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六人の住人  作者: 桐生甘太郎
2章 俺たちの生活
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9話 俺の居る本当の意味

長らく更新していませんでしたが、続きが書けたのでアップロードします。





今度のこの話は、また「五樹」という俺が書いている。


時子は、この間誕生日を迎え、33歳になった。でも、彼女はをのことを少しも喜ばなかった。


彼女は自分の誕生日を、心の中で、「忌むべき日」と呼んでいる。


今までの人生が辛すぎたから。だから早く終わって欲しいと思うばかりで、新しく年を取ることになんの感慨も抱けないばかりか、「苦しみば始まった日」として、自分の誕生日を恨んでいるのだ。


何もかも、あの母親のせいだとはわかっている。時子は、生まれた時にも殺されかけたのだから。


過去、時子と母親がまだ同居していた頃、母親が一瞬口を滑らせたことがある。


「あなたは“取り切れずに”生き残ったのよ!三回も中絶手術をして、私、とても痛かったんだから!」と、母親が怒りに任せて口にした。


その時に時子は「取り切れずに」という言葉に若干疑問を感じたが、どんな疑問かはわからずに、そのまま聞き流し、ただ「母親は自分を生みたくなかったのだ」ということにショックを受けただけだった。


だが、あとでそのことを思い出して時子が叔母さんに聞いてみたところ、実は時子の母親は双子を妊娠をして、中絶手術でもう一人の赤ん坊は殺されてしまっていたと聞かされ、時子は改めて大きなショックを受けた。


“とても痛かったんだから!”


彼女、時子の母親が自分の責任において施術を受けたのだから、それをわざわざ生まれた娘に向かってぶつけるのなんて筋違いだし、「取り切れなかった」なんて言葉は、死んでいった赤ん坊にとってまったく心遣いも何もない発言だと思う。俺はやっぱり時子の母親は頭がおかしいとしか思えない。


この話をカウンセリングルームで時子が話した時にも、カウンセラーは時子の母に同情なんかしなかった。





でも、その話は終わりにして、ここでいい報告がある。誕生日の前あたりの時期から、時子は自分の体力回復のための療養に、とても前向きになってくれたと思う。


今まで時子は、「病人だから何もできない」ことについて、いつも強過ぎる罪悪感を抱えながら、始終心の中で自分を罰していた。


無理に家事をしたり、「外出もしないとそのうち出られなくなるかもしれないから」といった強迫観念に駆られて、どんなに外が怖くて疲れていても、着替えて支度をし、喫茶店などに毎日出かけていた。


でもそれも、そして体力の負担になる何もかもをやめて、つまり小説を書くことも無期限の休止ということにし、毎日家で休み、日中もよく眠ってくれている。そのことには俺も大いに安心している。


時子は、「抑うつチェック」などをすれば、たちまち「重度のうつ状態」と言い渡されるような体調のまま、無理をすることだけで日々を賄ってきた。うつ症状を抱えていても、本当に酷い状態でなければ、無理をすることで大体はなんでもできるのだ。


もちろん今でも時子がうつ症状を抱えていることはないが、苦痛を伴うことをすべてやめて休息をするようになってから、この子の負担は減った。


だから今、改めて俺がなんの意味を持っているのかを、話そうと思う。





俺は、時子から切り離された部分だ。彼女が23歳の時に。その年に時子は、友人を「自殺」という形で亡くしている。彼女が何度も人の死を小説に書いたのも、すべてはそこに根源がある。


23歳の時子は、友人の死の悲しみを手放すことができずに、それから、自分が対峙する事実について、どんなに惨いことであってもまるで自分に起きたかのように受け取って心から同情を捧げる道を選ぶため、俺を捨てた。


俺は、自分で言うのも変な話だが、冷静に物事を見聞きし、ある程度俯瞰することができると思う。だが、時子はそれさえ受け入れられなかった。目の前に居る全員の心に寄り添うことのみを最優先にした。


でも、少しずつ時子が良くなっていけば、時々に俺が彼女の近々の物事について整理する役割も、必要はなくなるだろう。


早くその日が来てほしいと、俺は思う。







End.

お読み頂きありがとうございました。

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