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境界線上の裏と表 2

 生体端末――通称インプラント。

 それは脳を五パーセントで出力した状態を、勝手に一〇〇パーセントと思い込んでいた人類が行き着いた、人の可能性を拡張する電脳化技術の革新であった。


 ナノマシンを注入することで閉じた脳のリミッターを外し、コンピューターのようなものを構築しているらしいが、脳の発達に比例してマシンの適応率が著しく低下するというのはよく聞く話だ。そのため胎児の間や遅くとも生後数時間以内で注入する必要があった。


 つまり誕生した赤子をまず抱くのは母親ではなく、生々しい機械の両腕。

 電脳化の処置が成功してはじめて、赤子は人間として認められるのだ。


「――ったく。こいつ、この程度でG帯かよ。S帯からやり直してこいっての」


 眼前に表示された〝BATTLE END〟の文字列を目にして、思わずぼやいた。


「まぁ、マシーンの発想。それ自体は悪くなかったけどな」


 二つの操縦桿から手を離し、軽く伸びをする。

 操縦席にだらりと背を預け、荒廃する大地で虚しく火の粉を散らす姿を見下ろした。

 全長十五メートルを超す、人型を模した機械の成れの果て。残骸がそこに在る。


 ――【Over Century Chronicle】

 通称を〝OCC〟ないし〝オバクロ〟と言い、今では四百億に迫る世界総人口のうち全世界プレイ人口は数億。それこそが、俺の人生を決めるロボット対戦ゲームだ。


 インプラントを用いることで脳内に構築される仮想領域――テラリウムを筐体SPから店内MPを経由し、自国のAPを介することで領域を共有。

 可能となった全国対戦を快勝で終え、程なく。正面の文字列が切り替わる。


「おっ、ようやくか」


 プレイヤーランクが『G2』から『G3』にようやく上昇したらしい。

 ナデシコちゃんの有料BGMがそれを称えており、もう満足だった。G帯(ゴールド)から先はP帯(プラチナ)D帯(ダイヤ)だけでもうプロ級以上しかおらず、ランクを上げるにしても流石に一苦労なのだ。


 かつて一度だけ『G4』まで上げたこともあったが、同じ時期に奈那子に振られてしまい、結局は『G1』まで転落していたのは致命的だった。


 インプラントの同期が解除されて、ゆっくりと意識が覚醒していく。

 目を開くと視界は仄暗い。長時間、筐体シートで寝ていれば光に慣れないのも当然か。


「はろはろー、剣山くん。対戦、お疲れ様っ! ナデシコちゃんが特別に褒めて遣わすぅ~。えらいえらい、優秀だねぇ~。それにランクも上昇だよっ! おめでと~。もし次のランクに上げられたらどうしてあげちゃおうかな~、なんてねっ! じゃあ、続けて対戦をする場合はインプラントの電源をONに。寂しいけど中断する場合はOFFにしてね~」


 ナデシコちゃんの有料ボイスが心に染み渡っていき、気分良くゲーセンを後にする。

 今朝、押しつけられた買い出しのためだ。駅前への道中、改めて妹からのメールを開く。


《大好きなお兄ちゃんへ。はじめてのおつかいよろ❤ お兄ちゃんならできるっ! がんばれがんばれ❤ ついでにいつものよろしくな~❤ あといい加減、彼女つくった方がいいんじゃないのかな? もう高校生だよ? お兄ちゃんがかわいそうな愛しの妹より❤》


 いつものがテリーヌショコラの抹茶味なのはわかるが、一言多い小学五年生である。

 絶対にハートをつければ可愛いと思ってる。まぁ確かに、もう高校生というのも耳が痛い。


 なにせ――高等部を卒業するまでに処女・童貞を捨てられなかった者は繁殖の意思がないと見なされ、処分が下されるのだから当然だ。


 しばらくして、いかにも大都会な印象の駅が見えてきた。迷わず広場の乗車場へと向かい、人々が成す列に並ぶ。それほど間を置かず自分の番が回ってきて端末に接続。


 いくつかの設定を終えると地面が大きく口を開いた。地下から姿を現すのは先鋭的な流線形の無輪車だ。

 子供でも容易に扱え、俗にAT車とだけ呼ばれるものに悠々と乗り込んでいく。


「本日もご利用頂き、誠にありがとうございまーすっ。皆に寄り添うナデシコちゃんが迷える子羊をばびゅーんっと案内しちゃうぞっ! それじゃあ、行き先を教えてね~」


 ここでも課金専用ボイスが世界に潤いを与えてくれる。俺は彼女が心の底から大好きだ。

 なんと言っても人間じゃないとこがいい。こんなに素晴らしいこと他にないだろう。

 それから浮かんできた地図から目的地を選び、ケツ――いや〝決〟を取る。


「おっ、夕飯の買い物かなぁ~っ! 今日もあと少しだねっ、えらいえらいっ!」

「ナデシコちゃ~ん、ありがと~う」

「えへへへ。どうしたいまして~。それじゃっ、出発進行~っ!」

「おーっ!」


 そんな感じのいつも通りなノリで、少し行ったところの大型商業施設へ向かった。

 一時の別れを惜しみながらAT車を離れ、早足に店内をぐんぐん進んでいく。


(どうせ代わりに作らされるんだろうし、せめて好きなもの買うかぁ)


 とは思いつつも、インプラントに自動で記録されている一週間の食事録を確認。

 食材を買い物かごへ放り込んでいく。結局、気づけば妹の好きな献立になっていた。


(今日はあれだな。客が多いせいか、ポコとメロも多いな)


 周りを見渡すと人間や自走式のそれが忙しなく行き交っており、そんな印象を受ける。

 ハイヨー、アイヨー、ホイヨーが口癖で犬らしく耳の丸いオス――ポコマル型。

 ハイナー、アイナー、ホイナーが口癖で尖った耳の猫っぽいメス――メロマル型。 


 どちらもポピュラーな奉仕ロボであり、国中至るところへ無数に配置されている。

 ここでは主に商品管理や店内の清掃、売り込み等をしている場合がほとんどであり、ここに限らずとも別に取り柄がなくてもこなせる仕事は基本的に彼らの役目だった。


 他にも老い先短い高齢者の看護を担当し、人間の性能劣化に一役買ってもいる。

 最後に忘れずテリーヌショコラをかごに入れ、出入口の会計区間へ向かう。


 改札区間と同様に自動会計で、区間に設置されたセンサーがインプラントを認識。

 その後APへ問い合わせることで、AP側からの処理で精算されるという感じだ。


 かつてと比べてもやや手間が掛かり、個人のネットワークに至っては劣っていることは否めない。とはいえ生活に不自由もなく、体験してないのだから問題なかった。


「ハイヨー、毎度アリー」


 持ち出したかごが、がっしりとした手さげ袋に変形する。それから気まぐれに屋外の売店でソフトクリームを買い、傍のベンチに腰掛けてぼんやりと舐めていた。すると、


「――隣、構いませんか?」

「ん。あぁ、ごめんなさい。ど真ん中でしたね」


 不意の声に促され、占領していたベンチの端へ寄り――そのときだった。

 視界の隅に入り込んできた下半身の肉感を何気なく目にして、思わず内心で唸った。


(ふむ。このけしからん尻と太ももと腰回りはどこかで……って、ん? これはもしかすると今年の神尻オブザイヤー。いや、結論を出すにはというか、うちの制服か)


 おかしい、というのが率直な疑問だ。にしてもピクトグラムに尻がくっついてる絵面はいつ見ても不気味である。いやそんなことより、これほどの良尻を俺が把握していないなんてことがあるのか? 答えは否。ありえない。そう思い、興味もない顔を覗き見る。


「む、その顔。どこかで見た気がするな」

「ふ、へ? ど、どうも……」


 ナンパと勘違いしたのか。まんざらでもなさそうな彼女は、ショートボブで水色の髪を照れ隠しにくるくると巻いて笑う。そのせいか程よく内巻きの癖がついて――と、そうか。


「人生楽しそうだな、あんた。いや、何故か五月にやってきた転入生」

「あっ、知ってたんだ……ですね。噂になるのもは、早いなぁ」

(しかし大した尻に磨き上げた奴だ。確か競泳……だったか。名前は、忘れた)


 と、視線を振り払うように身を縮めて「ん、んっ」と彼女は咳払いを一つ。


「ど、どこ見てるんですか?」

「あ? あぁ、悪い。太ももから上、腰より下だ」


 もちろん、悪いと思っているのは本心だった。とはいえ視線を外すつもりはない。


「本当に悪いと思ってたら、普通は目を逸らしたりするよね?」

「仕方がないだろ。こんないい尻を見ないなんて、俺の血と神に背く行為だ」


 恐らくはジッと蔑むように見ているだろう。そんなものと目が合う筈もないが。

 尻がそっぽを向く。つまり彼女が立ち上がり、俺の眼前に立ち塞がった。


「い、いい尻ってあなたねぇ。変態の褒め言葉なんて嬉しく――あっ、もしかして遺伝子じゃなくて、安産型かどうかで相手を決めたりする家系? それならまぁ……」

「安心しろ。あんた自身には一ミクロンも関心はない」


 呆れ果てた彼女は、堪らず二段になったソフトクリームにかぶりつく。


「はぁ。きっとあなたは、人一倍に種の保存本能が強い男の子なんでしょうね」

「それであんたが納得するなら、それでもいいが」

「どうして決定権があなたにあるのよ」


 ため息が重なる。それから「まぁ、ひとまず自己紹介でも」と女子生徒は続けた。


「私、競泳専攻の甘利です、甘利つぐみ。それで――」


 一呼吸を置き、こちらを妙な薄目で睨んでいる……ように見えなくもない。


「とにかく、節度を持ってこれから仲良くしましょうね」


 口端にクリームをつけて微笑む彼女は、そんな不可解なことを口にしてみせる。


「俺はVスポ専攻の須方剣山。別に仲良くの必要はないけど、まぁよろしく――つぐみ」

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