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青い肌のイロナと人狼ヤーノシュ  作者: 木下森人
第四章

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 次に目が覚めると、イロナは身ぐるみをはがされ、檻に閉じ込められていた。見世物小屋の実態を知ったのもそのときだ。同じ檻にいた蛇女のエヴァから、いろいろと親切に教えてもらった。座長のジョン・バートンが、いかに卑劣な外道かということを。

「彼女はまぎれもなく本物のサキュバスです。その証拠に、この青い肌は塗ったり染めたりしたものではございません。どうぞ近くでご確認ください」

 イロナは観客に向かってあられもない体勢にさせられ、口内と性器と肛門の奥をまじまじと観察された。そんなところまでちゃんと青く染まっていることを見せるために。顔が近いせいで鼻息にくすぐられ、不覚にもあえぎ声がもれてしまう。

「さすがサキュバスは淫乱だな。見られただけ興奮してやがる」

 屈辱だ。怒りと羞恥心で、頭が沸騰してしまいそう。似たような経験は以前にもあるが、その気になればいくらでも抵抗できた。だが今は違う。バートンの言いなりになるしかない。

 初めての公演で、イロナは観客に助けを求めた。「わたしはサキュバスなどではありません。信じてください。この男にハメられたのです」その必死の訴えを、誰一人として真に受けてはくれなかった。「みなさまどうかご用心ください。このようにサキュバスは、言葉たくみに男を惑わそうとします。けっして耳を貸しませんよう」それでも三日はあきらめなかったが、何度やっても結果は同じだった。いまだに奴隷制を維持しているような連中に、期待するだけムダなのだ。

 修道会の救助は来ない。ここは管轄外の土地だから、イロナの窮状が伝わることはない。自力でどうにかしなければならない。今は耐え忍ぶときだ。うかつに抵抗して、バートンに警戒させるべきではない。従順になったフリをして油断させ、ひたすら脱走の機会を待つべきだろう。たとえ恥辱にまみれようとも。

「さて、本物であることはご理解いただけたでしょうか。それではどなかたに、エサやりを手伝っていただきたいと思います。と言っても、さすがにセックスしてくれとは言いませんよ」

「俺はいっこうにかまわないぜ」と観客がヤジを飛ばす。

「おお、なんと罪深いことを。悪いことは言いませんから、あとで牧師に懺悔することです。当たり前ではありませんか。公序良俗に反しますし、何より危険ですから。脇腹の傷痕が見えるでしょう。これほどの手傷を負わせて、ようやく捕らえることができたのです。ヘタに精液を与えようものなら、サキュバスは瞬時に力を取り戻し、この程度の枷などたやすく引きちぎってしまうでしょう。適度に弱らせておかねばなりません。さて、そこでこいつの出番です」

 そう言ってバートンが見せたのは、ミルクの入った瓶だった。

「伝承によるとサキュバスを追い払うには、枕元にミルクを置いておけばよいそうです。するとサキュバスは、それを精液と勘違いして持って帰るのだとか。何ともまぬけな話ですね。というわけでこちらを飲ませてみましょう。どなたかやってみたいかたは」

「俺だ! 俺にやらせてくれ!」

 選ばれたのは、粗野な雰囲気の中年男だ。彼は瓶を渡されると、ひざまずいて口を開けるイロナに、容赦のない勢いでミルクを流し込み始めた。イロナはむせ返りそうになるのをこらえつつ、必死で飲み込み続ける。あふれた分が口の端からこぼれ、あごを伝って首、鎖骨にたまって胸、腹、ふとももや股間へと流れていく。生温かな感触が気色悪い。

 だが、そこで不運なことが起きた。あるいはわざとか。瓶の底に、腐敗防止に沈められていた銀貨が残されたままだったのだ。それがミルクとともに流し込まれ、イロナのノドに引っかかった。

「――ぅごはっ! げえ、げっほ、げほ」

 反射的にミルクを吐き出してしまった。鼻へも逆流してひどいありさまだ。

 そして当然ながら、目の前にいた男はそれをまともに浴びてしまい、ミルクまみれになった。

「うわ、くっせえ! このクソアマ!」男は怒りにまかせて、イロナの腹を蹴り上げた。

「ひぐゥ!」

 そこがよりによってちょうど胃の位置だったため、苦労して飲み下した分も嘔吐してしまった。それが今度は男の足にかかり、ますます怒りをまねく。何度も何度も蹴りつけられた。

「お客さん、困りますよ。うちの大事な商品なんですから」遅すぎるタイミングで、バートンが止めに入った。「お怒りはごもっともですが、どうかこれ以上は勘弁してやってください。こいつは私のほうで、しっかりしつけておきますので。お詫びと言っては何ですが、こちらをどうぞ」

 そう言ってバートンは瓶に沈んでいた銀貨一枚と、五回分の鑑賞チケットを男に渡した。

「もちろん服と靴についても別途弁償させていただきます。後日、請求書をいただければ」

「いや、べつにそんなつもりじゃなかったんだがな。まあもらえるもんはもらっとくぜ」

 怒りを鎮めた男に、バートンはさらに小声で耳打ちした。「それと、もしご興味がおありでしたら、ぜひ夜にバックヤードのほうへいらしてください。こちらはお代をいただきますが、特別なサービスをご提供させていただきますよ」

 それを聞くと、男は下卑た笑みで口角を釣り上げた。

「皆さま、これにて公演は閉幕です。またのお越しをお待ちしております。ありがとうございました」

 バートンはシルクハットを脱ぎ、観客へ向かって華麗にお辞儀をした。観客は拍手したのち、テントを出て行く。

 そしてすぐに、次の観客が入れられる。一日が終わるまで、同じ仕打ちが何度もくり返されるのだ。

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