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しろたま  作者: ぬこ
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悪いことをしたら、晒される。─老若男女を問わず、誰の目にも明らかに。



 初めてだから、ホテル代込みで三万。どう? なんて言ってたくせに。


 鏡越しに見える自分の頭に、左目にだけ映る小さな球体が点滅するのを見ながらぼんやりとそんな事を考えていた。──ああ、これで俺も犯罪者の仲間入りなんだ、なんてまるで人事のように思いながら。



「はい、それじゃこちらに署名お願いします」

「山崎でいいですか?」

「いえ、フルネームでお願いします」

「山崎孝則……と」



 調書が終わり、三枚綴りの一番上の紙に署名する。複写式になっていて、自動的に下の二枚にも俺の名前が書名欄に収まるようになっているのが独特の感触でわかった。

 規則正しく美しく、そんな生き方をするようにとの願いから由来してつけられた自分の名前が、意味を無くした様な気がした。


 可愛かったよなぁ、メイ。思わず呟いて、小さく溜息が漏れる。


 公開は明日の正午を予定しています、と紫のヘアピンで前髪を斜めに留めた係員に言われ、わかりましたと平坦に答えて署を後にした俺。


 なんとなく人生とか色んな物がどうでも良くなりそうで、かといってどうでも良くなれる訳なんかない。ただ、自分の状況を本当に自分の物だとまだ理解出来ていないんだから仕方が無い。

 

 なんとなく夢っていうのとも違う、でも現実感が伴ってこない。


 つい三時間前、そこの電話ボックスの前に座ってじっとどこかを見てた女と目が合ったのは偶然でそこになんの因果関係も無い。良くある、たまたま道を歩いていたら目が合ったって言うだけの事だ。特別だったのは、そこで彼女が可愛く微笑んでくれて、俺も微笑んで、そしたらあのセリフを言われたっていう事だ。……そもそもわざわざ言うほどの特別なんかじゃないだろう事はわかっているけれど。



 私メイ。お付き合いしよ?

 初めてだから、ホテル代込みで三万、どう?



 初対面でそんな事を言われたのは初めてだったし、いきなりそう来られるほど飢えた顔してたのかとも思った。

 確かに可愛いなと思ったから目があって微笑んでくれたのは嬉しかった、でも、いきなりそこかよって。

 そりゃ、最終目的としてヤる事が頭にあるのは男だから仕方ない。下手に無駄玉打って金使ってしくじるよりは、はっきりしていていい。

 

 初めてって事は処女だろうし、それがホテル代込み(言われた時点でここらで一番安いホテルを脳内検索して、休憩三時間三千円を叩き出した)で三万。実質二万七千円。ナンパして飯食って酒飲んで、下手したら軽くなんか買わされて、ずるずるしながら結局ヤれないなんて良くあるパターンだ。


 それから考えたら確実、しかも処女。

 プラス給料日は一週間前に来たばかり。


 三時間みっちりかけて、じっくりとなんて考え始めてつい黙り込んだら、ダメ? なんて上目遣いで見上げられた。小柄で長い黒髪、伏目がちでちょっと潤んだ目、シミなんて一つも無いキメ細かそうな肌。見下ろす胸元には白いレースがちらり。こういう清純そうな女の子があえて黒ってのもいいけど、やっぱり白なのが処女らしくていい。


 これであっさり断る男が居たら、多分そいつは人生において失敗しない代わりに平々凡々野郎だとか胸の中で呟きながらメイの手を取って、先程脳内検索したばかりのホテルへ甘い言葉なんか囁きながら歩き始めた訳だ。


 勿論、援助交際が法律違反で取り締まられるようになったのは事実。

 ──とは言え何かしらの抜け道があったりするのも世の常だ。


 性交渉を目的として金銭交渉をするんじゃない。良好な関係にある二人が健全に性交渉を行い、そして善意の元に相手に何かをプレゼントする、つまりは普通の恋人同士っていう事になればそこは法律に触れることは無い。


 男女間のことは、きっちり線引きできるものばかりじゃないからな。


 勿論、一回終わった後でお互い事情があって別れるなんていうのはよくある事だ。

 実際に今まで数回可愛い女の子と数時間「お付き合い」して「プレゼント」を渡して、「別れた」事があるけれどそこで取り締まられたことなんて無かった。理由なんてどうにでもなる。



 実際付き合ってみたら合わなかった。

 気持ちが冷めてしまった。

 性格の不一致。

 極端に言えば、性の不一致。


 暴力沙汰になったわけでも、詐欺でもなければ、男女がお付き合いをして別れるには、いくらでも理由がつく。



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