老医・ゴン爺
「……隊長、あんたはいつから隊長やってるんだ?」
疾斗は疲れを紛らわすために、アズーをおぶって歩く隊長に聞いた。
3人はあと少しでクァラケド山の登り口というところまで来ていた。
「ドゥーナ様が現れる三か月前からだ」
隊長は無愛想な声で答えた。
「じゃあお姫様はいつからお姫様やってるんだよ?」
「二年半ほど前だ」
こう答えた隊長の目はどこか虚ろだった。
そして2人が会話している中、アズーはというと、一連のできごとのせいで疲れたらしく隊長の背中で眠っていた。
それに気づいた2人は残りの山道をできるだけ音を立てずに歩くことに。
それから2時間ほど歩き、3人は開けたところに出た。そこには背の低い紫色の花々が群生していて、その花たちに守られるようにして一軒の小屋が建っていた。言うまでもなくそこはドゥーナが言った医者がいる小屋であった。
疾斗はワラにもすがる思いでドアの取っ手を押す。
すると、中には医者と思われる年をとった男性が椅子に腰掛けながら寝ていたので疾斗は起こそうと思い、その老人の肩をポンポンと叩いてみた。
その瞬間、老人はパッと目を開け、「なんじゃ、貴様たちはッ!?」と叫んで疾斗の胸元に拳を突き立てた。
それを見ていたアズーと隊長は老人のあまりの速さにあっけに取られてしまう。
一方、やられた疾斗は背面方向に吹き飛ばされ、ドアを突き破って花の上に落ち、「いってぇ! あの俺、一応患者なんですけど……!?」と老人への反感をあらわにしている。
が、「患者への気づかいが足らんと言いたいのか? その前に気持ちよう寝ている医者への気づかいをせぃ!」なんて返されてしまったので疾斗たち3人は黙るしかなかった。
それから十数分後。
試行錯誤してなんとか老人の機嫌を取り戻すことができた3人はホッとひと安心していた。
その老人は自分のことを『ゴン爺』と呼ぶように言って診察を始めた。
「……なるほどのぉ。巨大な棍棒で殴られて
左腕を折った、と」
疾斗は「はい」と頷いてから、「治りますかね?」と心配そうに聞いた。
「ワシを誰だと思っとる。お前のようなモンは山ほど診てきたわ」
そう言ったゴン爺は何かを探し始めた。しばらくしてそれが見つかったらしく、「ここにあったんか」などと言ってまた椅子に腰掛けた。
ゴン爺の手には透明な小ビンが握られていて、彼は小ビンのフタを取るとそこに息をそっと吹き込んだ。
すると小瓶の底にピンク色の液体がほんの少したまり、その液体が疾斗の左腕にかかるとたちまち驚くべきことが。
「痛く……ない!」
折れたはずの腕をブンブンと回しながら疾斗が喜ぶ。そしてこんな驚異的な治療を目の前で見せられたことによって1つの考えが浮かんだ。
「ゴン爺の腕ならアズーの体質も治せるんじゃないか?」
褒められたことに気を良くしたゴン爺は、「どんな体質じゃ? 大抵の場合は治せるぞ」と言ってアズーの肩に手を置く。
そこでアズーは、「僕、昔から目が見えないの。でもね、ふつうの人が見えないものは見えるんだ」と、説明した。
これを聞いた途端ゴン爺の顔から色が失われる。そしてしきりに、「あぁ、何ということじゃ!」と繰り返し始めた。
そんなゴン爺に「どうしたんですか?」と疾斗。
少しだけ冷静さを取り戻したゴン爺が叫ぶ。
「はやく、はやくここを離れるのじゃ!」
ここまで一言も発さずにこの様子を見ていた隊長は、「やはり、そうなのか?」とつぶやいた。
まったく話を理解できない疾斗。
「一体なんだっていうんだ?」
「アズーは恐らく、“12人目のイケニエ”だ…」
「イケニエって、あの“生け贄”か?」
たじろぐ疾斗にゴン爺が、「なんじゃ、まさかおぬし、“運供の儀”を知らんのか?」と問いかけた。
「ウンクノギ?」
「まぁよい。幸いまだ奴らも追ってきてはいないようじゃし、ワシが話してやろう」
ゴン爺はそう言って深呼吸をし、ゆったりと語り始めた。