寝耳に水
それは、誰もが1度は抱える悩みだった。
多くないお金を持ち、忙しいとも暇とも言えない日常を送り、少なくない友人関係の中で人並みに不幸だと感じながら私は生きていた。
「高山、これ」
ぶっきらぼうに書類を渡してくる先輩。
「高山ちゃ~ん、今晩どうよ」
手をクイっとさせながら、1回も乗ったことがないのに毎回飲みに誘ってくる上司。
「高山さん、何回言ったらわかるの?これだから…」
毎度の如くグチグチと責め立ててくる御局様。
"私は不幸だ"
「美香ってなんで彼氏作らないの~?」
先に彼氏が出来て少し自慢げな親友。
「みかちんが嫌じゃなければだけど、飯いかね?」
大学のサークルで知り合った自分のことをイケてると思い込んでる痛い男。
「あんたね、早く結婚しちゃった方が後が楽だから」
その生き方しか知らないで押し付けてくる母
「…………飯にしろ」
何を考えてるのかわからない無口な父
"不幸だ"
やはり、私の人生は不幸に満ちた日常が流れてるだけだった。
何故不幸なのか。何故、幸せになれないのか。
私の中で答えは出ていた。
「もうちょっと美人だったらなぁ…」
ブサイクでも無く美人でもない、物凄く平凡で中途半端な顔をした私にとって、女優さんやアイドルのようなキラキラ輝いた存在は憧れそのものだった。
私もあの美貌があれば、一気に幸せになれるのに。
別に、彼氏が欲しいとかでは無い。むしろ、今まで人並みにお付き合いをしてきた方だ。
それこそ、浮気をされたり大事にしてくれたけど重すぎたり、上手くいってたけど環境的に長続きしなかったお相手もいる。
気づけばもう27歳だけど、今の時代まだまだ焦る年齢でもない。
だから、それが理由で綺麗になりたい訳じゃなかった。
ただただ、今よりもっと美しくなれば今より幸せになれる、幸運が舞い込んでくる。
そう思いながら毎日を過ごしていたある時。
「………怪しすぎるでしょ。」
いつものように出勤してる途中、いつも通りの道を歩いていると古びた喫茶店の窓に見覚えの無い張り紙があった。
【これで貴方も、マリーアントワネット!!!貴方のための人生を!!!】
まるで意味が分からないけど、何故か目に止まった。
マリーアントワネット?フランスの?貴方のためのって…当たり前のことでしょ。
そう思いながらも私は足を止めてしまい、最後まで文字を読んでみた。
『人生を好転させたい、今の毎日が楽しくない、皆さん誰もが抱えてる悩み…ありますよねッ!!!!!そのお悩み、すぐに解決致します。美しい自分に生まれ変わりたい方!!!!!すぐにこの店の店主にお声かけください!!!!!!いやぁ~お金は正義ですな。はっはっはっ。』
なるほど、この喫茶店の店主自作の張り紙なのか。
かなりクオリティが高くて色んな所に張り出してる広告なのかと思った。
どうしようか、仕事まで少し余裕もあるし話だけでも聞いてみよう。やばい雰囲気だったら、仕事の時間を理由に抜ければいいだけだし。
そう思い立ち、店のドアを開け取り敢えずは中を見渡してみた。
レトロというには行き過ぎてるかなり古びたその店には、少し哀愁漂わせる雰囲気があり…いや、それは良く言い過ぎだ。かなり古くて汚い店だった。
「あ、あの。ごめんください」
誰も、店内には居らず、私の声が響くだけでシーンとしている。
「こんにちわー。」
もう一度、声をかけてみたけど、控え室から誰かが出てくる気配もせず、シーンとしたままだ。三度目の正直って言葉があるくらいだ、これで応答がなかったら大人しく仕事に行こう。
「あの、すみま…」
「お待ちしておりました。」
心臓が飛び出るかと思った。
誰も居なかったはずのなのに、真横から声が聞こえた。
恐る恐る隣を見ると、いつからそこに居たのか、恐らく喫茶店のマスターであろうマスターっぽくは無い、八百屋に居そうな"顔"をしたおじさんがそこに立っていた。
「あ、え?お待ちしておりましたって。」
「表の貼り紙を見て入って来たんですよね?」
その通りだ。
「わたくし、貴方様がこちらに居らっしゃるのを随分と長くお待ちしておりましたのでありますからにして、ですます。」
何とも奇妙な、言葉遣いに私は警戒心が高まる一方だった。
____やっぱり、店を出ようかな。
「いやー、わたくしね?実はこの店のマスターでは無いんですよ。私この店の空きスペースを貸して頂いてですね?貴方のような、本当は美しく!!!!幸せであれる人生を送れるはずなのにですね?周りの人間たちや、置かれた境遇のせいで、そのチャ ン ス を掴み損ねてる姫方を、お助けしたい!!!そういうビジネスと言うよりはですよ?サポーターをさせて頂いてるものでございましてですねぇ~、えぇ~。」
何とも怪しげな常套句をペラペラと語り出した男に警戒心を抱きながらも、少し自分に当てはまるような事を言っていなくもないと思い尋ねてみた。
「あの…お名前は…?」
「あっ、申し訳ございません申し遅れました。わたくし、ムロシジンと申しますでございましてですねぇ、えぇ。ちなみに漢字は室に司と人でムロシジンでございます。ほんとはねぇ、神様のように人を救いたいのでございましてですねぇ、えぇ。」
ムロさん…
「あの、見るからに怪しげなお話だと思うんですけど。」
すかさず、ムロさんは言い放つ。
「はっ!!おっしゃる通りでございます、えぇ。わたくしも、それを重々承知した上で、貼り紙をを貼らせて頂いている所存でございましてですねぇ、えぇ。でもね?でもですよ?うちは高いですよ?ほんとに高いですえぇ。なんせひとつの"魔法"をかけさせて頂くとその度になんとっ!!!!10万もっ!!!!!かかってしまいますでしてねぇ、はい。」
じゅっ、10万………。
今日は仕事終わりに色々支払いを済ませようと思って、ちょうど持ってきているけど、さすがにこれ使ったら今月苦しいなぁ。
「私そこまで余裕無いんで今日の所は…」
「あらら、左様でございますかぁ…。いやですね?今回はと!!く!!べ!!つ!!にっ!!!50万プランを10万にしようと思っていたのでございましてですね?えぇ、えぇ、わかりますよ。帰ろうとしてるからそう言ってるだけだって気持ち、よーーーーーくわかります。でもこればっかりは信じて頂くしかないでございますよ?わたくしは、あなたがいま帰ってこの先来なかったとしてもっ!!!!!いつでも貴方様のサポーターでございます。」
50万プランが10万かぁ……意味もなく貯めた貯金を崩せば生きては行ける。
………見るからに怪しいんだけどなぁ。
「……物は、試し……かな」
「ほ、本当でございますかぁ!!!!いやぁ!!!嬉しい限りですよ姫様ぁ!!!!わたくし、是非とも貴方様にマリーアントワネットのようなそれはもうお美しい美姫になって頂きたいと!!!!そう考えておりましたいやぁ!!!!」
目に涙を浮かべて喜ぶムロさんを見て、何故か嫌な気はしない私は、財布にあった10万を渡し、そのまま口が止まることの無いムロさんの後ろを黙ってついて行くだけだった。
とある部屋に辿り着いた、そこには、ひとつの姿鏡がポツンと置いてあり、奥に扉が2つあった。
左側の扉は何も変哲のない扉。その隣の扉には白い紙に"美"という文字が黒いペンで書かれた貼り紙が貼って合った。
「さぁさぁ、わたくしめのお姫様ぁ!!!今回の御説明を、させて頂きます。今回5つの項目を貴方様に実施させて頂くのでございますが、どんな時でもプランの最後までに気に入らなければ打ち切りにして頂いて構いません!!!」
かなり気合いの入った自信のある事をしてくれるみたい。
「ですのでですね、安心してお楽しみいただければ幸いでございますです。楽しいひと時をお楽しみにください。」
そう言い残すとムロさんはそのまま左側の扉に入っていき、少し時間をかけてあまり見たことの無い形の帽子を持ってきた。
「ささ、こちらにどうぞ。この帽子はですね、18世紀のヨーロッパで貴族たちが………」
あぁ、そういう事か。わたしはやっぱりハズレを引いたんだ。
きっとこの店は(お店と呼べるかも疑問だけど)貼り紙に書いてあった通り、マリーアントワネットのようなお姫様になりきりをできる店なんだ。こんなものに10万を支払ってしまうなんて、やはり私は"不幸"なんだ。
「ささ、被ってみてくださいな。今あなたが頭で考えてること全て覆りますよ?」
仕方がない、お金は払ってしまったんだ。
そう気持ちを固めて、被り方が合ってるのかすら怪しいその見たことない帽子を頭にかぶせて、言われるがまま鏡の前に立った。
「……え?嘘でしょ?」
目を疑った。
そこに写っているのは紛れもない変な帽子を被った私だ。
そのはずなのに、明らかにいつもの私とは違う私がいた。
「えぇ、えぇ、私の言ってること少しは分かっていただけました?」
今までの私とは似ても似つかない、"美しくなった私"が写っていた。
「…これ、すごい……でもどうして?」
「わたくしめは、最初に申し上げたはずです。魔法をかけさせて頂きますと。」
魔法なんてものはおとぎ話の世界のものでこの世には無い。なにかトリックがあるはずだけどでもそんなのはどうでもいい。
「自撮り、してもいい?」
「えぇ、もちろん。ただ、まだまだ魔法は続きますよ。」
私は、次の"魔法"が待ち遠しくなり、早めに自撮りを終わらせて、次、次と渡されるものを身につけた。
ドレスにピアスにネックレス、それにまるでシンデレラになったようなガラスの靴まで。
もう鏡に映ってる高山美香は、今までの不幸な高山美香では無かった。
「ささ、姫様。紅茶の用意が出来ました。」
「あら、ムロさん。貴方かなり気が利くようね。褒めて遣わすわ。」
「め、滅相もありません。もったいないお言葉。」
気づいた時には、喋り方までお姫様のようになっていて、幸せを通り越しそうな気分だった。
時間を忘れ、優雅な時を過ごしながらもう一度鏡の前にたった時ある事に気が付き涙が流れてきた。
「ひ、姫様?どうなされましたか?」
「私、悲しいのです。マリーはヨーロッパ人で白人のはず。なのに私は、いま黄色い肌をしてるじゃありませんの。」
ほんの一瞬だけニヤッとムロシジンがした事に私が気づくことは無かった。
「そんなことを仰らずに…さぁ、涙をふいてくださいな。」
「ねぇ、ムロ。あの美とかかれた扉には一体何があるの?」
「姫様、あれはサブスクリプション、つまり月額利用料を支払ってもらってる姫方限定で使用可能にさせてもらっている部屋でございまして。」
少し現実に戻された気がする。サブスクか………
気を落としそうになりながらも話を聞くことにした。
「その、サブスクって月いくら位なの?」
「それがですね、1年間の契約解除をお断りしている代わりに何と月額1020円で御座います。格安でしょ!?!?格安ですよねえ!?!?」
確かに格安だ。50万プランなんて並べてるお店とは思えない現実的な値段だ。
「サブスクに入れば…あの扉の向こうに行けばこ、この黄色い色も落とすことできるのかしら?」
「何をおっしゃいますか、当たり前ですよ!当たり前!!すぐに"白く"なる事が出来ますよ。」
躊躇うことは無い、今まで自分の肌の色なんて何とも思ったことがなかったけど即答でサブスクに登録した。
「それでは、我が美姫。望みの叶う世界へ。」
扉をガチャりと開けると、そこにはお金持ちが使ってそうな湯船があり、その近くに透明なスタンディングテーブルのようなものがあり、その上には紅茶のティーポットと、マグカップ。柔らかそうなふかふかなタオルに、透明な液体が入ったグラスにそして、白いお皿の上に白いラムネのような粒がポツンとひとつ置いてあった。
「いいですか、姫様。わたくめがお教えする手順通りに物事をおすすめください。絶対に守って頂きますよ?そうしないとあなたの肌は白でも黄色でも黒でもなく、紫になってしまいます。えぇ、えぇ、魔法ってのは怖いものなのです。」
その言葉を聞き、少し緊張しながらも手順通りに物事を進めた。
まずは、お風呂に入る。もちろん脱衣をした状態だ。
どうしてもとお願いすると仕方なくピアスとネックレスだけは付けさせてくれた。
そして、次に白いラムネのようなものを飲み、次は透明の液体を身体にかける。後はタオルで身体を撫でながら優雅に紅茶を飲むだけだ。
その間優しい笑顔で見守ってくれるムロ。
「ささ、姫様少し撫でた腕を見てご覧なさい。」
言われた通り目をやると、その部分が本当に白くなっていた。
「ムロ!!!貴方は本当に素晴らしい才能の持ち主ね。」
「はは、有り難きお言葉。このムロにはもったいなさすぎる言葉ですねぇ、えぇ。えぇ。」
ムロは相も変わらずニコニコしながら「ではごゆっくり」と言い残し部屋を後にした。
もう仕事のことなんて忘れてこの湯船に入り浸りながら身体をタオルで撫でる私には時間というものは概念から消え去っていると言っても過言では無いくらいリラックスをしていた。
撫でれば撫でるほど、白くなってく肌。まだ黄色味が残ってる気がして、強く擦る。もっと白くなる。
私は、マリー、私はマリーアントワネット。私は国民に愛されるマリーなのよ。さぁ、もっと、もっと美しく、マリーよ永遠なれ。貴方の美しさは高山美香が受け継いだのよ。みんな、踊って、私の美しさに乾杯を。さぁもっと。
「いやぁ、姫様いかがでしょうかな?求めてたご自分になれました?。」
「えぇ、全身がとっても白くなりましたわ。それに前より痩せれましたわ。」
「それは良かったです、えぇ、えぇ。」
でも私、もう少しカルシウムを取った方がいいかも。
おわり。