8話 2人の母親
勝った・・・
でも、ニアーナ母さんが言う程に魔族は強くなかった気がする。
どちらかといえば俺の方が圧倒的だったと思う。
そう言えばあの魔族から確か「ガンツ」って言う名前が出ていたな、その人に命令されて偵察に来ていたと・・・
多分、あの魔族は下っ端の斥候みたいなものなのかな?
【その通りだと思うわ。冷静になってから思ったけど、私から見てもそこまで強い感じは無かったしね。多分、魔族の中でも下級の魔族だと思うわ。上級や四天王クラスの魔族はあんなものではない筈よ。それでも魔族自体はこの世界でもかなり上位の存在なのに、それをあっさりと葬るなんて・・・、アルは本当に規格外よ・・・】
(そうなの?)
我に返ると母さんが俺の顔をジッと見ていた。もう泣き止んだみたいだ。
「アル・・・、あなたまだ6歳じゃないのに魔法を使ってたわよね?教会で女神様から魔法の加護をもらっていないのに何で?それに手に持っている光り輝く剣は?王国の宝物庫にもこんな見事な剣は無いわよ。」
「アル・・・、あなた一体・・・」
(ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!母さんが俺の事を不審がっている。どうしよう?言い訳が出てこない!)
(んっ!ちょっと待って!今、母さんが王国の宝物庫の話をしたような・・・、何で母さんがそんな事を知っているんだ?うちは只の農家の筈なのに、どうして?)
頭の中がパニックになりそう・・・
その瞬間、目の前の景色が変わった。
真っ暗な空間だ。いつもニアーナ母さんと会う場所だ。最近は部屋の仕様にしていたのに、今回は真っ暗なままになっている。
「何が起きたの?この場所は・・・」
母さんが怯えてギュッと俺に抱きついている。
「ク~ン・・・」
えっ!お前も一緒にいるのか!白い狼もオロオロした感じで周りをキョロキョロ見渡している。
目の前が急に明るくなり、光が人の形になった。
「ニアーナ母さん・・・」
「アル・・・」
しかし、ニアーナ母さんの表情が暗い。
「えっ!アルがあの人を母さんと呼んでる・・・、しかもニアーナって名前・・・、まさか?」
母さんが信じられない表情で俺とニアーナ母さんを交互に見ている。
ニアーナ母さんがしばらくジッと俺をみていたが、いきなり土下座をした。
「か、母さん!何を!」
「アル!黙って!」
ピシャリと俺の言葉を遮った。
「マリアンヌさん・・・、本当に申し訳ありません。私はニアーナ。」
母さんがワナワナと震えている。
「や、やっぱり女神様・・・、何でアルが・・・」
「彼は魔王を倒す勇者として選ばれました。」
「そ、そんな・・・」
「本来なら教会に神託として伝えるはずでしたが、あなたが生まれた彼をとても大切にし愛している姿を見ていると、そのような事は出来ませんでした。愛する親子を離ればなれにさせたくない。かつての勇者のように親の愛情を知らずに増長して育ってしまう・・・、そして私は決断したのです。」
「彼が一人前になるまで見守ろうと・・・」
「彼が一人前になって親元から巣立った時に勇者として世に送ろうと考えていたのです。その方が1番あなたのショックが少ないと思っていました。そして、彼を見守り1年、2年と過ぎた時に私の心に変化が起きたのです。彼が愛おしい・・・、彼をあなたの様に抱きしめたい・・・、最初はこの感情はどんな感情かが分かりませんでした。」
「そして気が付いたのです。私のこの感情は母親の感情だと・・・私は彼の、いえ、アルの母親になりたい・・・、本物の母親であるマリアンヌさんがいるのに、我慢出来ませんでした。私は母親の経験も無いのにアルを我が子のように愛おしく思い見守る事にしました。」
母さんが口に手を当ててガクガク震えている。
「私は女神として失格ですね。本来、我々神は人間に対しては過剰に干渉しない筈なのに・・・、アルは勇者として成長すればいつかは魔王と戦う事になってしまう。勝てるかどうかも分からない戦いに・・・、そんな事を思うと、私の胸が張り裂けそうになってしまいました。だから魔族と戦わないように強く言っていたのですが、まさかこんなに早く魔族と遭遇するなんて・・・、魔族と関わればもう勇者としての使命から逃げられない。そう遠くないうちに私の元から去ってしまうでしょう。マリアンヌさん・・・、あなたからも・・・」
2人の視線が俺に注がれていた。
「私は怖かった。アルが戦いの中で散ってしまうのを・・・、過去の勇者もあっけなく魔王に敗れ去ってしまいました。そうならない為にもアルは私が時間をかけて育てようと思ったのです。」
(そうなんだ、そうだよな・・・、「死んで来い!」と喜んで送り出す親なんていいないよな。生きて欲しいと願うのは当たり前だよ。)
「でも、それは言い訳です。私はアルを手放したくない。ずっと見守っていきたい・・・結婚も出産もした事のない私なのに、アルがとても愛おしい・・・、、実の母親であるマリアンヌさんがいるのに、どうしてでしょうね?マリアンヌさんには内緒でアルと親子ごっこみたいな事をして、この世界を見守る女神として失格でしょうね。でも、これからは私は只の女神ニアーナに戻ります。ですが、どうかお願いします、アルが成人となった時には勇者として世界を救う事に協力して下さい。お願いします・・・」
ワナワナ震えてニアーナ母さんの言葉を聞いていた母さんだったけど、意を決した表情でニアーナ母さんの前まで歩いていった。
そして、土下座をしているニアーナ母さんの手を取った。
「女神様、顔を上げて下さい。あなたは間違いなくアルのお母さんですよ。自分の子供ではない・・・、そんなのは関係無いです。アルに対するあなたの愛情は本物です。胸を張って下さい。」
「マ、マリアンヌさん・・・」
ポロポロと涙を流しながらニアーナ母さんが母さんを見つめている。
「私はギルを好きになりました。そしてギルは私を受け入れてくれました。しかし、それは許されない恋・・・、そして2人で逃げ出してしまった事は、女神様ならご存知ですよね。だけど、アルには私達のように逃げ出すような真似はさせたくありません。女神様、アルを立派な勇者に育てて下さい。さっきの戦いを見て思いました。アルには私と違って守る力があります。私だけでなく世界を守れるだけの力が・・・」
「それに母親が2人いても構いませんよ。女神様もアルが好きなんでしょう?だったら2人でアルが胸を張っていられるような大人になるように育てましょう。勇者として恥ずかしくないように。」
「ありがとうございます・・・」
ニアーナ母さんが母さんに抱きついて静かに泣いていたけど、しばらくしたら大声で泣き始めた。
母さんが優しく微笑み、抱いているニアーナ母さんの頭を撫でながら見つめていた。
女神様でもこうして見ると人間と変わらないんだ。ニアーナ母さんに対してはもっと親近感が湧いた気がしてくる。
(ふぅ~、無事に丸く収まったみただな。でも良かった、母さんがニアーナ母さんを受け入れくれて・・・)
「ク~ン・・・」
狼がペロペロと俺の頬を舐めてくる。
「そうか、君も一緒にここに来てしまったんだな。ゴメン、母さん達の事で頭がいっぱいになっていたから存在を忘れていたよ。」
そして頭を撫でてあげると気持ち良さそうにしている。
「ありがとうね、僕達を助けようとしてくれて。でもあの時は焦ったよ、君が傷だらけで倒れていた時は、僕の魔法に巻き込まれたかと思っていたからね。」
そのまま俺に寄り添うように座ってくれている。本当に懐いてしまったみたいだよ。
ニアーナ母さんがまだ泣いているから黙って見ているしかないんだよな。ちょっと暇になってしまったから、狼の頭や背中を撫でてみる。
「ク~ン・・・」
(うわぁ~、とても気持ち良さそうだ。それに、こうして撫でていると俺も気持ちが良いよ。フワフワな毛並みが癖になりそう・・・)
しばらく撫でていたけど、母さん達も落ち着いたのか2人が立ち上がり俺のところにやってきた。とてもニコニコしている。
ニアーナ母さんが両手を広げて俺を見ている。
「アル・・・」
「母さん・・・」
ニアーナ母さんの胸に飛び込んだらギュッと抱きしめてくれた。母さんが隣で微笑んでいる。
「アル、大好きよ。マリアンヌさんと一緒にあなたを育てるわね。だからずっと私と一緒にいてね。」
「うん!だから、魔王に負けないように鍛えてね。僕も母さんを悲しませたくないから・・・」
「ありがとう・・・」
ニアーナ母さんが座って待っている狼の方に視線を移した。
「絶対に人に懐かないフェンリルがアルに懐くなんてね。やっぱりアルは今までの勇者と違うわ。」
「フェンリルですって!まさか、森の番人である神獣フェンリルですか?」
母さんが驚いて狼の方を見ている。
「そうですよ。フェンリルは私の眷属です。でもこの子は子供ですね。ごめんなさい、あなたまで巻き込んでしまって・・・」
しかし、そんな事は関係無いような感じでニアーナ母さんに近づき、頭をすり寄せて来た。
「ふふふ、可愛いですね。普通の人間がこの空間に長くいては良くないので、そろそろ元の世界に戻します。」
そして母さんを見つめた。
「マリアンヌさん、ありがとうございます。私はいつもアルと一緒にはいられませんので、あなたに私の加護を授けます。魔法だけでなくあなた自身に授ける加護ですよ。アルを守れる力をね。どうか受け取って下さい。」
しかし、母さんがダラダラと冷や汗を流している。
「二、ニアーナ様の加護なんて・・・、そんな加護は伝説の聖女様しか授かった記録しかないわ。私なんかが・・・」
「マリアンヌさん、ニアーナですよ。様付けで呼ばないで下さい。同じアルの母親なんですから。」
「い、いや・・・、そんな訳には・・・」
母さんが更にダラダラと大量の汗をかいているが、ニアーナ母さんはとてもニコニコしている。
「せめてニアーナさんで・・・」
「それで良しとしましょう。それでは・・・」
次の瞬間、母さんの体が光輝いた。
「これで私の加護を授けました。マリアンヌさん、アル、頑張って下さいね。私はいつでも見守ってますからね。」
「は、はい・・・」「うん!」
魔族領、魔王城魔王の間
「魔王様、どうしました?」
豪華な玉座に1人の女性が座っている。肌は薄い紫色だがとても美しい女性だ。
何か物憂げに佇んでいる。
隣に立っている側近みたいな女性が尋ねていた。
「いや、私の気のせいかもしれない・・・」
しかし、なぜか嬉しそうな表情だ。
「魔王様、顔に出ていますよ。そんな顔をするのは300年ぶりですね。」
「そうか?そんなに顔に出ていたのか?」
ニヤッと笑っている。対象に傍の女性は全く表情が変わっていない。
「そうです。魔王様の待ち人が現われたのですか?」
ニヤッと笑っていた表情が急に淋しそうな表情に変わった。
「気のせいかもしれないし、本当なのかもな・・・、やっと私を殺してくれる存在が現われたのかも・・・、500年前と300年前は期待外れだったけどな。」
「混沌の女神ガアスの使徒にされてから500年・・・、こうして歳も取らず私は美しいままだ。でもな、私は嫌なんだよ。かつて奴隷だった私に女神は力を与えてくれて復讐を果たしたが、何も心は満たされなかった。残ったのは私の空虚な心だけだった。それから500年、私は常に死を求めてきた。使徒は自殺は許されない。私の希望は私を殺してくれる存在が現われる事だ・・・」
「魔王様・・・、そんな話をガアス様に知られてしまったら・・・」
「構わん!というか、ガアスは知っている。私が死にたがっている事もな。だが、混沌を司る女神だ、こうして世界が不安になって混乱する事を女神は望んでいる。私の心のが満たされる事なくこうしているのもアイツの楽しみなんだろう。だから、私は世界から人間を滅ぼさない。そうなってしまうと未来永劫、私がこの世界の支配者になって死ぬよりも辛い日々を送らなくてはならないからな。人間よ、可哀想だが私の願いに付き合ってくれ・・・」
しばらく黙ってから、魔王がため息をついた。
「まぁ、それもガアスの思惑なんだろうが・・・、神にとって500年はあっという間みたいなものだ。我々の行っている事は、奴にとっては単なる暇つぶしだろうな。だがな、私は諦めない。必ず私を殺してくれる存在を見つける。この悪夢から解放させてもらう為に・・・」
「魔王様、お言葉ですが、私はそのような存在を許しません。私の全ては魔王様に捧げています。魔王様に何かあれば私は生きていけません。そのような存在は私が排除します。」
魔王がクスクス笑う。
「ローリー、私を殺せる存在だぞ。そんな存在だとお前では相手にならないのは分かっているだろう。忠誠は嬉しいが、私もお前を失う事は嫌だ。私も只ではやられるつもりはない、全力で相手をするつもりだからな。そんな存在が本当に出てくるのか?いくらニアーナの加護を持っていても惰弱な人間に育てられた勇者が・・・、しかし、楽しみにしているぞ。」
「そうですね、人間ごときがどれだけ頑張っても我ら魔族の敵にはなりませんからね。そんな人間に育てられた勇者もたかが知れてますね。」
ローリーと呼ばれた女がニタニタ笑っていた。
(だけど、一瞬だけ感じた光は今までの勇者と違った。上手く隠したつもりだろうが私には分かる。今はまだ小さな光だが必ず私を脅かすだろう、ふふふ、楽しみにしているぞ。私に会うまで誰にも殺されるなよ・・・)
アル達が去った空間にはニアーナが1人佇んでいたが、突然ワナワナと震えだし自分を抱いていた。
「ふふふ、マリアンヌさんから母親と公認されました。あぁぁぁ・・・、アル・・・、これで思いっきり遠慮しないで抱きしめられるわ。」
「姉様・・・、何一人でニヤニヤしているのですか?」
ビックリしたようにニアーナが後ろを振り向いた。
「フ、フレイヤ!もしかして・・・、ずっと見ていたのですか?」
フレイヤがゆっくり頷く。
「ええ、姉様が土下座をしていたところからずっとですけどね。まさか姉様の意外な一面を見れるとは思いませんでしたよ。」
ニアーナが真っ赤になっている。
「フレイヤ・・・、頼むから今の事は忘れて下さい。」
しかしフレイヤはニタニタ笑っている。
「姉様、それは無理ですよ。姉様の衝撃的な姿は私の目に焼き付いていますからね。まさかここまで彼に入れ込むとは思いもしませんでしたよ。本当に不思議な方ですね・・・」
「フレイヤ、あんなに謝りたいと言っていたのに、よく出てきませんでしたね。」
「当たり前ですよ。彼と私の事は転生前の話ですから、彼の母親の前で話すと余計な混乱を起こしますからね。彼にはこれ以上の迷惑はかけられません。」
「あら、大人になりましたね。あなたも成長したみたいで私も嬉しいわ。だからね、あなたが恋を覚えたのは・・・」
ニアーナが悪戯っぽい顔で微笑むと、フレイヤの顔が真っ赤になった。
「な、な、な、何を言っているのでしょうか?わ、私は・・・」
「ふふふ、あなたは本当に分かりやすいですね。隠しても無駄ですよ。私があなたの気持ちに気付かない訳がないじゃないの。だけど、本来、神と人間の恋は叶わぬ恋・・・、でもね、私がアルの母親になれたように、あなたもアルの恋人になれるかもしれないわね。想いの強さが神の力さえ超える事もあるからね。諦めたらダメよ。」
「は、はい・・・」
「それと1つ言っておきますね。アルの恋人になりたければ、私とマリアンヌさんの審査がありますからね。アルに相応しくないと判断すれば、いくらあなたでも認めませんよ。」
「そ、そんな姉様・・・」
「冗談よ。今のあなたなら問題ないはずね。あの時のあなただったらダメだったかもね。」
「もう!姉様ったら!」
「でも、姉様も変わりましたね。少し前と比べたら本当に明るくなりましたね。やはり、彼の影響ですかね?」
「そうかもしれないわ。私がこんなに感情が豊かだったとは、自分自身でも思わなかったからね。私もあなたも彼のおかげで変われたと思うのよ。」
ニアーナが上を見上げた。
「彼の光はまだ小さいわ・・・、でもね、彼を中心に世界が回る気がするの。そして大きな光に・・・」
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