たとえそれが間違いだとしても 1
結婚相手に求める理想について、考えたことはあるだろうか。
家系によりある程度の望ましい遺伝子の方向性が決められ、当然ながら俺にもそれはある。
総合的な目の良さ、器用さ、身長、頭脳、運動神経、容姿、健康、滑舌など他にもあるが、もっとも重要視すべきはゲームの才能――及び各大会における成績だ。
そういう風に育てられたし、俺もこういう考え方が正しいのだと思っている。
だからサビーヌ杯は願ってもない機会だった。けれど最後のエキシビションマッチ。
彼女との一騎討ちに俺は敗北を喫した。まとも攻撃を当てられたのもたったの一度限り。
それでも生粋のパージ厨である彼女に攻めでも受けでもない〝恥のパージ〟をさせることが叶ったからか、一定の評価をもらえたらしいと勝手に受け取っていた。
なんと〈Esmeralda〉のスカウトから名刺を頂くことができたのだ!
これは、俺にとっても絶対に掴み取りたいチャンスだ。〈Esmeralda〉と言えば、過去トップ5に上り詰めたこともある、今でも国内トップ20常連。文句なしの強豪!
(つーか言動はともかく、あの才能に惚れるなって言うのが無理な話だよな……)
改めて実力に年齢は関係ない、と身に染みて思い知らされた。彼女は俺のずっと先にいる。
で――翌日の午前。俺は五分前行動で待ち合わせに向かっていた。無論、相手は葵依さん。
「遅いっ! 一〇分前行動!」
「うぉ、そんなに楽しみにしてもらえていたんですね……っ!」
「なわけないでしょ、がっ!」
場所は越谷ラクスタウン駅前。AT車ターミナルの傍。
俺は肩で息をしつつ、むすっとした表情をする彼女の全身にちらりと視線を向ける。
だらっとした白いジャケット、黒のホルターネックノースリーブ、ハイウエストショートパンツ、細い足を辿ればショートブーツ。
控えめな胸はやや主張に欠け、背伸びした小学生に見えなくもなかった。
「じゃ。ゲーセン、行きましょうか」
「いや、今日はそれはなし。というわけでまずは映画ね」
「え、映画? 理由を聞いても?」
「……なに。不満?」
いえ、と否定を返せば彼女はさっさと一人で歩き出した。すぐに後へ続く。
「ま、アタシも最初はゲーセンのつもりだったけどやめたの。とりあえず午前中に映画観て、ランチして、午後はてきとーにショッピング。後は流れ。わかった?」
「了解です」
ざっくりな予定に素直な同意。するとわずかに振り向いて、彼女は訝しげに俺を見上げる。
「そ。ま、自分が下だってちゃんとわかってるのは、うん。良いんじゃない? ていうか……それにしてもこの理不尽な身長差がムカつくわね。中腰で歩きなさいよ、アンタ」
「んな無茶な」
けど妹にもこんな時期があったなぁと思い、遊び半分で手が出てしまった。
「なっ、ななな――」
(……うーん、これくらいなら持てるんだよなぁ)
両脇に手を入れ、ひょいと小柄な身体を持ち上げてそんなことを思う――直後。
「何するかァーッ!!」
「ぅぐおぇええッ!?」
踏み込みが鳩尾にクリティカル。踏み台にした勢いで空中宙返りを決め、着地した。
「次に幼児扱いしたらその腕、もらうからっ! わかった、いいッ!?」
吹っ飛ばされ、ぴくぴくと痙攣。何とか息を調え、立ち上がって衣服を正す。
「謝って欲しかったらまず、謝んなさい」
「ご、ごめんなさい……」
反省して深々と頭を下げた。何をやってるんだ俺は。嫌われては元も子もないのに。
「もちろん、悪いと思ってないアタシは謝らないけどね。それよりもルーラーのセクハラ認定どうなってるのよ? これじゃ望んでるみたいじゃん……ま、いいや。この話おしまい」
確かにCPが止めてもおかしくない行動だったと思うが。いい加減なひとである。
「まぁ、そんなに悲観しなくても。高校で伸びる女子もいたりしますし」
「ママ似だから期待する価値もないの、バカっ!」
遺伝なんて基本的にはそういうものだから、どうにもしようがない。
「そう言えばCPの呼び方、ルーラー派なんですね。俺は断然、ガーデナー派です」
「あ、そ」
……冷たい。ともあれ、そのままラクスタウン四階にある映画館へと一直線だった。
「ところで何を観るんです?」
二人きりなエレベーターの中。距離を感じつつ、率直に疑問する。
「〝ドールズ・アーミー〟。異論は認めないから」
「あー、あれの続編映画ですか」
なんてこともない。普通にSFロボットアニメだ。最終決戦は劇場で! は犯罪だと思う。
「あ、知ってた? ま、それはそれでよしとする」
「一応は。〝オバクロ〟やる上で何か参考になるかもしれませんし」
「ふーん、そ。結果出てくるのがツインテール含め、ああいう変な発想ってわけ」
エキシビションマッチを思い出したのか、やや不満そうにそっぽを向かれた。
そうこうする間に劇場へ辿り着く。会員だからとチケットの購入は任せ、俺はポップコーンなどを買ってくることに。味は断固キャラメルだそうだ。俺は正直、どっちでもいい。
「――って。なんでポップコーン、一人分しか買ってないのよ?」
合流後。えらく不満そうな眼差しで、じとーっと見上げられる。
「え、デートってこういうの一緒に食べるものじゃないんです?」
正直、食べない派なのでいらなかった。だがそうも言えず、デートを盾にする。
すると、やや遅れて理解が追いついたのか。呆れた様子で彼女が呟く。
「……あー。これデートか、一応。罰ゲームかと思った」
散々な言われようだ。しかし実力で劣る事実は、今はどうあがいても変えられない。
「ふぅ。あ、忘れてた。パンフとか買ってくるからちょっと待ってなさい」
「俺のも買ってきてくださいよ」
両手が塞がっていると、SPにターミナルを差してデータを買うのにも一苦労だ。
「イヤよ。なんでアタシが、アンタと有線接続しなくちゃいけないの」
「……デートですから」
「そんな義理はない!」
「けどチケットもらうのに結局しますよ。有線接続」
「あ……ふんっ、いくらルーラーが〝人間が有線で繋がってるの、なんかいいよね〟みたいなこと思考したらしいからってさ! 完全に無線移行し切ってないのどうなのまったく!」
やっぱり忘れていたらしい。小さく笑った瞬間、猛禽の鋭さで睨まれた。
なので逃げるように館内の時計へ視線を逸らす。時刻は一〇時五分だ。
「えぇと。今、上映開始十五分前ですからね。夢中にならないでくださいよ?」
「そういう女に見えた? アタシが」
ツンと眉をひそめる。いかにも駄々っ子っぽい。言葉にする間抜けではないけど。
見えている地雷を踏み抜くのは、他の意図があるときだけでいいのだ。
「んー。好きなものにはとことんって感じかな、と」
「ふんっ、テキトー言っちゃってさ。そんなの誰だってそうで、しょっ!」
「……うぎゅっ!?」
あまりに情けない悲鳴が漏れる。隙だらけの脇腹をそれなりの強さでつつかれたのだ。
「あははっ! うぎゅっ、だってぇっ! 間抜けってそう鳴くのねぇ」
少しこぼれたポップコーンを空中で受け止めているのは流石と思うし、加減は知っているのだろうけど地味に痛いぞ、これ……まぁ、楽しそうだからいいか。




