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青い肌のイロナと人狼ヤーノシュ  作者: 木下森人
第一章

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 翌日。イロナは村人全員を集め、事の顛末と人狼に関する正確な知識を周知徹底した。大人も子供も一人残らずだ。ルーマニア人は迷信深いので、特に用心する必要がある。人狼を出した家が迫害されることなど、あってはならない。その点、犠牲者が母親一人で済んだのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 そうして後始末をひととおり済ませ、昼過ぎには村を発つことにした。見送りはヨーシュカ神父とコリンダのふたりだ。

「もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしてったら? 今夜お姉ちゃんの葬宴(ポマナ)をやるんだって。人狼のせいで延び延びになってたの。おいしいごはんがたくさん食べられるよ」

「いけませんよコリンダ。わがままを言っては。彼女の助けを待っている人々が、ほかにもたくさんいるのです」

「……そんなの知らない。それよりあたしを守ってほしいな。またすぐ人狼が出るかもしれないじゃない」コリンダはイロナの腰に抱き着き、「そうだ! だったらあたしも連れてってよ」

「いいかげんにしなさいコリンダ。シスター・イロナを困らせてはいけません。ほら、もうお別れして」

 神父がコリンダを引きはがそうとすると、彼女はその手を強く振り払った。「さわらないで!」

「コリンダ……?」

「男の人はみんな人狼になるんでしょ? お父さんもアドリアンおじさんも、神父さまだって人狼になっちゃうんでしょ? 大きくなって結婚する相手も人狼だし、おなかの赤ちゃんも人狼かもしれないんでしょ? それであたしも殺されちゃうんだ。そんなのこわいよ。どうして今まで平気でいられたの? 知らなきゃよかった。もうムリ。あたしはヤダ、あんな死にかた」

 その言葉でイロナは悟った。コリンダはラダの遺体を見たことを、ちゃんと記憶しているのだ。ただ忘れたフリをしていただけなのだ。まわりに心配をかけたくなかったのか、それとも本気で忘れたがっていたのか、おそらく後者だろう。けれども事件の真相を知って、耐えきれなくなってしまった。

「修道院に入れば、もう男のひとに会わなくていいし、結婚もしなくていいし、赤ちゃんも作らなくていいんだよね? そのほうが絶対いいよ。シスターもそう思うでしょ?」

 聖フーベルトゥス女子修道会は、神聖ローマ帝国の広大な版図をわずかな人材でカバーしているが、それは人狼の出現率がそれほど高くないからだ。大半の人間が、人狼と一度も遭遇せず一生を終える。この村にふたたび人狼が出る可能性は非常に小さい。だがそんな事実を告げたところで、コリンダには何の気休めにもなるまい。こういう恐怖に囚われてしまう者は一定数存在する。

「本気でわたしといっしょに行きたいのですか? 聖銀水を飲んでこんな不気味な青い肌になり、人狼と戦わなければならなくなりますよ」

「それは、えっと……ほかの修道院とか……」

「もちろん普通の女子修道院なら、確かにあなたの言うような暮らしが出来ないことはありません。ただし、ちゃんとした修道院に悪くない待遇で入るためには、それなりの持参金がなければ門前払いされますよ。少なくとも、あなたの家には用意できないでしょうね。貧乏人でも受け入れてくれる修道院がないこともありませんが、それこそ奴隷のような待遇でこき使われます」

「……それでも、そこに男のひとはいないんだよね? だったらそのほうが」

「いえ、そうともかぎりません。そういった女子修道院のなかには、男子修道院と孤児院が併設されていることもあります」

「ブラザーと交流があるってこと?」

「交流」イロナは鼻で笑った。「そうですね。交流です。あなたが思っているよりずっと深い交流ですが」

「孤児院にも男の子がいるんだよね」

「まァそうですね」

「じゃあどうすればいいの!」コリンダは泣き叫んでその場に崩れ落ちた。

 イロナはコリンダを抱きしめ、慰めるようにやさしく頭をなで、脇腹に拳を当てて浸透勁を打ち込んだ。「ぐへぇっ」

 寸勁といい、拳を振りかぶらず人体の構造と体重移動のみで威力を出す技だ。非常に高度な身体操作が必要なため、聖フーベルトゥス女子修道会ではこれを会得せねば一人前になれない。

「な、何をしているのですかッ」神父は泡を食ってイロナにつかみかかった。

「大丈夫、気絶しているだけです。手加減しましたから」

「フェレンツ様ですが、殴られた箇所がドス黒いアザになっていて、今朝から痛みでベッドから起き上がれないそうです」

「……今度はちゃんと手加減しましたから」イロナは目をそらして言った。「コリンダはうちの修道会で引き取ります。こうなってしまったら、今までどおり生活することは不可能ですから」

 神父はため息をつき、「……正直、私もそう思います。今の姿を見てしまったあとでは、さすがに同意せざるをえません」

 このまま放っておけば、疑心暗鬼に苛まれて精神を病み、発狂しかねない。へたをすると、村の男を殺してしまうおそれもある。早い段階で気づけたのは運がよかった。

「しかし、本当に大丈夫でしょうか? 人狼を怖れてこうなったのに、人狼狩りの役目を背負わせるなど」

「先ほどはああ言いましたが、実際には狩り以外の仕事をする者もいますよ。修道院を運営するためには、戦闘員だけでは立ち行きませんし」

「そうですか。それを聞いて安心しました」

 嘘は言っていない。ただし非戦闘員になれるのは、訓練でよほど向いていないと見切りをつけられるか、専門性の高い特殊な役職に就くか、あとは歳をとって現場を離れる場合だけだ。とはいえ訓練課程を終えるまでは、隔離された施設で男と触れ合わず過ごすことができる。

 聖銀水を飲んでマーシャルアーツを身に着け、人狼狩りの力を手に入れれば、人狼を過度に怖れる必要はなくなる。そうすれば彼女の精神も安定するだろう。イロナと同じように。

「バサラブさんには、私から説明しておきましょう。同時に二人も娘を失うなんて受け入れられるか不安ですが……そのほうがおたがい幸せなはずです」

「よろしくお願いします」

 イロナが右手を差し出し、神父は服のすそで手汗をふいてから握り返した。

「またいつかお会いできる日を楽しみにしています」

「ご冗談を」イロナは苦笑し、「わたしに再会してしまうのは、ロクでもないことですよ」

「それもそうですね。では、二度と会わないことを願っていますよ」

「ええ。さようなら」

 気絶したコリンダを背負ったまま、イロナは村に背を向けて歩き出した。

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