36話 舎弟の油断と最強勇者
ダンジョンの中を進むこと少し、隼人は前方に敵影を確認する。
「ゴブリンが三体か……竜児、やれるか?」
「や、やってみます! 十六夜さん……!」
隼人の言葉に、自分を奮い立たせるように大きく頷く竜児。
そんな二人のやり取りを見て、アリスたちが驚きを露わにする。
「は、隼人!? 下級エネミーとはいえ、一人で戦わせるのは危険なのでは!?」
「……ん。一人で複数体を相手にするのはリスクが高い……」
「いくらなんでもスパルタすぎない!?」
しかし隼人は苦笑しながらそれを否定する。
「大丈夫ですよ。竜児にはそれ相応の装備を与えてますし、いざとなれば、ぼくが割って入るので」
「……わかりました。隼人がそう言うのであれば、私からは何も言いません」
隼人の言葉を聞き、引き下がるアリス。
そんなやり取りを交わしていると、ゴブリンどもが隼人たちの存在に気づいたようだ。
耳障りな声で『グギャ!』と鳴きながら、ナイフや斧を片手に駆けてくる。
「いくぞ! まずは一発!!」
そう言って、腰だめに拳を前方に突き出す竜児。
その拳から衝撃波が放たれ、先頭のゴブリンの下顎にクリーンヒットする。
『ガギャ……ッ!?』
声を漏らしながら、白目を剥いてその場に倒れるゴブリン。
まずは一体、戦闘不能にすることに成功する。
突如倒れた仲間を見て、他の二体のゴブリンが『『グギャ!?』』と、驚愕する。
「今だ、竜児!」
「了解です! 十六夜さん!」
隼人の言葉に大きく頷きながら、その場を飛び出す竜児。
まだ緊張で動きはぎこちないものの、与えられた装備の性能を活かしなかなかのスピードで駆けていく。
あっという間にゴブリンたちとの距離を詰め、そのうちの一体の頭にハンマーパンチを振り下ろす竜児。
「オラァッ!!」
気合いの入った声とともに、ドパンッ! と音を立ててゴブリンの頭に拳がヒットする。
しかし攻撃の入り方は浅く、ゴブリンはふらつくも耐え抜いてしまう。
『グギャァァァ!』
耳障りな声でナイフを振り上げるゴブリン。
ナイフの切っ先が竜児の腹の前を通り過ぎていく。
(あっぶね! 十六夜さんに与えられた装備があるとはいえ、もっと回避を意識しねーと!)
たまたま攻撃が空振ったからよかったものの、今の攻撃が中級以上のモンスターのものであれば、そして隼人にもらった装備がなければダメージを負っていた……竜児はその事実に冷や汗を流す。
だが体の動きは止めない。
ナイフの切っ先が通り過ぎたその一瞬で、竜児はゴブリンの腹に蹴りを叩き込んだ。
隼人に与えられた装備で強化された一撃は、ドゴォ! と大きな音を立ててゴブリンを後方へと大きく吹き飛ばした。
そんな中、竜児の戦いを見てアリスが口を開く。
「まだまだ動きはぎこちないですが、戦いに身を投じて数日であの感じなら、大したものですね」
「ええ、ぼくも竜児の成長ぶりには驚いています。もともとボクシングはやっていたようですが、それでも実戦であれだけ動けるのですから」
アリスの言葉に頷いて肯定する隼人。
もっとも、竜児があれだけ動けるのは隼人にもらった装備と、隼人が後ろで見守っててくれるというところが大きいのだが……それは彼の名誉のために、隼人は黙っててやるのだった。
そうこうするうちに、竜児は最後のゴブリンに強烈な一撃を与えることに成功する。
「や、やったぜ……」
ゴブリンがその場に崩れ落ちたのを確認したところで、その場に膝をつく竜児。
初めて三体の敵を相手にし勝利したことで、緊張の糸が切れてしまったようだ。
…………しかし――
『グギャァァァ!!』
突如として、先ほど倒したはずのゴブリンが雄叫びを発しながらナイフを手にその場を飛び出した。
「え――?」
突然の出来事にその場を動くことができない竜児。
そんな彼の後ろから――
「《黒ノ魔槍》ッッ!」
裂帛の声が響く。
その刹那、竜児の横を一条の漆黒色の閃光が通り過ぎた。
……かと思えば、ゴブリンが『グ……ギャ……ッ?』と不思議そうな声を漏らす。
その腹を見れば漆黒色の禍々しい魔槍が突き刺さっているではないか。
何が起きたかわからず、竜児は「へ……?」と、間抜けな声を漏らしている。
「まったく……最後まで気を抜くな、竜児」
竜児の耳に、そんな声が聞こえてくる。
振り向けば、隼人が前方に右手を突き出しており、その頭上には漆黒色の魔法陣が浮かんでいる。
それを見て、竜児はようやく理解した。ピンチになった自分を、隼人が咄嗟に魔法攻撃を放つことで助けてくれたのだと。
「あ……ありがとうございます! 十六夜さん……ッ!」
その場で深く頭を下げる竜児。
「次からは気をつけろよ」
軽く頷きながら、魔法陣の展開を解く隼人。
竜児に与えたアーマーはあるものの、死に際の敵が放つ攻撃は威力が桁違いだ。万一のことも考え、隼人は攻撃を放ったわけである。
竜児に手を貸しながら、隼人は彼を立ち上がらせる。
そんな二人のやり取りを見ながら、アリス、可奈、それに唯が――
「は、隼人……? あれだけ剣の扱いに長けているのに、そのような力まで持っていたのですか?」
「……何が起きたのか、一瞬わからなかった……」
「すごい! 今のってもしかして魔法ってやつなのかな!? カッコイイー!」
などと驚愕、あるいは興奮を露わにするのであった。