2話 転生2
連投です。
あぁ・・・、やってしまった・・・
最低だよな。いくら暴言が酷くても女の人を叩くなんて・・・、それも顔を・・・
冷静になって改めて女神様を見ると、頬を押えてすごい形相で俺を睨んでいる。
プルプル震えたと思ったら、大量の涙が溢れ始めた。
「うわぁあああああん!父様にもおじい様にも叩かれた事が無かったのにぃいいいいい!」
人目を憚らず大声で泣きだしてしまった。
(やってしまった・・・、本当に最低な男になってしまったよ。)
ニアーナ様が泣いている女神様の隣まで行き、肩を抱いて慰めていた。
「フレイヤ、もう泣かないでね。部屋に戻って少し休みましょう。」
そう話すと2人の姿がスッと消えた。
視線を神様の方に移すと・・・
放心したように口を開けて俺を見つめていた。
ハッと我に返ったみたいで、表情が険しくなり、慌てて俺の前までやってくる。
(終わった・・・)
しかし、ガシッと俺の手を握り深々と頭を下げてきてしまった。
「済まなかった!お前さんに不快な思いをさせてしまって・・・、どうか許してもらいたい!」
予想外の展開だ。まさか神様に謝られるとは思わなかった。
「あの子はフレイヤと呼ぶのだが、孫娘4姉妹の中で1番年下でな、ずっと甘やかしてしまって、ワシもあの子の父親も怒る事が出来なかった。それに、あの子の機嫌が悪かったのも事情があったからだ。」
「ニアーナの世界が狙われたのは、今回が初めてではない。かつて侵攻を受けた時も勇者を送り込んだのだが、その勇者がクズでな・・・、力に溺れ独裁者になって魔王を倒すどころかやりたい放題をしよった。ニアーナは見るに見かねて世界を魔王もろとも1度滅ぼしてしまったのだよ。その時のニアーナはとても悲しんでいた。ワシから見ても痛いくらいに・・・、その世界全ての人間を滅ぼしてしまったからな・・・」
「フレイヤはその時はまだ女神ではなかったが、その惨状を知っている。ニアーナの深い悲しみもな・・・、だからニアーナはそれ以降は世界の人間に過剰に入れ込まないようになったのだ。愛が深ければ深いほど悲しみが大きくなるからと・・・」
そうなのか、それで冷たい印象を感じた訳なのか。情が移らないように・・・
「そして、世界がやっと復興したかと思った時に、またもや侵攻を受けてしまい、魔王を送り込まれてしまった。それが500年前の事だ。その時も別世界から勇者を選び送り込んだが、その勇者も期待外れでな、実力もまだまだなのに魔王に挑んであっさり殺されてしまった。300年前も再び送り込んでみたが、結果は同じだった。今回の魔王は相当強力かもしれん。フレイヤはお前さんが送り込まれても、また同じ事が繰り返されると思ったのだろうな。愛する姉がまた悲しんでしまう顔を見たくないからだと思う。」
「事情は分かりました。ですが、侮辱されたとはいえ女性を叩いてしまった事は謝らせて下さい。女性に暴力を振うなんて最低な事ですから・・・」
「それは私から娘に伝えておこう。今は誰とも会わないと思うからな。」
別の男の人の声が聞こえた。
さっきと同じように光が集まって2人の人影が現れた。
デカイ!2メートルは確実に軽く超えている上半身裸の男の人が立っていた。ボディビルダーみたいに筋肉ムキムキの男だった。
その隣に栗色の髪の色の女性が一緒に立っている。この人もとんでもない美貌だ。やはりこの女性も女神なんだろうか?
「私からも謝らせて欲しい。娘が本当に失礼な事をした。可愛いと思って甘やかしてきた結果がコレだ・・・、父親として失格だな。」
(そんな事は無いと思う。俺も陽菜の事はとても可愛いし、こうして死ぬ事がなかったら、美佐子が呆れるくらいに甘やかしていたのは確実だろう。)
「いえ!そんな事はありません。私も娘がいましたから、あなた様の気持ちは良く分かります。娘は本当に可愛いですからね。」
「そうか!人間も同じなんだな。娘は本当に可愛いからな。」
ニカッと笑うと白い歯がこぼれる。金髪角刈りが似合っているナイスガイな神様だな。
「お!自己紹介が遅れた。私は戦を司る神であるトールだ。ニアーナの世界に旅立つ前に私から加護を与えようと思って来たのだよ。娘の暴言の謝罪としてな。」
「今回の魔王はかなりの強さと見た。少しでもお前の力になればと思って協力させてもらう。」
隣の女性も俺と目が合うとペコリと頭を下げてきた。
「私はあの子の母親で地を司る女神のライアです。主人と同じ様にあなたに加護を与えに来ました。謝罪として受け取って下さい。」
(いやいや、そんな大げさな・・・)
ツカツカとニアーナ様が戻って来た。トール様が慌ててニアーナ様のところに行った。
「ニアーナ!フレイヤはどうだった?」
「今は部屋で落ち着いているわ。でも、しばらくは私以外には誰にも会わないでしょうから、彼を転生させた後でもう1度会いに行ってみるわね。父様、母様、末っ子だからって甘やかし過ぎでしたよ。あの子はまだ世界の管理を行っていませんが、将来は一人前の女神として仕事をしなければなりませんからね。あんな感情的になってばかりだとねぇ~、困ったものです。」
やれやれといった感じでニアーナ様がため息をついていた。
彼女の後ろの空間が輝くと2人の女性が現れた。1人はショートカットの緑色の髪をした活発そうな女性だ。もう1人は足元まで届きそうな長い水色の髪で、緑の髪の女性とは正反対に物静かに佇んでいる。
緑の髪の女性が面白そうにニアーナ様に話し始めた。
「姉さん、フレイヤはどうしたの?泣いて連れて帰って来ていたし、部屋に閉じ篭って私と話をしようとしないのよ。」
そして俺の方をジロッと見つめた。
「ははぁ~、この人間がフレイヤを泣かしたのかな?ズタズタに切り裂いてあげるわ。」
スッと彼女が右手を上げた瞬間、何かが彼女の周りに集まった気がした。
「こら!」
ニアーナ様が彼女の頭にゲンコツを落とした。
「本当にカリスはそそっかしいわね。ちょっとは落ち着いたら?」
ゲンコツを落とされた彼女が涙目でニアーナ様を見ていた。姉さんと言っていたし姉妹なのかな?
水色の髪の女性がスッと俺の前に立ち、ジッと見つめている。
しばらく見つめてから口を開いた。
「あなた、大切な人達と離ればなれになってしまったのね。もう2度と戻れない・・・」
「話は聞いたわ。でも、今のあなたはとても危うく見えるわ。自らを犠牲にして滅ぶ事も躊躇しない感じね。これから姉様の世界に転生するみたいだけど、決して自分を粗末に扱わないでね。あなたは今までの男達と違う気がするの。私からも加護を与えるから期待しているわよ。」
そしてニコッと微笑んでくれた。
しかし・・・
どの女性もとんでもない美人ばかりだ。女神様は美人でなければなれないのか?
「自己紹介を忘れていたわね。私は水を司る女神のレアーニよ。よろしくね、ニアーナ姉様の勇者様。」
「は、はい・・・、期待に応えられよう頑張ります。」
「あぁあああ!レアーニ!抜け駆けなんてズルイよ!」
緑の髪の女神様がドタドタとレアーニ様の隣まで走ってきた。アクティブな女神様だな。
「私はカリス!風を司る4姉妹2番目の女神よ。私だけがのけ者になるのも嫌だし、私からも加護を与えるわね。もちろん嫌とは言わないわよね?まぁ、アンタには拒否権は無いから無理やりでも与えるけどね。」
ニシシと笑っているけど、隣の物静かなレアーニ様とは正反対の性格みたいだ。
こんな家庭ならさぞかし賑やかなんだろうな。俺もこんな家庭を憧れていた。でも今は・・・
気分が少し沈んでしまい俯いていると、レアーニ様が俺の顔を覗き込んでいた。
「あなた、気をしっかり持ちなさい。さっきまでの人生では確かに叶わぬ夢だったわ。」
(何だ!俺の心が読めるのか?)
「ふふふ、それくらいの事が出来ないと女神にはなれないわよ。」
「でもね、そんなに悲観する事はないからね。ニアーナ姉様の世界に転生してからでも遅くはないからね。使徒となって魔王を倒す宿命を負っていても、あなたは1人の人間には変わりないのよ。その世界で恋愛をして愛を育む事は出来るからね。叶わなかった夢を姉様の世界で叶えなさい。少しはやる気が出たでしょう?応援するわ。」
「あ、ありがとうございます。」
「こらぁ~、彼は私の使徒なんだから、勝手にホイホイと加護を与えないでちょうだい。」
ニアーナ様が不機嫌そうに腕を組んで俺達を睨んでいた。
「まぁまぁ、姉さん、固い事言わないでよ。私の加護は役に立つから持っていて損は無いからね。それに、彼を見ていると何か楽しそうだわ。面白い事をしてくれそうな気がするのよ。」
「はいはい、カリスは楽しい事が大好きだったわね。この性格でよく女神になれたのが本当に不思議よ。」
「私はカリス姉様とは逆ですね。彼はとても思い詰めている感じでしたよ。魔王を倒すのが目的で間違いないけど、刺し違えてでも達成しそうな感じだったからね。ただ、それだけの目的で姉様の世界に転生するのは忍びないと思った訳よ。新たに生まれ変わった世界で生きる意味を見つけてもらいたいものね。」
「まぁ、そのような理由なら仕方ないわね。」
ニアーナ様の態度が最初に会った時よりも柔らかくなったと思う。家族が揃っているから、これが素のニアーナ様なんだろう。こちらの方が親しみやすい。
しかし、難しい表情で顎に手を当てて考え込んでしまっている。
「う~ん、父様に母様、そして私達姉妹3人までの加護を受けるなんて・・・」
「そんな人間は初めてよ。転生したらどんな人間として生まれるか私でも分からないわ。これ以上加護が与えられないようにしないと・・・」
しかし、最初に会った神様が冷や汗をダラダラかいて困ったような表情をしている。
その表情にニアーナ様が気付いたようだ。
「おじい様!その表情は、まさか・・・」
ゆっくりと神様がバツの悪そうな表情で頷いた。
「はぁ~・・・、こんな事って・・・、フレイヤ以外の加護が1人の人間に付与されるなんてあり得ないわ。どんな化け物が生まれてしまうっていうの?」
ガシッと両肩をニアーナ様に掴まれてしまう。とても美しい顔が俺の目の前に迫っていた。
(ち、近いです!)
「あなた!約束して!絶対に力に溺れないで!」
とても必死な表情で俺に訴えていた。
「は、はい・・・、約束します。」
あまりの迫力に思わず返事をしてしまったが、俺の返事を聞くとニッコリ微笑んで抱きついてきた。
「本当に約束してね。もうあんな思いは嫌・・・、世界の運命はあなたにかかっているから・・・」
(そうか・・・、さっき神様から聞いた1度世界を滅ぼした事だよな。どんなに辛かったのか俺には想像出来ないが、心が張り裂ける思いだったのは間違いないだろう。)
だから・・・
抱きついているニアーナ様を離し、俺は正面に立って真っすぐ見つめた。
「安心して下さい。ニアーナ様を始め、私に加護を与えて下さった神様達の想いは忘れません。自分なりにですが、一生懸命頑張ると誓います。」
「ありがとう・・・」
ニアーナ様が再び微笑んでくれた。
しかし、今までの作り笑いのような微笑みと違うのは分かる。こんな笑顔をされたら頑張るしかないな。
「それでは私の世界に転生させますね。勇者としての使命だけに囚われずに、新しい人生を謳歌して下さい。」
体が光に包まれたと思った瞬間、俺の意識が無くなった。
「行ってしまったか・・・」
「はい、おじい様」
「しかし、不思議なヤツだった。そこまで残された家族の事を案じているとは・・・、ワシも頑張ってあやつの家族を幸せにしてやらないとな。なぜかあやつの力になりたいと思ってしまった。お前もそうだよな?フレイヤは仕方ないとしても、ワシを含めてフレイヤ以外全員の加護を与えてしまったからなぁ~」
「あれだけの加護を受けた勇者は初めてだろう。それが吉と出るか凶と出るか・・・」
「私にも分かりません。ですが信じましょう。」
その頃、フレイヤは・・・
「何で私があんな野蛮な男に叩かれなくてはならないの・・・、う~、思い出すだけでも腹が立つわ!」
でも、私を叩いた時のあの男の表情は悲しみだった。まるで、世界を滅ぼした時の姉様みたいに悲しみに溢れた目をしていた。
憎くて私を叩いたのではないの?
コンコン
「誰?」
「私よ、レアーニよ。入っても大丈夫?」
私が大丈夫と言うとレアーニ姉様が入ってきた。ベッドに座っていた私の隣に姉様も座ってくれた。
「アイツは?」
「姉様の世界に旅立ったわ。あの世界の人間に生まれ変わって生きていくでしょうね。あなた以外の私達家族全員の加護を受けた人間がどう成長していくか楽しみだわ。どんな結末が待っているのか・・・」
えっ!何でそうなったの?私以外の加護が与えられたなんて・・・
そんな人間は聞いた事がないわ。それに、あんな野蛮な男に何でみんなが目をかけるの?
「姉様!みんな変よ!私を叩いたあんな野蛮な男に何で加護を与えるの?人間の男なんてみんなクズよ!またニアーナ姉様に迷惑をかけてしまうのよ!もうニアーナ姉様の悲しむ顔は見たくない!」
突然姉様が立ち上がった。私を睨みつけている。こんな怖い姉様の顔は初めて見る。
「フレイヤ、あなた本気で言っているの?」
(怖い・・・、姉様が本気で怒っている・・・、私が何をしたの?)
「はぁ~、あなたがここまでバカだったとは思わなかったわ・・・、父様も母様もあなたには特別甘いから言わないだろうけど、敢えて私から言わせてもらうわ。」
「な、何を?」
「彼はね、あなたを叩いた事をとても後悔していたわ。いくら感情的になったとはいえ、男が女を殴るなんて最低だとね。出来るなら謝らせてもらいたいと・・・」
「だ、だからって殴って良い訳ないじゃない!やっぱり本性は野蛮なのよ!」
「黙りなさい!!!」
姉様が怒鳴った。ここまで怒る姉様なんて初めてよ・・・
「フレイヤ、あなたは事情も知らずに彼に噛みついていたのよ。彼はね、幸せの絶頂期に因果律の狂いでいきなり死んでしまったのよ。本来、死ぬ事のない運命だったのに・・・、愛する家族との死別という形で永遠に引き離されたの。彼の世界には生き返りの魔法はないからね。」
「えっ!そ、そんな・・・」
「そして彼はおじい様にこう言ったのよ。『自分はどうなってもいいから、残された家族は必ず幸せにして欲しい。』とね。彼は本気で家族の幸せの為なら自分がどうなってもいいと思っていたわ。ニアーナ姉様にスカウトされ勇者となり魔王を倒す事を依頼されたけど、私から見ても彼は危ない感じだった。魔王を倒す目的の為なら自分の保身は考えていない。魔王を倒せさえすれば死んでも構わない感じだったわ。彼の全ては残された家族の為だけだったのよ。それだけ愛している家族をあなたは勝手な思い込みで侮辱した。それがどういう意味か分かっているわね?」
(そんな・・・、私は・・・)
「フレイヤ、あなたが逆の立場で私達家族を侮辱されたらどう思う?あなたの性格なら叩くだけでは済まないでしょうね。」
「今のあなたは毛嫌いしているクズの男共と同じよ。何も考えず感情だけで根も葉も無い誹謗中傷で相手を罵る。そんなのどこがあいつ等と違うと言うの?」
「わ、私は何て事を・・・」
思慮の浅い自分が情けなく思ったら涙が出てきた。
(私は彼に取り返しのつかない事をしてしまった・・・、私はバカだ・・・)
「どうやら自分がしてしまった事の大きさが分かったみたいね。それじゃ、私は出て行くわ。」
そう言い残してレアーニ姉様が部屋から出て行った。
(もう彼はここにいない・・・、私はどうすればいいの?)