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短い間でしたが、お付き合いくださり、ありがとうございました。

 気が付けば、影はいなかった。

女達も、男達も、誰もいなくなっていた。

幻か?と明は一瞬思った。いや、そうであったらどれ程幸せだったか。だから、そう思いたかった。でも現実は違った。

女性の大切な下腹部を切り刻まれ、汚い男達の欲が群がった後の美祈みのりは、目を閉じ大量の血を足元から流しながら、横たわっている。

「美祈様…」

そっと首筋に手を当てると、まだ脈があった。

生きている。

心のどこかで安堵する反面、言い知れぬ不安が頭を過る。

これでは目を覚ますのは無理だろう。息はしていても、もう、体を動かすことも、綺麗な声を発することも、二度とできない。人形のように横たわり、ただ命が終わる日を待つだけの体。

明は変わり果てた美祈の体を抱きしめると、声を上げて泣いた。

大切な大切な、この世でたった一人の姫君。

それは家令として守るべき月の姫君だからではなく、一人の男として、心から愛しているから。

「美祈様」

もう一度名を呟くと、その華奢な体をそっと抱き上げる。とめどなく流れる涙を必死で堪えながら、怒りと悲しみに満ちた何とも言えない気持ちのまま、主の元へと歩き始めた。


 翌年。

明は真の西の離宮から、東の離宮の人形師、紹のところに移っていた。

美祈が乱暴されたことを知った真と真佑は、悲しみと怒りに震え続けた。そして、人ならぬ魔である影の動向を掴むためには、ここにいるより東にいた方が都合が良いという判断で、家令を辞し東の離宮の従者の一人として、ひっそり暮らすことを決めた。

 仕事の合間に時折、美祈の容態を耳にした。美祈は相変わらず動かぬ体のまま、西の離宮の地下に眠っているらしい。結界を張り巡らした部屋で、隠れるように横たわっていると聞いて、何度見舞いに伺いたいと思ったか知れない。でも自分が行けば、また影が現れて美祈に危害を加えるかもしれない。そう思うと、見舞いに行くことすらできず、ただ月日が流れて行った。

 何年か過ぎ、美祈の妹である未花が七歳になり、めでたく月の主との婚約が成立したことが公になると、明は自分のことのように喜んだ。が、翌日、何者かにより、未花の命が奪われたと聞き、明は犯人が影であると確信した。

「このままここにいては、再び美祈様の命が危ない」

そう考えた明は、真夜中の離宮に忍び込み、こっそり眠る美祈を抱き上げ、地の世界へと旅立った。そして、地の貴族として、都の往来に紛れ、誰にも見つからないようひっそり生活を始めた。

 

「美祈様、いよいよ時が満ちましたね」

地の生活を始めて、数年。明は眠り続ける美祈に囁き、月を見上げる。

綺麗な満月。しかしそこは天変地異により、最早命のある者は月の王である輝華と、その后の未花だけだった。輝華は王だけが持つ、生涯に一度だけ御魂を呼び戻す方法で、真の遺した人形の体に未花の御魂を入れ、后として迎えた。天変地異で上半身だけの姿になった影は、すかさず魔力を持って未花に襲いかかったが、輝華はその強大な力で、影を消滅させた。そして影を消滅させた夜、力尽きた輝華は、未花と共に寄り添い眠るようにして黄泉への扉をくぐった。

 主上も未花様もみまかられたか。しかし、影も消えた。これで、美祈様の命を狙う者はどこにもいない。

明は手をかざすと、美祈の額に力を送る。すると、十年近く眠り続けていた美祈目が、薄っすら開いた。

「…ここは?あれ、明どの?」

昔と変わらぬ明の顔を見て、美祈は驚いて目を見開く。

「美祈様…ご無事ですか?」

涙を堪えて話しかけると、美祈は寝台に横たわりながら、優しい微笑みを浮かべた。

「明殿が、助けてくれたのね…ありがとう」

小さな声で呟くと、美祈は愛おしそうにその目を見つめ、久しぶりの安堵の涙を、ゆっくり流した。

 それから二人は月へ戻ると、夫婦となった。

美祈の傷は、目が覚めるまでの長い年月の間に明が癒し、完璧に治した。

「美祈様、私が永遠にあなたを守りましょう。約束します。何があっても傍にいると」

「明様…私も永遠に、あなたの妻としてお傍に」

そう呟くと、美しい瞳で明を見つめる。明は愛おしそうに美祈を抱き寄せると、そっと長い髪に顔を埋めた。

何もなくなった、宮殿以外は瓦礫だけが残る廃墟となった月で、二人はいつまでも幸せに暮らした。

身分も力も関係ない、何もない月の、かつて二人が出会った西の離宮の花のように美しいあの部屋で。




最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。

次からは、再びコミカルな「あ、あ、あ、あ、あね様です」を再開します。

もう一本、不思議な恋愛の物語も近日連載予定しています。

今後とも、よろしくお願い致します!

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