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贄の運び屋  作者: ニシキメサイコ
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沼地の姫

頬と左腕にジンジンと痛みを感じながら疾斗が目を覚ますと、目の前には自分を殴った半魚人と護衛兵らしき半魚人、見知らぬ美しい女性、そしてアズーが立っていた。


「アズー、無事だったんだな。ここは?」


「ここはこの人たちのお城だよ」


そう言ってアズーは半魚人と女性の方を見た。


「城? でも城なんてどこにも見えなかったぞ……?」


そんな疾斗に、「俺しゃまたちがどこから出てきたか忘れたのか」と少しぶっきらぼうな態度で、疾斗を殴った半魚人が言った。


「まさか……」


「そう、その“まさか”です。この城は沼の中に建っているのです」と、今度は女性がしゃべった。


「ん、あなたは?」


「申し遅れました。私の名はドゥーナ=モレイア。地上の方々は私のことを『沼地の姫』と呼んでいらっしゃいますわ」


ドゥーナと名乗った女性はお姫様らしい気品でお辞儀をした。


彼女のきちんとした態度に、次は自分たちの番だと思った疾斗が「俺たちは……」と言いかけるとドゥーナがそれをさえぎった。


「アズーくんに全て聞きましたわ。全て……」


彼女の“全て”に含まれるのがルァヴィンの一件だということは言わずとも疾斗に伝わった。


「ルァヴィンを襲った輩は俺しゃまたち、『沼の牙』が仕留めてみしぇましょう。ドゥーナ様」


『沼の牙』という聞きなれない言葉に疾斗が首をかしげていると、


「半魚人の中でも戦闘能力が高い者をより集めた、隠密作戦遂行部隊のことだ。しょして俺しゃまは『沼の牙』の隊長だ」


「そんなことより、ドゥーナ様はなんでエラがないんですか?」


自分を無視してドゥーナに話しかける疾斗に怒りながら隊長が答える。


「昔、俺しゃまたち半魚人は、人ともっと関わるべきという者と、沼に引きこもり穏やかに暮らすべきという者の二極に分かれ、時には争っていた」


一息おいて続ける。


「しかし、そこにドゥーナ様が呪具をたずさえ、現れた。そして自分が半魚人と人とのかけ橋になるとおっしゃった。それからすぐに、半魚人たちは1つにまとまったのだ」


「ちょっといいか?」と疾斗が手を挙げる。


「なんだ」


「その、“呪具”ってのは一体なんなんだ? ルァヴィンを襲った族も言ってたが」


そんなことも知らないのか、と言いたそうにため息をついた隊長はゆっくりと説明を始める。


「呪具というのはだな、レヌァスンに古くから伝わる道具のことだ。何のために生まれたのかは誰も知らんが、所持する者に特別な力を与えるのだ」


これを聞いた時、疾斗は悟った。自分が今持っている札は呪具なのだということを。


「それで、お姫様が持ってるのはどんな呪具なんです?」


疾斗が興味本位で聞くと、ドゥーナは「これです」と、付けていた首飾りを外して見せてくれた。


手に取ってよく見てみると疾斗の札と似た文様が彫ってあるので、やはり自分の札も呪具なのだと確信する疾斗。


すると、「これにはどんな効果があるの?」と横からのぞいていたアズーが聞いた。


ドゥーナはこれに「ふふふっ」と笑いながら、「この首飾りが発する光を見た者の心を操ることができるの」と説明した。


「じゃあお姫様は半魚人たちの心を操って争いを丸く収めたってことですか?」と疾斗。


「いいえ、彼らの心は操っていません。操ったのは私の心です」


そう言ってドゥーナは無邪気な笑顔をみせた。


「自分の心を、操った?」


意味が分からず、疾斗は聞き返した。アズーも理解できないようで、「それってどうゆうこと?」と首をかしげている。


2人の疑問にドゥーナは落ち着いた様子で、「実は私、人見知りなんです」と答えた。


いきなりそんなことを言われたので疾斗はただ、「はぁ」としか言えず、このイマイチな反応にドゥーナは、「人見知りで何百もの半魚人たちを治めることはできないでしょう?」と、少し意地悪そうな顔で笑った。そしてそのまま続ける。


「ですから私は、“自分は強い”という自己暗示をしたのです。この呪具、『女神の瞳』を使って」


「なるほど……」


しばらくの沈黙のあと、疾斗はある重大なことを思い出した。


「あ、俺、腕折れてたんだった」


こんなことを急に疾斗が言い出すものだからドゥーナは慌てて、「な、なぜそんな大事なことを今になっておっしゃるのですか!」と怒鳴り、呆れたように続ける。


「この沼地を超えたところにそびえる、『クァラケド山』の中腹に腕の良い医者がおりますので、まずはそこへ行ってください。隊長も付き添わせますから」


言い終えたドゥーナは隊長を呼び出し、事の次第を説明した。


隊長は黙って頷くと疾斗に向かって、「腕が折れていることを忘れるとはとんだアホだな。しかたがないから俺しゃまがついて行ってやる」


「な、なんだその言い方……!?」


隊長に飛びかかろうとする疾斗にしがみついてアズーが叫ぶ。


「ハヤト、がまん!」


「……わかったよ」


こうして、疾斗、アズー、隊長の3人は険悪な雰囲気とともにクァラケド山に向かうことになったのだった。

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