5話 3歳児 家族からも女神からも愛される
う~ん・・・
今は1階のリビングで椅子に座っているが、母さんが俺を膝の上に置いて向かい合って抱き締めたままずっと離れない。
「アル、本当に心配したのよ。あなたが熱を出して目を覚まさなくなってから3日も経ったからね。このまま目を覚まさなかったらと思ったら・・・」
「もう離さないわよ。アルはずっと私と一緒にいるんだからね。」
3歳児に対しての母親のこの対応は間違いないだろう。でもねぇ~、今の俺は大人の記憶が戻っているから、ギュッと抱き締められ続けていると正直恥ずかしい。
しかも、母さんはどこかの国のお姫様かと思うくらいに美人なんだよね。父さんと同じ金髪だけど、少しウエーブがかかった長い髪だから、余計に俺の中でイメージしているお姫様の印象がある。それに若いしスタイルも抜群だ。多分20歳前後の感じがする。この世界は結婚年齢が地球よりも下なのかもしれない。さすがに3歳の俺ではこの世界の知識は皆無に等しいから、少しずつ勉強していくしかないんだよな。
大人になったしもう勉強する事はないと思っていたけど、まさかこんなに早く再び勉強する事になるとはなぁ・・・
ニアーナ様に聞く方法もあるけど、何でも聞く訳にはいかないと思う。やはり自分で出来る事は自分でしないとね。時間はたっぷりあるんだから。
【良い心がけですね。でもあまり1人で抱え込んではダメですよ。困った時は私を頼って下さいね。あなたの疑問ですが、この世界は15歳から成人として認められますよ。結婚もこの歳になると自由に出来ますからね。】
(マジっすか?早ければ中学3年生で人妻になってしまうなんて・・・、だから母さんも若いのか・・・)
(俺の中学、高校時代の頃は・・・、あぁぁぁ・・・、思い出すだけで気分が沈んでしまう・・・、あの頃は両親がいなくて施設で生活していたんだよな。どれだけ家庭に憧れていたか・・・)
【ごめんなさい、嫌な事を思いださせてしまいましたね。】
(大丈夫です。今は違う人生ですから前向きに頑張ります!)
【頑張ってね。】
【あっ!大事な事を伝え忘れてました。フレイヤからの伝言です。】
(フレイヤ様から?もしかしてあの時の事をまだ根に持っているとか?)
【まぁ、根に持っていると言えばそうかもしれませんね。】
ダラダラと俺の全身から冷や汗が出てきた。
【ふふふ、冗談よ。あの時は本当にごめんなさいってね。勝手な思い込みであなたを罵っていた事をずっと後悔していたわよ。6歳になった時に教会に訪れた際には火の魔法を授けると言っていたわ。だから私の事を嫌いにならないでとも言っていたわよ。】
(ニアーナ様、安心して下さい。私は全く気にしていませんから。どちらかというと私の方が悪いと思ってます。暴力を振った私が1番悪いですし、しかもあんなキレイな顔に手を挙げてしまうなんて本当に自分が情けないです。ですから伝えて下さい。謝るのは私の方だと・・・)
【分かりました。あの子にはちゃんと伝えておきますね。】
(お願いします。)
ハッと我に返ったら母さんの顔が目の前にあった。ち、近い!
「アル、どうしたの?ボ~としていてたと思ったら急に汗びっしょりになっていたし・・・」
段々と母さんの顔が近づいてくる。
(わわわ・・・)
そのまま俺のおでこに母さんのおでこがくっ付いた。
「う~ん、熱は無いわね。でも顔が真っ赤ね。もう少し休んだ方が良いかもね。」
(母さんの顔が近すぎるからです。もう少しでキス出来るくらいの距離ですよ。いくら3歳児でも中身は30過ぎだから、こんな美人の顔が目の前ギリギリにあるとさすがに恥ずかしいです。)
でも目の下に隈が出ているのがハッキリと見えていた。
(そうか・・・、俺が3日前に倒れてからあまり眠っていないんだ。母さん、ごめんなさい。)
(母さんこそゆっくり休んで下さい。)
さすがにそんな言葉は今の3歳の俺から言えないので、「お母さん・・・」とだけ言って抱きついた。
母さんもギュッと抱き締めてくれる。
「アル、大好きよ。」
父さんはこの光景を微笑ましそうに見ていた。
しばらくしてから、「アルはもう大丈夫みたいだな。マリー、仕事に行ってくる。」と言って外に出かけて行った。
その日の夜・・・
俺は父さんと母さんの間に挟まれて寝ている。いわゆる川の字だ。
アルバートとして生まれてから今までの記憶を思い出してみた。
(う~ん、あまり思い出せないな。まぁ、生まれてすぐからの記憶はある訳ないし、思い出せるとしても1年くらい前の事が少しづつだけか・・・、まぁ、この世界の言語は問題なく分かるし、今は子供っぽく振る舞えば問題無さそうだな。)
いつもは母さんと2人で寝ているのに、今日は父さんも一緒に寝るって、どれだけ心配させてしまったのだろう?母さんは俺をずっと抱いたままだし・・・気分は抱き枕かな?
2人共、この3日間は俺の事が心配でほとんど寝ていなかったみたいだ。俺が無事に目を覚まして元気だったと確認出来たので、一緒に寝ると2人は安心したのかあっという間に眠ってしまった。
こんなに心配させた事に少し罪悪感を感じる。
でもこうやって親子一緒に眠れるなんて前世では無かったな。素直に嬉しい。陽菜もこんな気持ちだったのだろうか?
母さんから聞いたら、俺は3日前に突然高熱を出して寝込んでしまったとの事だった。俺の住んでいる村は小さく医者もいない。まぁ、この世界では医者なんて金持ちしか行けないので、普通の人は病気になっても家族は山で採ってきた薬草を飲ませて見守る事しか出来ない。だから病気に罹っての死亡率は決して低くない。
中世レベルの文化水準では仕方ないのかもしれない・・・
(3日間も意識不明だとさすがに心配を通り越してしまって諦めの気持ちになってしまうだろうな。俺が目を覚ましたと分かった時の母さんと父さんの喜び方は凄かったし・・・)
(でもなぁ~、飲まず食わずで3日間も意識不明だったのに、目が覚めた時はよく普通に何ともなく行動していたものだ。何でだろう?)
【お答えしますよ。】
(ニアーナ様!)
【その前にどうでした、親子の触れ合いは?】
(ありがとうございます!まさか子供の頃に叶わなかった夢が叶うとは思いませんでした。やはり子供には親の愛情が必要だと実感しています。とてもやる気が出ました!勇者として少しでも早くこの世界を平和にしたいです。)
【嬉しい事を言いますね。でも焦ってはダメです。魔王や魔族の力は未知数です。いきなり挑むような事はしないで下さいね。あなたに何かあったら私も悲しみますからね。】
(分かっています。自分としては成人までは自身を鍛える事に集中したいと思います。)
【素直でよろしいです。頑張って下さいね。それであなたの高熱の件ですが、実は病気ではありません。封印された記憶を解放し勇者として目覚めましたね。それまでは一般なステータスのあなたが急にあのようなステータスになったのです。そして膨大な知識も一気に習得したのです。その為に体が作り変えられたのですよ。普通は数時間で行われるのですが、あなたの場合は特別でしたからねぇ~、さすがに時間がかかりました。】
【でも安心して下さい。あなたは神にも等しい力を手に入れましたが、人間のままですからね。体の構造はあなたの両親と何一つ変わりません。ただ、強力な力を行使するに耐えられる体のベースが出来ただけの事ですよ。】
(はぁ~、良かったです。体が作り変えられたと聞いて、一瞬化け物になったと思いましたから・・・)
【そんな事はありませんからね。寝る子は育つと言いますから、あなたも早く寝なさい。】
(ありがとうございます。でもレアーニ様って何だか母親みたいですね。今の私は子供になっていますし、どうやら精神も段々と子供寄りになってきているみたいです。こうやって会話していると母さんと話しているみたいで私も安心します。)
【ふふふ、嬉しい事を言いますね。それではおやすみなさい。】
(はい、おやすみなさい。)
---------- フレイヤ視点 ----------
あら!ニアーナ姉様だ。
でも何か変?ふふふ、と微笑んでいるというよりニヤニヤしている。あんな表情の姉様は珍しいわね。どうしたのかしら?
「姉様、何か嬉しい事でもあったのですか?」
姉様がとても嬉しそうに私の方に振り向いてくれた。
「あっ!フレイヤ、アルがね、私の事をお母さんみたいだって言ってくれたのよ。もう嬉しくて、嬉しくて・・・、私はまだ結婚していないし母親の経験はないけど、これが母親の気持ちなんですね。う~、アルにはこれから『お母さん』って呼んでもらおうかしら。」
「アル?誰です?」
「あっ!ごめんなさい、私ったら浮かれてましたね。ほらっ!私の世界に転生した彼ですよ。今の名前は『アルバート』ですけど、彼の両親は『アル』って呼んでますからね。私もこれからはそう呼びましょう。あぁぁぁ~、アル、早く私をお母さんって呼んでね。」
姉様・・・、本当にどうしたのかしら?こんなに浮かれてしまって・・・
はっ!
「姉様!私が謝りたいってちゃんと伝えてくれましたよね?」
浮かれていた姉様だったが、一瞬にしていつもの姉様に戻った。
「勿論よ、ちゃんと伝えましたからね。」
「でもね、アルはあなたの事は何一つ恨んではいないわ。それどころか逆に謝りたいと言ってたわよ。しかも、あなたのキレイな顔を叩いてしまったと後悔していましたね。」
「えっ!」
私の事をキレイだなんて・・・
何でだろう?胸がドキドキする・・・
私が悪いのに、何で彼が私に謝りたいの?どうして?
彼の事を考えるともっと胸がドキドキする。
「フレイヤ、ねぇ、フレイヤ?」
はっ!姉様が私の顔を覗き込んでいる。
「どうしたの?顔が真っ赤よ。大丈夫?」
「だ、だ、だ、大丈夫!」
私が真っ赤になっている?そんな顔を姉様に見られるのが恥ずかしい!
顔を隠して慌てて姉様のところから逃げ出してしまった。
途中でレアーニ姉様とすれ違ったけど、今の私の顔を見られたくない。
何か言いかけていたけど・・・
自分の部屋に戻ってベッドの中に飛び込んでしまった。
「私、どうなったの?何でこんなに胸が苦しいの?助けて・・・」
誰かに助けて欲しいと思うと彼の事が頭の中に浮かんでくる。
ダメ!もっと胸が苦しくなってくる・・・、ドキドキが止まらない・・・
コンコン
誰?
「私よ。」
母様の声だ!母様なら何か分かるかもしれない!
「母様、助けて!私、変なのよ!」
「入るわよ。」
母様が入ってきた。何でカリス姉様とレアーニ姉様も一緒にいるの?しかも何で?カリス姉様はニヤニヤしているし・・・
「あらら、本当に真っ赤な顔ね。レアーニからあなたの様子を聞いていたけど、かなり重症みたいね。」
重症と言われたわりには母様の表情が優しい。何で?私は何の病気なの?
カリス姉様が「ふふふ・・・、レアーニの言った通りだね。面白くなってきたわ。」とレアーニ姉様に言っているし・・・、何が面白いのよ!私はこんなに苦しいのに・・・
母様がベッドで蹲っている私の隣に座って抱きしめてくれた。ドキドキが少し和らいだ気がする。
「フレイヤ、落ち着いた?」
「は、はい・・・」
いつもの優しい母様の微笑みだ。気持ちが落ち着くわ。
「今のあなたの状態を教えてあげるわ。重症と言ったけど、決して病気ではないからね。まぁ、ある意味病気かもしれないけど・・・」
な、何!?
「よく聞いて、あなたはね、恋をしたのよ。今まで恋なんてしたことが無かったから、恋とはどんなものか分からなかったみたいね。今のあなたのこの気持ちが恋なのよ。」
恋・・・、私が・・・
レアーニ姉様が私の前に立ち頭を下げてきた。
「フレイヤ、ゴメンね。あの時、私が怒ってからあなたはずっと彼に対する罪悪感に苛まれていたわ。私も言い過ぎた・・・、あなたはあれからずっと彼の事を考えていて、まさか、それで恋に落ちてしまうなんて思いもしなかったのよ。神と人間との恋は無理なのに・・・」
この気持ちが恋・・・、そう言われると彼の事を思うと胸が苦しい。でも、原因が分かってしまった今はとても気持ちが楽になった気がする。
ドキドキはするけど、何でだろう?彼の事を思うと心が温かくなってくる。
母様がずっと微笑んで私を見てくれていた。
「フレイヤ、そういう事よ。気持ちがスッキリしたでしょう?」
思わず頷いてしまう。
「レアーニ、無理と決め付けるのはまだ早いわよ。かつて、神と人間が恋をして成就した話は聞いた事があるわ。どんな方法か知らないけど、絶対に不可能ではないと思うの。彼はまだ3歳だし、ニアーナの世界での成人までまだまだ時間があるわ。それまでに方法を考えましょう。この事は私達4人の秘密よ。」
カリス姉様とレアーニ姉様が頷いてくれた。でも、カリス姉様が何かにやけているわ。絶対に何か変な事を考えているのね。自分にとって面白くなるような事を・・・
本当に何て姉様なんでしょうね。
でも・・・
これが恋なんだ・・・
さっきのニアーナ姉様とは違うけど、この気持ちを自覚したら思わず私も笑顔になってしまった。
私もアルって呼びたい・・・
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俺の記憶が戻ってから1ヵ月が経過した。
さすがにこれだけ経つと母さんからの過剰なスキンシップは減ったから、精神的にはかなり楽になった気がする。
でも、ずっと母さんと一緒にいるからステータスを確認する事も出来なかった。
今日は家族3人で畑の手入れに出てきた。
我が家のある村は基本的に自給自足の生活だ。だから畑を持っているし、ちゃんとしないと食べていく事が出来ないからな。
俺も3歳になったから何か手伝いをしないといけないと思ったので、畑の雑草むしりの手伝いをする事になった。
「アル、凄いな。俺がちょっと教えただけで草むしりをマスターするなんてな。しかもこれだけの畑をあっという間に終わらせてしまうとは・・・」
父さんが感心したように畑を眺めている。そして俺を見てニカッと笑った。
「さすが俺の息子だ!将来は期待出来るぞ!」
母さんがクスクス笑っている。
「あなた、雑草むしりくらいで大袈裟な・・・、アル、疲れたでしょう。私とお父さんはもう少し頑張るから、あの木陰で休んでなさい。」
「は~い!」
俺はそう返事をして木陰の方まで走って行き休み始めた。
(父さん、母さん、ゴメン!雑草取りは前世での家庭菜園で散々経験しているし、体力は無尽蔵だからね。全然疲れてないよ。でも、言葉に甘えるね。)
しばらく休んでいると、突然目の前が真っ暗になった。
例の空間だ。目の前にはニアーナ様が立っている。
「ニアーナ様、1ヵ月ぶりですね。」
しかし、ニアーナ様は黙って俺を見ている。目が真剣だ。
(俺、何か悪い事をしてしまったか?)
ボソッとニアーナ様が呟いた。
「お母さん・・・」
「へっ?」
「ニ、ニアーナ様?」
「お母さん・・・、これからは私の事をお母さんって呼んで。私もあなたの事をアルって呼ぶから・・・」
(???・・・、何があった・・・)
いきなり抱きかかえられ、ギュッとハグされてしまった。
「アル、愛しくて愛しくて堪らない・・・、私とアルは血も繋がっていないし種族も違うけど、アルは私の大切な子供なの・・・、本当の母親には敵わないけど、私の事も母親と思って欲しいの。」
そうか・・・
ニアーナ様は最初から俺にかなり世話を焼いてくれたけど、確かに親が子供の面倒を見る感じだった。
あの時、俺がニアーナ様を母親みたいと言った事で母性に完全に目覚めたみたいだ。ニアーナ様からの愛情が凄く伝わってくる。
こうしてニアーナ様に抱かれていると心が安らぐ。母さんに抱かれているのと同じくらい落ち着く。
思わず言葉が出てしまった。
「お母さん、大好き・・・」
ちょっと照れくさくなってしまい、慌ててニアーナ様の顔を見てしまったけど、『大丈夫よ』という感じでニッコリ微笑んでくれた。
「アル、私もよ・・・、愛しているわ・・・」
チュッと頬にキスをしてくれる。
ニアーナ様が母親になって、俺に2人の母親が出来た。
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