6話 アル 5歳になる
ニアーナ様が俺をしばらく抱きしめた後、ゆっくりと下ろして微笑んでくれた。
「アル、ありがとうね。私もアルから元気をもらったわ。母親になるってこんなに幸せなのね。」
そして悪戯っぽく笑った。
「マリアンヌさんには負けませんよ。」
(ははは・・・、母親同士仲良くしてもらいたい・・・)
ちなみに、父さんは母さんの事を『マリー』と呼ぶけど、本名は『マリアンヌ』なんだよね。父さんは『ギルガメッシュ』、母さんは『ギル』と呼んでいるけど、俺よりも勇者っぽい名前だったりする。
「そうそう、アル・・・」
「何ですか?ニアーナ様」
「・・・」
ニアーナ様が黙っている。それに視線がなぜか怖い・・・
「お母さんよ・・・、それに子供らしく敬語は無し!もう一度ね。」
「お母さん、何?」
とても嬉しそうだ。
「最高に幸せよ・・・、そうそう、アルのステータスに変化があったみたいなの。ちょっと確認して。」
ニアーナ様の口調も柔らかくなっている。マリアンヌ母さんと話しているような感じだ。
えっ!ニアーナ様が俺を睨んでいる!
「アル、お母さんと呼んでね。心の中もよ!」
(はい、ニアーナ母さん。)
「そうよ。良く出来ました。」
嬉しそうに俺の頭を撫でてくれた。
おっと!ステータスを表示しないと・・・
名前 : アルバート(男) 人間 3歳
職業 : 勇者(女神の使徒)
レベル : 1
体力 : 120,000/120,000
魔力 : 7,000,000/7,000,000
STR(力) : 9,999
INT(知力) : 14,999
AGI(素早さ): 9,999
DEX(器用さ): 9,999
魔法 : 光150、闇150、水100、風100、土100、収納魔法、特殊魔法
スキル : サーチ、手加減、鑑定、威圧、自動防御、自動反撃、剣聖、拳聖、大賢者、無詠唱、多重起動、並列思考、体力回復(大)、魔力回復(特大)、ステータス異常完全耐性、限界突破、etc
加護 : 最高神オリジンの加護
光と闇の女神ニアーナの愛情
戦神トールの加護
大地の女神ライアの加護
水の女神レアーニの加護
風の女神カリスの加護
本当だ、一部のステータスが向上している。しかもスキルも1つ増えている。魔法なんて100を通り越して150なんて・・・
効果が5割増しになるのかな?
えっ!よく見てみると加護も変わっているぞ・・・
『愛情』だなんて、恥ずかしいよ。
ニアーナ母さんも一緒にステータスを見ているけど、『愛情』の表示に満足しているのかニヤニヤしているし・・・
最初に会った時との印象はガラッと変わった。冷たい女神様かと思ったけど、本当は心優しい女神様なんだな。俺が子供の頃のトラウマがあったように、ニアーナ母さんもかつての世界での出来事が心の傷になっていたのだろう。
(絶対に母さんを悲しませてはダメだ。もっと強くなって安心させないと・・・)
ニアーナ母さんがギュッと抱きしめてきた。
「アル、無理したらダメよ。成人まで時間があるんだから、のんびり頑張りなさいね。」
「うん!ありがとう、母さん!」
チュッと頬にキスをしてくれた。
「アル、大好きよ。」
ニアーナ母さんが俺から離れると元の木陰の景色に戻った。
---------- ニアーナ視点 ----------
ふふふ、とうとうアルのお母さんになってしまいました。
実の母親のマリアンヌさんには悪いけどね。
アルは見た目も可愛いし話をしていくうちに、私の気持ちが抑えきれなくなってしまいました。
そして、アルからの「お母さんみたい」の言葉がトドメね。
あの言葉を言われた時の衝撃といったら・・・
他の神が私を見ていたらビックリするでしょうね。私の顔が真っ赤になっていたのは自覚しているわ。
まるであの時のフレイヤみたいにね。
フレイヤ・・・
ふふふ、私があなたの気持ちに気付かない訳がないでしょう。本当に分かりやすい妹ですね。
でも安心して頂戴。
私はアルの母親だから恋人の席は空いているわよ。
だ・け・ど、可愛い妹であるフレイヤ、いくらあなたでもアルに相応しくないと思ったら認めませんからね。私の審査は厳しいから覚悟してよ。
かつての世界を滅ぼした時の悲しみを2度と味わいたくなかったから、人間に対しては冷たく対応していたけど、そんな態度はもう限界だったわ。アル限定ですけどね。
アルの顔を見たら我慢出来なくなると思ったから、この1ヵ月は会うのをずっと我慢していたけど・・・
アルに会いたい・・・、アルを抱きしめたい・・・
アルが愛おしい・・・
やはり我慢出来なかった・・・
そしてアルに告げよう。あなたの母親になりたいと・・・
アルは私を母として受け入れてくれるかとても心配だったわ。
でも、アルは受け入れてくれた。
アル、ありがとう・・・
あなたが一人前になるまで私はずっと見守っていくわ。
あぁぁぁ・・・、やっぱり無理!一人前になるまでだったらあっという間よ!アルがこの世界で天寿を全うするまで見守るわね。
-----------
あれから2年が経ち5歳になった。
「アル~、いつまで寝てるの?スープが冷めちゃうわよ。」
「母さん、あと5分・・・」
「もぉお~、起きないならこうよ!」
マリアンヌ母さんに抱きかかえられ頬にキスの雨が降った。
「母さん、恥ずかしいよ。」
「アルがなかなか起きないからよ。でもね、私はどれだけもキスをしてあげるわよ。アルが嫌だって言ってもするけどね。」
ギュッと抱き締めてくれた。
(嬉しいけど、こう毎日だとねぇ~、俺が大きくなったら母さんはどうするの?)
俺に彼女なんか出来たものなら、『あんたみたいな泥棒猫にアルは渡せないわ!』って言いそうだよ。普通は父親のセリフだと思うけど、母さんならやりかねん・・・
朝食を終えると、父さんと母さんは仕事に出かけた。
俺はというと・・・
「アル、ちゃんと留守番していてね。」
「うん!大丈夫!」
絶賛、留守番だったりする。この村は100人くらいの集落だから俺と同年代の子供はいない。今よりも小さい時は近所のおばちゃんや年寄りに預かってもらっていた。
でも、そろそろ村の隣にある森の中に入ろうと思っている。もちろん内緒だけどね。
今までは子供らしくしていたけど、勇者として自分を鍛える時期になってきたと思う。
父さんや母さんに内緒でステータスの項目をチェックしていて内容は理解しているけど、実際に魔法やスキルはほとんど使った事がないからね。
まぁ、無理はしないけどね。
無理をすると今度はニアーナ母さんに怒られそうだし・・・
【アル、大丈夫?】
(うん!大丈夫だよ!)
次の瞬間、目の前の景色が地球時代のリビングに変わった。
「アル~~~!う~ん、可愛い!」
ニアーナ母さんがギュッと抱き締めてくれる。
あの時からニアーナ母さんは俺に遠慮しなくなったよな。マリアンヌ母さんと同じくらいにスキンシップが激しいよ。いつも一緒にいるマリアンヌ母さんと違って、ニアーナ母さんと直接会うのは頻繁には出来ないので、尚更俺とのスキンシップを求めているのだろう。
俺と一緒にいる時のニアーナ母さんは本当に嬉しそうだし、俺も母さんが大好きだ。子供のうちは俺も甘えよう。
そして、例の空間も母さんが手を加えてくれた。
「何も無い真っ暗な空間だと味気ないでしょう。」と言って、普段は地球にある一般的な住宅のリビングのようにしてくれた。
「これなら家庭的で落ち着くでしょう?」とドヤ顔のニアーナ母さんだったけど・・・、最初に会った時と本当に変わったね。
3歳児の体ではさすがに実戦は無理だとの事で、この2年間は勉強と模擬戦を母さんと行っている。
まぁ、今は無理をして体を作るのは早いとの事で主に勉強だけどね。
この世界はシンフォニアと呼ばれている。
環境は地球と似たような感じで、やはり文化レベルは中世のヨーロッパみたいなものだ。ただし、地球と決定的に違うのは、この世界には魔法というものが存在している。そのおかげか文明レベルがなかなか上がらないとの事だ。確かに便利さを求めて地球の文明は飛躍的に向上したと、どこかの本に書かれていた気がする。魔法があるから無理に便利な道具を発明するような事はないのだろうな。
この世界には大小の国々があり、俺が住んでいる国はウィンディア王国と呼ぶ国だ。ただねぇ~、俺の村は王都からとんでもなく離れていて(いわゆる辺境)、国の事はもちろんの事、世界の情報は全く入って来ない。まぁ、それでのんびりと出来るのだけどね。
王国以外には帝国や共和国、獣人国などもあると言われた。獣人はやっぱり・・・、一度でいいから見てみたい!
肝心の魔王の事だけど、やはりニアーナ母さんでも把握は難しいとの事だった。
500年が経過しているにも関わらず、魔王を見た人間はいない。まぁ、見た人がいるかもしれないけど、すぐに殺されてしまっているのではないのかな・・・
さすがに相手の女神もバカじゃないよな。自分の手札を見せびらかすような事はしない。
現時点で分かっている事は、魔王の配下に四天王という強力な魔族が4人揃っていて、その4人が実質魔王軍を動かしているみたいだ。
魔法やスキルに関しての知識はステータスの項目でチェックはしたけど、さすがにねぇ・・・
ヒールの魔法くらいしか使う機会がなかったよ。まさか村のど真ん中で攻撃魔法を使う訳にいかないからね。
そんな事したら、俺が魔王になってしまう・・・
今日は剣術の稽古との事で草原風の空間になっている。
俺と母さんの手に剣が握られている。稽古だからもちろん木の剣だ。
両手でしっかりと剣を握っている俺に対して、母さんは片手に剣を持ちだらりと剣を下げていた。
(くっ!いつもの事だけど、隙がありそうで全く隙が無い。考え無しに突っ込んではダメだ!)
「アル、何を迷っているの?来ないなら私から行くわよ。」
母さんがススッと前に移動してくる。そんなに速い動きではないのに足さばきが見えない。その瞬間、母さんの姿が消えた!
「えっ!いつの間に目の前に!」
母さんが目の前に立ち、木剣を上段に構えたかと思った瞬間に、木剣が俺の頭の上でピタッと止まっていた。
「アル、これが実戦だったら真っ二つにされて終わりだったわよ。」
「は、はい・・・」
(強い、強過ぎる・・・)
「ふふふ、まだまだアルに負ける気はないからね。今の私はアルのステータスの半分で戦っているから、ステータスだけが全てではないと分かったでしょう。」
「それに、いくら強力なスキルを持っていても、発動出来ないように虚の虚を突くやり方もあるからね。自動防御も自動反撃も発動しなかったでしょう?」
「は、はい・・・」
母さんが俺を抱き上げギュッとハグしてくれる。
「アル、そこまで深刻に落ち込まなくても良いからね。あっさり真似されると私の立場が無くなっちゃうじゃないの。」
(そりゃそうか。)
「今回はこれで終りね。もっと一緒にいたいけど、この世界とアルの世界では時間の進み方が違うから、マリアンヌさんには迷惑はかけられないわ。ずっとここにいてしまうと、あっちの世界でのアルの成長が違ってくるからね。世界を管理する女神としては過剰干渉になってしまうから・・・」
抱きしめてくれているニアーナ母さんが淋しそうに微笑んでいる。だから、俺の方からギュッと力を入れた。
「ありがとう、愛してるわ。」
チュッと頬にキスをしてくれる。
母さんが俺を下した後、ガッツポーズをしている。
「ふふふ、アル成分補給完了よ。これでしばらくは大丈夫!」
そして、真剣な眼差しで俺を見つめている。
「アル・・・、本当に森の中に入って実戦練習を始めるの?」
「はい、もちろんマリアンヌ母さんや父さんには内緒ですけど・・・」
「分かったわ、アルは大人しそうに見えても意外と頑固だからね。一体、誰に似たのやら・・・」
(多分、ニアーナ母さんだと思う・・・、血は繋がっていないけど、この2年間のニアーナ母さんからの影響は大きいからね。)
「アルゥゥゥ~、本当に・・・」
母さんがポロポロと涙を流している。再びハグされてしまった。
「アルの母親になれて良かった・・・、アルは私に幸せを運んでくれた・・・」
スッと離れ再び見つめている。今度は優しく微笑んでいた。
「私からのプレゼントよ。受け取ってね。」
俺の目の前に刀身が光り輝いている剣が現れた。
「これは・・・」
「並の剣だとアルの全力に耐えられないからね。この剣なら思う存分戦えるわ。普段は収納魔法で異次元に収納していてね。あまりにも強力な剣だから、アルが全力で戦う時にだけ使いなさい。分かった?」
「あ、ありがとう、母さん・・・」
目の前に浮かんでいる剣を鑑定してみた。
シャイニングブレード
・光の属性を帯びた剣
・天界の秘宝の1つ
・アンデッドや邪悪な存在には特に有効
「母さん、こんな立派な剣を・・・、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、私はもっと強力な剣を持っているからね。」
微笑みながら話すと、母さんの目の前に光の剣よりも2回りは大きい漆黒の刀身の剣が現れる。
「試しに鑑定してみて。」
ヴォーパルソード
・究極の闇の剣
・天界の至宝
・とてつもなく強力だが使い手を選ぶ意志を持つ剣。現在の使い手はオリジン、トール、ニアーナの3名のみ。
(マジかい・・・、こんな剣が存在するなんて・・・、本当にRPGの世界だよ。)
(・・・)
(ちょっと待った!たった3名の使い手の中に母さんの名前が入っている!母さんって・・・???)
「ふふふ・・・、女には秘密があるのよ。アル、だから安心してシャイニングブレードを受け取ってね。」
「ありがとう、母さん。大事にするよ。」
「アル、本当に無茶したらダメだからね。無茶したらお尻百叩きの刑だから、分かった?」
「うわっ!母さん!それだけは勘弁して!あの刑は本当に地獄なんだから!」
「ふふふ、だったら、ちゃんと私の言う事を守るのよ。マリアンヌさんにも心配をかけたらダメだからね。」
「わ、分かりました・・・」
数日後・・・
「お母さん!ちょっと外で遊んでくるね。」
「分かったわ。あんまり遠くに行ったらダメよ。遅くならないうちに帰って来なさいね。」
「分かったよ!」
外に出てトテテテッと村の外れまで走っていった。周りを確認してみる。
(よし!誰も近くにいないな。念の為・・・)
サーチのスキルでも確認してみたけど誰もいなかった。
「さて、魔法を使ってみようかな?移動に役に立つのは・・・」
頭の中で魔法リストを展開して確認してみる。
(これだ!)
「風よ・・・」
俺の周りに風が集まった。フワリと体が浮かんだ。
(おぉおおお!凄い!)
そのまま上空まで飛び上がり、ものすごいスピードで森の入り口まで飛んで行った。飛んでいる時の風圧は体の周りに風の防護壁が出来ているので全く風を受ける事が無い。
「凄い!本当に飛んでいる!カリス様の言った通りだ、役に立つ魔法だよ!」
あまりの感動で暫く森の上空をグルグルと回ってしまった。
「本当に広大な森林だなぁ~、地平線の彼方まで続いているよ。それにあの山にはドラゴンが住んでいると村の人が言っていたな。本当にファンタジーの世界に転生したんだ!」
(おっと!観光で来ている訳ではないし、森の中に入って他の魔法やスキルを試さないと・・・、時間もそんなに無いからな。)
森の中に降り立ったけど、中はとても薄暗い。前世の知識の中では周りの木々はどれも縄文杉くらいに大きい。この森林の木ってどれくらい昔から生えていたのだろう?
サーチのスキルを発動してみた。
(お!反応があったぞ。どれどれ・・・)
反応があった方に目を向けると1匹のウサギがいた。
しかし・・・
(デカイ!大型犬くらいの大きさだぞ!ちょっと鑑定しみよう。)
キルラビット
・可愛らしい外観と違ってとても獰猛
・肉食
(げっ!危うく外観に騙されるところだった。可哀想だけど魔法とスキルの練習に付き合ってもらうよ。)
「今度はレアーニ様の魔法を使ってみよう。ついでに試したいスキルも一緒にな。」
「多重起動にアイスランス!」
次の瞬間、俺の周囲に数百本の50㎝ほどの長さがある氷のつららが出現し、一斉にキルラビット目がけて飛んで行った。
ズドドドドドドドドドドドドドドドォオ!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
辺り一面に土煙が舞い上がって周りが見えなくなった。
「風よ!」
小さな竜巻が起こり土煙を吹き飛ばした。
「げっ!」
目の前の光景は・・・
巨大なクレーターが出来上がっていた。もちろんキルラビットは肉片も残らず消滅している。
「ははは・・・、手加減するの忘れてた・・・」
評価、ブックマークありがとうございます。
励みになります。m(__)m