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雨を想う君にキク  作者: いしだ
12/12

いい天気の日

「あっ」

 図書委員の仕事と言えば最近はもっぱら書籍をデーター管理するために本にバーコードを貼っては戻すという地道な作業だった。閉架式書庫の一つの棚から本を全て取り出し司書室に運び、昨日の担当の人が取り出した書籍を元の位置に戻すというものだ。僕は重労働が嫌だから図書委員になったのに汗をかきそうになっていることに苛立っていた。脚立によじ登って一番上の段に本を戻す。ここは古典の資料のコーナーでめったに使わないから閉架式書庫になっている。なのに何でこいつらまでちゃっかりデーター化されるのか、こっちの身にもなって欲しいと心の中で嘆いていた。

 心の乱れが体に現れたのか僕は誤って本を落としてしまった。紙が破れる音がして汗が引く。動揺のあまり話すことが出来ないという建前まで破ってしまった。

「どうしたの?」

 僕の担当の棚の裏で作業していた彼女は僕の声を聞いて本棚の隙間から顔をのぞかせた。

「もしかして、やらかした?」

 彼女は自分の持ち場を離れて僕が落とした本を拾った。

「あちゃー破れちゃってる。」

 俺は脚立を降りて反省している顔をすると彼女は近くの学習机に座り、ポケットからシールを取り出した。何の躊躇もなく、女子っぽい花のシールをペタペタ張って破れたところをくっつけだした。僕は驚いて、やめた方がいいと言いたかったけど建前がそれを邪魔した。

「いいでしょ、別に。これ誰も読まないだろうし。」

 僕が落とした本には今昔物語集と書かれていて古典の授業で聞いたことがある名前だが、古文は教科書とか参考書で勉強するものだし、わざわざ現代語訳も問題も書かれていないこの本を使う人はいないだろう。

「できた。可愛くない?」

 僕は頷いた。ありがとうの代わりに。

僕は高い声が聞き取りづらい。だから女子の声は集中して耳を凝らさないといけなくて大変だった。それでも彼女のちょっと低くて落ち着く声はすんなりと聴きとることが出来て心地よかった。

「はは。バレたら君のせいだからね。」

 理不尽なのか当然なのかよくわからず、何も読み取れない表情をしてしまった。

 そんな僕の感情なんか知る由もなく、彼女は窓の外を見だした。

「いい天気。」

 今日は一日中雨で、今も雨が降っている。僕は不思議に思っていると、察した彼女は話続けた。

「雨が降らなかったら生きていけないのに、雨が降ったら悪い天気って言われるの可哀そうだと思わない?」

「…」

「だから私だけはいい天気って言う事にしてるの。」

「…」

「ヤバい奴って思ったでしょ。まぁそうだよね。これ誰に教えてもらったか忘れたんだけど、でもいいと思わない?」

 彼女は返事をしない僕の返事を少し待って、僕の沈黙をいい様に解釈して笑った。

彼女は僕の言葉を覚えてくれていたんだ。それだけじゃない。彼女だけ僕を人として扱ってくれる。他の人と同じように話しかけてくれる。耳が聞こえることを知っているからだけじゃない。それだけじゃこんなに優しい人になれない。

「僕も…いい天気だと思う。」

 彼女は驚いて、でもすぐに笑った。窓の外を眺める彼女の横顔を見て僕は持っていた本をぎゅっと握りしめた。

 

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