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閉ざされた世界、その孤独 2

「いや、確かにそれはその通りだけどさ……」


 おかしな奴だと心の底から思う。やがて再出撃してきた第二の甘利つぐみが、鬼神のような加速で肉薄してきた。即座に再び叩き落とすが、時間もないので今度は拾い上げる。


「ま、どうせ爆散したろうが、ああいうときはユニットの切り離しが正解だな」

「わかってるなら教えなさいよ! もうっ!」

「おまえねぇ……一応、昨日は睡眠学習で基本操作を刷り込みはしたんだろ?」

「え。それは、うん。やるからにはそうするでしょ」


 ケロッとした態度で当然のように応える。そういうところは別に嫌いじゃない。


「だろ。なら、ただそれをアウトプットするだけで良かったな。話は終わりだ」

「正論、腹立つ……ま、いいや! 今は操縦のコツおーしーえーろぉぉーっ!」


 駄々っ子みたいな擦り寄りだが、ヴェイルドレスの中でも比較的軽量である《レヴ》でさえ総重量は十三トン。じゃれ合いで済ませるにはあまりに凶悪だ。


「わかったわかった。何かある度に寄ってくるなよ、気持ち悪いっ!」


 反撃なしで軽やかにいなす気分は闘牛士だ。やっぱり牛じゃねぇーか、こいつ。

 返事に伴い突進が止み、偉そうな声が「なるべく具体的にね」と見つめていた。


「なら、そうだな。優しく服を脱がされる自分を想像してみろ。そういう繊細さだ」

「ふ、へ? い、いいいやいや経験ない。というより、あったら結婚してるそれっ!」


 操縦桿から両手を離して、おたおた慌ただしく悶える。


「だから想像しろと言った!」

「え、えー……う、うーん」

「次でできなかったらもう、一秒でも相手を引きつけて遊んでくれりゃあそれでいい」

「わ、わかったわよ。すればいいんでしょ、もうっ! テクニカルすけべ!」


 *


 ――とは言われたものの、私としても困ってしまうのが正直なところだ。


(わ、私は一体変態、誰に脱がされちゃうわけなのよ……っ!?)


 知人へ置き換える必要はないとわかってるけど、この手の想像力には自信がない。

 ここで友達の少なさ(いない)が仇になるとは、ちくしょうめっ!


(まさかお父さん、お爺ちゃん、親戚の叔父さんを登場させるわけにいかないし……)


 男子のことなんてよく知らないし、自分に都合が良い存在なんてただの赤ちゃんだろう。

 前の学校にも話をする同級生はいたけど、連絡先も知らないので友人じゃない。

 ふと顔を上げれば、つまらなそうに視線をこちらへ向ける須方の姿……ふふっ。


(でも、ほんと。嫌な男だなぁ……赤ん坊の頃はきっと素直で可愛らしかっただろうに)


 性格を作るのは環境で。だからああいう風に他人に攻撃的で極端に捻じ曲がっているのは、やっぱり周りの影響なんだろうなってくらいは想像できる。


 犯罪者の血を引く子が生まれた瞬間、犯罪者と決まっているわけではないのと同じ。

 本当の意味で悪なのは〝犯罪者の子は所詮、犯罪者〟という周囲の視線であるはずなのに。

 不意に脳裏をよぎる、親近感の三文字。けれど即座にアリエナイ! とセルフツッコミ。


(い、いやいや。ないでしょ、あれは。だってそう、お尻が好きなんだっけ? きっと服とかより先にショーツずらされて「ぐへへっ、際どい貞操帯してんじゃあねぇかぁ!」とか言われながらお尻のお肉を揉みしだかれたり、拡げられて叩かれたたり! 匂いも味も知られちゃうんじゃないの!? ……うぅっ、絶対どこまでが尻でどこから足なんだって辱しめられるっ。好き勝手に操縦されちゃうんだ……それで段々ヒートアップして全裸に鎖の野外で目隠し……え、えーっ!? そ、そそしたら絶対「おいおい、これはなんだ答えてみろよぉ」とか言われながら弄ばれちゃうんだっ! た、確かに法律で婚約者が未成年の間は……せっ――いや私、未成年じゃないですけどっ! ……ってそういうのは順序……じゃなくて拒否が先っ!)


 つー、と額に脂汗が滲む。妙に身体が熱っぽく、息苦しさもどこか心地良い気もした。


(け、けどっ。ああいうのに限って意外と優しかったりするんでしょ? 普段はぶつくさ文句ばっかりでも「つぐみ、俺。上手く気持ちを伝えるの下手でごめん……いつもありがとうな」みたいなこと言っちゃったりして! ででっ、こうむぎゅってしてっ。そしたらそしたらっ、同じようにしてくれちゃってっ!? きゃーっ! か、可愛いぃっ!! それでそれでっ――うぅー……やぁあんっ、そうなのどうなのそれでいいの、一線越えちゃうの私ぃいいっ!?)


 *


「――お、おぉ……何なんだあいつ、急に動きが」


 いきなり加速したと思えば鮮やかにダミーバルーンを躱していき、素直な感嘆がこぼれた。


(……あれ一応、最初から上級者寄りの中級者向けな配置なんだがやるもんだな、あいつ)


 一通りの動きを確認し、翼部に二基ずつ搭載された二連装空対空ミサイルポットより全弾を発射した。ガスの尾を引く実体弾が複雑な軌道を描き、空を奔っていく。

 しかしそれらは、彼女の操る《レヴ》に直撃することはなかった。


(ダミーバルーンを囮に使うか……一応、考えて動かしてはいるのか?)

「こ、こらーっ! 危ないでしょ、剣――じゃなかったっ! す、須方ぁ!」

「なんだ、あなた呼びに飽きたのかよ。甘利関」

「ぐぬぅ、やっぱり現実は優しくないーッ!」

「はぁ?」


 理解不能な言動だった。それにどうやら応戦する気らしい。望むところだ!

 二基の二連装空対空ミサイルポットが同じく全弾、火を噴く。同時に腰部にマウントされていた00式初期型ショートライフルを手に取り、紫がかった光軸が放たれる。


 回避は容易いが、あくまで彼女の射撃を見るのが目的。その必要もなかった。

 三〇ミリ頭部バルカン砲で誘導式の空対空ミサイルを全て叩き落とし、小さな爆砕の奥から迫る三連の光軸に意識を集中。直後、ビームの火線が左右の虚空を抜けていく。


(回避と踏んだか、でたらめか――)


 ミサイルの撃墜で生じた黒煙が空へと溶けていく、その間際。揺蕩う波を引き裂く光軸が、胸部コックピット目掛けて一直線に迸ってきた。わずかに遅れ、アラートが響く。


「前者かなこれは」


 警告の微妙な遅れから察するに、今のは完全なマニュアル射撃だろう。

 とっさにショートライフルを抜き、引き金を引いた。


 同じ機体である以上、ライフルの粒子濃度や出力波長、発生力場強度も全て同じ。激突した紫の閃きは一つに混じり合って、粒子を留める力場が不安定となって崩壊し、それらは一瞬で弾けると霧散した。


「え、嘘ぉっ! 近い色同士は打ち消し合うってわけっ!?」

「こういうこともできる!」


 両マニピュレータでショートライフルを上から鷲掴みにし、トリガーを引く。

 すると同じようにビームが放たれるが、火力は比べるまでもなく低下していた。

 紫の光線が《レヴ》の脚部を掠めるも、装甲を僅かに溶解させる程度でしかない。


「それで撃てるんだ。コンデンサに溜めてなかったから色、薄いんでしょう?」

「あとはマニピュレータが吹っ飛んだ程度で撃てないのはどうなんだ、ってのもある」


 納得する《レヴ》が同高度まで降りてきて、次は攻撃を避ける練習へ移ることにした。

 インプラントと同じ要領でメニューを開き、ダミーバルーンを全て《レヴ》に置き換える。


 攻撃目標を甘利に限定し、被撃墜数が二桁を超える頃には動きは格段に良くなっていた。

 二〇を越す集中砲火ともなれば貯まっていく経験値がちがう。自機も《レヴ》なら尚更だ。


「あ、昨日言われた通りのヴェイルドレス? が、もう完成するから後で見てよ」

「お、昨日の今日でずいぶんと早いな。徹夜か?」


 ゲームは筐体外からでも制限付きログインが可能であるため、建造やフレンドとのやり取りくらいは許可されていた。しかし、こいつの願ってもないやる気には驚かされるな。


「割とね。でもまさか一日で終わらない作業量とは思わなかった……細かすぎるのよ」


 機体に関しては趣味で考案していた設計を流用したため、かなりの時間を短縮している。

 一から詰めていくとなれば、それだけで当日を迎えてもおかしくはなかっただろう。


「俺もそこで二、三日食うのは覚悟してたからな。というかそれ、先に言えよ……」

「あ、あとさ。機体の名前とか武装の名前。あれ、自分で決めなきゃいけないの?」

「武装名で相手を騙したりはハマると結構刺さるもんだぞ」

「や、盤外戦術的な意味じゃなくてね。思い浮かばないのよ、名前」

「自分の名前でもつけとけ。《スーパーツグツグーマン》でいいだろ」

「絶対に嫌よ、そんなの。《つぐみちゃんスペシャルAct1》の方が億倍マシ」


 似たようなもんだと思う。ていうか二機目を作る気があるのか、という素朴な疑問。

 しかも急にActとか使っちゃうあたり才能あると思う。色んな意味で。

 同時につぐみの《レヴ》が爆炎の中へと踏み込み、高周波ブレードで敵機を両断した。


「じゃあ参考までに、あなたのはなんて名前なの?」

「――《ダイアンサス》だ」


 きっぱりと応じる。彼女は唸りつつ、名前を記憶と照らし合わせているようだった。


「……ダイ? えー、っと……あぁ、ナデシコ。大勢いそうなネーミングじゃない?」

「だろうな。けど、だからこそだ」


 思わず、操縦桿を握る両手に力が入る。もちろん、彼女は何が何だかという表情だが。


「その名前を聞いて……真っ先に思い浮かべるものが須方剣山であるような、そんな俺でありたい。ただ……それだけだ。もちろん、ナデシコちゃんにだって譲る気はないぞ」


 そうは言ってもこの名前をつけるようになった理由はやはり単純で。一番好きなものには、一番得意なものには、一番好きな名前をつけたい。本当にただそれだけだった。

 たぶん口にした言葉も本音ではあっても、その全部が後付けなんだと思う。


「ふぅん、単純な奴」

「うるせぇ、単純な脂肪の塊!」

「ふんっ! ……って、あ、わわぐぅうッ!?」


 ぷい、と感情的にそっぽを向いたのが仇となり、被弾した。情けない奴!

 構えていたショートライフルが傍らで火球を咲かせる。


 爆発に押されながらひとまず離脱を図るが、反撃が防御の要でもあった都合ここから苦しくなる――こともなく、どうにもあいつは余裕そうだった。やるな、意外と……。


「うーん。でも、本当にどうしよう」

「裸の心でセンスをひけらかせよ」

「センス、直感ねぇ……んー、んー。なら、じゃあ……《アガーテファ》で!」

「何がなんだかわからないネーミングだな」

「当たり前よ。語感でなんとなくだもの、センスでしょセンス」


 嬉々として「ぶいぶいっ」とでも言いたげな笑みを浮かべるつぐみ。

 これで根本的な思考がクソでなければ、素直に可愛いと褒めてやろうとも思えるが。


「しっかし、慣れてくると全然余ゆ――」


 けれども今は、得意げなあの鼻をへし折ってやらねばという衝動が上回った。

 ショートライフルをマニュアル偏差射撃で、移動経路に一発撃ち込む。すると、


「あ、ちょ! そういうのっ、な、なしでっ! わっ、あ、わわわわっ!?」

「射撃の規則性を見つけて記憶する判断は良いが、それじゃ練習にならん」

「うぅ……そうかな、とは確かに思ったけど、さっ!」


 今の一撃で脚部スラスターが損傷し、やや機動力が低下したらしい。完全に回避パターンとタイミングをズラされ、《レヴ》は嘘みたいな速度でボロ雑巾みたいになっていく。


「ちょっとくらい、私も図に乗らせてくれたって、いいじゃない――っ!?」

「……いや、そんなの俺が気分悪いだろ」

「ばか――っ!!」


 甲高い悲鳴が空に響き、直後。達磨になった《レヴ》は火線を集中され、爆散した。

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