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六人の住人  作者: 桐生甘太郎
2章 俺たちの生活
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7話 聞きたくなかった

今回は、久しぶりにショックを受けたことを書きました。では、どうぞ。





俺、「五樹」は今、目が覚めてコーヒーを飲んだ。そして、これでも人並みに落ち込んでいる。


今日の時子は、調子が良いはずだった。俺を呼び出して交代しなくてもいいはずだった。


SNSで仲のいい奴と喋り、その日に描いた絵をアップロードしたり、エアロバイクを漕いだり、レトルトのチーズリゾットを食べて楽しんだり。


それがなぜこうなってしまったのか。きっかけは、SNSに時子がこう書いてしまったからだ。


「男性人格(これは俺のことだ)の方が、私よりできることがたくさんある。それに私は人生が苦しいし、譲るから代わって欲しい」


俺は、時子のそんな言葉を聞きたくなかった。俺は彼女の手助けをしたいだけだった。だから、その発言をした後ですぐに眠気を感じて時子が顔を伏せた時、泣きたい気持ちで顔を上げた。



そうだ。彼女は自分の人生をいつでも投げ捨てたがっている。いつでも時子を追い回す、母親に与えられた侮蔑や、叱責。そこから完全に逃げ切った今でも、彼女にとってはまだ終わっていない。


三十年近く母から教わったルールを反芻しては、それができなかった時に、もう母親は居ないのに、自分自身で自分を罰したくなったり、責めたりしてきた時子。


彼女はまだうっすらとそれらが残り続けている日常にうんざりとしながらも、夫が与えてくれる愛情が何なのかを、確かめたがっている。



時子は、幼い頃に愛情を与えられたことがほとんどなく、むしろ冷たく傷つけられることばかりだった。だから彼女は、夫が「愛してるよ」というたびに、“でも、それってなんなの?”と心の中で首を傾げ、たまに実際に聞いてみたりしている。


決まって彼女の夫は困ったように笑うし、結局時子は、「今、自分は一心に愛を受けて生活している」という幸福感を得ることはできていない。


時子の夫は、本当によく出来た人だ。


うつ状態で家事が上手くできない時子に代わってすべてを引き受け、そして働いてきたら真っ直ぐに帰宅して、「さみしかった」と泣くこともある時子を慰めてくれる。俺は本当に、時子は彼と出会えて良かったと思う。もし彼でなければ、時子はすでに死んでいてもおかしくなかったかもしれない。


俺は今まで、動けない時子の分まで、彼女が目覚めてから悩むことのないように家事を済ませ、腹を空かせて泣かないように食事をして、追い詰められることのないように休憩を取るようにしてきた。そう思っていた。


そして、冒頭に書いた文に、一つだけ欠けているものがある。


「私より小説書くの上手いし」。


俺はそれを見て笑いたくなった。そんなことがあるはずがない。俺は、実体験だからこれを書き続けることが出来るのであって、もし「物語を作れ」なんて言われたら、本当に何も出てこないだろう。


この子の小説を今まで読んできた俺が言うんだ、間違いない。それに、俺にはこの子が出来る以上のことは出来ない。この子が出来るから、俺も出来るのだ。



だからどうか、「自分の方が劣っている」などと考えるのは、やめてくれるといいのだが…。

お読み下さり、ありがとうございました。

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