21話 胃袋を狙われる最強勇者
翌朝――
「おはようございます、十六夜先輩♪」
隼人が下駄箱で靴を履き替えていると、そんな声が聞こえてくる。
声のする方を見ると、そこには竜児の妹、沙織が立っていた。
「おはよう、沙織さん」
「むー、できれば呼び捨てにしてほしいのですが……まぁそれは十六夜先輩の彼女になれた時まで我慢しておきましょう」
沙織は少し不満げな表情を浮かべるも、そう言って隼人に微笑んでみせる。
なるほど。昨日宣言したとおり、隼人を諦める気はないようだ。
「それで、何か用があるのかな?」
沙織の発言になるべく触れないようにしながら、先を促す隼人。
すると沙織は「実はこれを渡しにきたんです。その……ご迷惑じゃなければ……」と、可愛いらしいデザインの布袋に包まれた何かを差し出してくる。
「これは……?」
「お弁当です。十六夜先輩を落とすために、まずは胃袋から掴もうかと♪」
困ったな……と頭をかく隼人。
手作り弁当なんて受け取ったらますます逃げ道がなくなりそうだ。
しかし女性の好意を、ましてや衆目の前で突き返すのはよろしくない……。
結局、隼人は沙織の弁当を受け取ってしまうのだった。
「ありがとうございます、受け取ってもらえてとっても嬉しいです!」
花の咲くような笑顔を浮かべ、喜びを表す沙織。
「お弁当箱はお昼終わりに受け取りに行きますね♪」
そう言い残し、上機嫌な様子でその場を去るのだった。
「(あの下級生の子、やるわね……)」
「(まさか手作り弁当を用意するなんて!)」
「(しかもすっごく可愛いし……)」
隼人の耳に、廊下にいた女子たちの声が聞こえてくる。
これ以上面倒なことになってはたまらない、そそくさと教室へと向かうのだった。
◆
昼休憩時間――
「ほう、これは美味しそうだ」
校舎の屋上で、弁当箱を開けた隼人は思わず声を漏らす。
弁当の中は出汁巻き卵や焼鮭、肉じゃがなど和の料理が綺麗に詰め込まれていた。
「ったく、沙織のやつ、俺には作ってくれねーのに……」
隼人の横で、ブツクサと文句を言いながら購買のコロッケパンをかじる竜児。
実の兄だというのに除け者にされているのは、確かに少々不憫かもしれない。
(そういえば、弁当を作ってきたのに一緒に食べようとは誘ってこなかったな)
焼鮭を頬張りながら、そんなことを思う隼人。
隼人の胃袋を掴むために弁当を作りはするが、一緒に食べようとしない……。
お昼の時間は自由に過ごしてもらおうという、沙織なりの気遣いなのかもしれない。
(竜児の妹なのに、よくできた子だな……)
コロッケパンの次はカレーパンを貪るように食べる竜児を見ながら、隼人は思うのだった。
「ところで十六夜さん、俺がモンスターと戦えるようになる方法って、どんなのがあるんですか?」
隼人が弁当を食べ終わったところで、竜児が尋ねてくる。
「今のところ、マジックアイテムを装備して戦うのが一番とは思ってる」
「マジックアイテムって、例えばどんなのですか?」
「魔力で形成された刀身を出すことができるビームサーベル、あとは下級モンスターの攻撃くらいなら防ぐことができる障壁を展開できる防具とかかな?」
竜児の質問に、自分が所持しているマジックアイテムをいくつか上げる隼人。
彼の話を聞き、「ビームサーベル! カッコ良さそうですね……!」と竜児は瞳をキラキラさせる。
「竜児、本当に一緒に戦うつもりか? 下手したら死ぬぞ……?」
「そうですね。正直怖いですが、もう決めたことですから!」
隼人の最後通告に、少し震えながらもしっかりと肯定してみせる竜児。
覚悟ができているなら、もう何も言わない。
命のやり取りが身近だった異世界でずっと戦い続けてきた隼人の思考は、この世界普通の住人よりも殺伐としている部分があるのだ。
とはいえ、わざわざ見殺しにする必要もない。
竜児が危ない時は、しっかりカバーするつもりだ。
(上手くいけば、モンスターに対抗できる戦力になってくれるかもしれないし)
隼人はそんな風に考える。