、いい機会なのよ」
「そうなのですが……」
お婆様の剣幕に負けてしまう。そもそもレーネ嬢はどう思っているのだろうか。俺なんかと婚約し結婚して幸せになれるのか。
俺はデウロ様や家族を優先する。それをレーネ嬢は受け入れてくれるのだろうか。
自室の椅子に座り、天上を見上げながら大きなため息が出た。
「レーネ嬢が不幸せになるようなことはいけない。この話は断るべきだ」
「そうか? 俺はいいと思うぞ」
「っ!? ……ベン? いつからいたんだよ?」
「いつからって、お前と一緒に部屋に入ったぞ」
「えぇぇぇ……いつの間にそんな暗部のような力を身につけたんだよ」
「何言ってるんだ。お前が上の空だったから、俺に気づかなかっただけだろ」
「そ、そうなの……か?」
「そんなことはいいが、レーネ嬢はお前に惚れていると、俺は思うぞ」
「なんでさ!?」
「クラウディアがそう言っていた」
「はい?」
「俺には分からんが、クラウディアがそう言うなら間違いない!」
そんなに威張って言うことか?
「だから、お前はレーネ嬢のオヤジに、レーネ嬢をくれと言うだけでいいんだ。男なら、気概を見せろよ」
「まさかベンに説教されるとは……」
「分かったよ。一度レーネ嬢と話をする機会を作ってみる」
「おう、男は気合いでなんとかなる!」
「それはベンとバルツァー伯爵だから成立したことだから!」
数日後、俺はレーネ嬢が暮らすノイベルト侯爵屋敷を訪れた。そこにはお婆様とお爺様もついてきている。
「久しいな、ノイベルト侯。夫人も息災のようで、何よりだ」
ノイベルト侯爵夫妻、その子供たち総出で迎えてくれた。お爺様がいるとはいえ、ちょっと仰々しいよ。
「バイエルライン前公もお変わりなく、何よりにございます。ご夫人もようこそおいでくださいました」
「お久しぶりですわ、バイエルライン様、ブリュンヒルデ様」
大人たちの挨拶が終わると、俺の番になる。
「お久しぶりです、ノイベルト侯爵。ご夫人もご壮健のようでお慶び申し上げます」
「うむ。よくきてくれた、ロックスフォール侯爵」
「そんな堅苦しい挨拶は不要ですわ。これからは家族としてお付き合いするのですから」
家族認定!?
気が早いというか、なんというか。ちょっと顔が引きつった気がする。
「レーネ嬢も学園以来だね。元気にしているようで、よかったよ」
「はい。トーマ様もお元気そうで何よりです」
他の家族にも挨拶が済むと、お茶会が行われた。参加者は俺とレーネ嬢、お爺様とお婆様、彼女の両親だ。
俺はレーネ嬢の横に座った。大人たちが気を使ったようだが、緊張のあまり口が動かない。喉が渇く。
「お茶菓子を持ってきたのだ。食べてくれるか」
お爺様が場を和ませようと、お茶菓子を勧めた。
「おお、それはありがたい。ロックスフォール侯爵家のお茶菓子は天下一と聞いておりますぞ」
「楽しみですわ」
ララが持ってきたお菓子をテーブルに並べていく。栗が手に入ったのでモンブランを作ってみた。
「まあ、綺麗。ね、レーネ」
「はい。とても綺麗なお菓子ですわ、お母様」
「トーマ。お菓子の説明を」
「あ、はい」
お爺様に促され、モンブランの説明をすると、こんな栗の菓子は初めてだと驚かれた。
「まるで糸のようですわ」
ノイベルト侯爵夫人が一番喜んでいるようだ。
お茶会は無事に終わった。ノイベルト侯爵が気を使ってくれて、俺とレーネ嬢の二人で庭を散策することになった。
無言で歩くこと五分。何か言わないといけないと思いつつも、何を言ったらいいのか分からない。
自分の女々しさに苛々が募る。このままではいけないと、池のほとりでレーネ嬢に向き直る。
「あの!」
「はい」
意を決し、大きく息を吸って彼女に確認をする。
「レーネ嬢が俺との縁談を迷惑だと思っているなら、俺からこの話を―――」
「そんなことはありませんわ」
「……え?」
「わたくしはトーマ様をお慕いしております。わたくしを妻にしていただけないでしょうか」
「え?」
「女のわたくしがこんなことを言うのははしたないと思われるでしょうが、わたくしは自分の気持ちを口にせずこの話が壊れることが嫌なのです」
なんて男らしい……。それに比べ、俺はなんて女々しいんだ。
思えば、俺はレーネ嬢のこんな男らしいところに憧れていたのかもしれない。それに綺麗でストライクゾーンのド真ん中なんだ。
「美しく、凛々しく、そして賢くて性格がいい。俺はそんなレーネ嬢に憧れを持っていました。男とか女とか関係なく、俺は貴方が素晴らしい人だと知っている」
そこで俺は大きく息を吸って吐いた。
「先に告白させてしまったのは、俺が女々しいからです。俺はもっと貴方に真摯に向き合うべきでした。謝罪します」
「………」
彼女は困ったような表情をした。困惑しているのかな。
「その上で言わせてください」
「……はい」
「俺と結婚を前提にお付き合いをしてください。よろしくお願いします」
俺は頭を下げて右手を差し出す。
「はい、よろこんで!」
彼女は俺の手を握り、向日葵のような晴れ晴れとして温かな笑みを浮かべた。それがとても美しいと思ってしまう。
「ありがとう……。こんな俺ですが、よろしくお願いします」
「わたくしのほうこそ、よろしくお願いいたします」
彼女はしっかりと俺の手を握る。その手は剣ダコがあったが、俺にとっては何よりも愛おしい感触だった。
これから二人の愛を深め合おう。そして、俺が死ぬときには、彼女に看取ってもらいたいものだ。




