1話 帰還する最強勇者
「本当に……戻ってきたみたい、だな」
夜――。
ベッドの上で、少年が声を漏らす。
彼の名は十六夜隼人。
ここ日本で生まれ育ち、つい先ほどまで〝異世界〟で活躍していた〝勇者〟だ。
そう、勇者――ファンタジーな物語やゲームに度々登場する、あの勇者である。
二年前……隼人は異世界の巫女の祈りにより、勇者として異世界へと召喚された。
異世界へと召喚された地球人は非常に強力な戦闘力を得る。
その力で、魔王の手によって存亡の危機に立たされた人類を救って欲しいと懇願されたのだ。
二年の月日を経て、隼人は見事に魔王を倒してみせた。
そして、役目を終えた彼は今日、故郷である日本へと帰還したのだ。
「二〇二一年、五月十七日……? 場所だけじゃなくて時間まで元通りなのか……」
帰還されたのは自室のベッドの上、机に置かれたデジタル時計に表示された日付を見ると、隼人が異世界へと召喚された日と同年同日だった。
「まぁ、見た目も変わってないし、大丈夫か」
召喚された勇者は、異世界にいる間は不老となる。つまり体の成長もない。
体感的には二年多く生きたことになるが、体の年齢は二年前と同じく十六歳のままだ。
「よし、せっかく元の世界に戻ってきたんだ。平和な時間を思いっきり楽しむぞ」
二年にも及ぶ救世の旅路は過酷だった。
それゆえに、隼人はずっとこの世界に戻ってくることを夢見ていた。
それが叶った今、彼は平和な暮らしを謳歌すると改めて心に決める。
「そうと決まれば、まずは――」
小さく呟くと、隼人はベッドから立ち上がり、部屋の外に出る。
そのまま階段を降り、一階のリビングのドアを開く。
「「「――…………ッ!?」」」
リビングの中に入ると、ソファでくつろいでいた三人の女性が息を漏らした。
その誰もが、信じられないものでも見たかのような表情をしている。
「ど、どうしたの隼人くん? この時間にリビングに現れるなんて……」
少々動揺しながら、そんなことを尋ねてくる女性――。
腰まで伸ばした長い髪は薄っすらと茶色に染められ、軽くウェーブがかかっている。
年齢は三十代半ばだが……それを感じさせない美貌と、おっとりとした雰囲気、そして豊かな胸を持った女性だ。
彼女の名は美雪。
隼人の母――詳しく言えば義母となる。
その様子を、二人の姉妹が見守っている。
姉の名は春菜。
歳は十七、母である美雪と同じようにストレートの黒髪を腰まで伸ばした、優しげな雰囲気を持つ美少女だ。
最後にもう一人の少女……彼女の名は夏実。
黒の髪をツインアップにした可愛らしい印象を与える。春菜の妹で、十五歳である。
そして、三人が驚いた表情を浮かべているわけだが……。
実は、隼人は異世界へ召喚されるひと月前から引きこもりの不登校児だったのだ。
隼人は少女のような容姿をした華奢で弱気な少年だった。
そしてそれを理由に、学校ではイジメを受けていた。
さらに、隼人は数年前に母を亡くしていた。
今年に入り、父が美雪と再婚し一緒の生活が始まった。
春菜と夏実は、美雪の連れ子だ。
学校でのイジメだけでなく、家でも新たにできた家族と打ち解けられずにいた。
その上、父は海外へと出張が決まってしまい、隼人は親しく接する相手がいない状況に陥ってしまう。
これだけの悪条件が重なれば、彼が引きこもるには時間はそうかからなかった。
「〝母さん〟――ぼく、明日から学校に行くよ」
「「「…………ッ!?」」」
隼人が口を開く。
その言葉を聞いた美雪たち三人が、再び息を漏らした。
「い……今、母さんって……! そ、それに、本当に学校へ行くの? 隼人くん……?」
「大丈夫? 無理しなくても大丈夫だよ……?」
「…………」
驚愕した様子を見せるも、すぐに美雪と春菜が問いかけ……夏実は沈黙している。
美雪にいたっては驚きのあまり未だに目を見開いている。
まぁ……今まで隼人に母さんではなく、美雪さんと呼ばれていたことを考えれば、その驚きも当然か。
三人の様子に、隼人は内心苦笑してしまう。
普段、三人は隼人を決まった表情で見ていた。
美雪は諦めたような表情、春菜は可哀想なものを見るかのような表情、そして夏実はまるでゴミでもみるような侮蔑の表情で……。
学校へ行くと言っただけで、それが三人そろって驚いた表情を浮かべているのを、隼人は面白く感じてしまうのだ。
「大丈夫だよ、それにこのまま引きこもっていても何も解決しないからね」
問いかけてくる美雪たちに、隼人は小さく笑いながら応える。
それに対し、三人は「「「…………っ」」」と、またもや息を漏らす。
よく見れば、彼女たちの頬がほのかにピンク色に染まっているではないか。
隼人はもともと美少年と呼べる容姿を持っていた。
異世界へと召喚される前の彼はオドオドとして男性としての魅力に欠けていたが……。
今の彼は数多の死線を乗り越えた歴戦の勇者だ。
笑顔ひとつ見せるにしても、絶対の自信と強者としての魅力を感じさせる。
今までとのギャップに面食らうと同時に、なんとも魅力的な笑顔に、美雪たちの胸は高鳴ってしまったのだ。
「それじゃあ、今日はもう寝るね。みんなお休み」
最後にもう一回、美雪たち三人に笑いかけると、隼人はリビングをあとにする。
そんな彼の後ろ姿を、美雪たちは……ぽーっとした様子で見送る――。
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