14話 女神フレイヤ
フレイヤ様がニヤッと笑っている。
「この姿ではそんなに長くいられないけど、初めての人間界、私の力がどれだけのものか付き合ってもらうわよ。」
魔族はガタガタ震えている。
「な、な、何でこの世界の創造神であるニアーナ以外の女神が普通に顕現している?我らが女神のガアス様ですらこの世界では顕現出来ないのに、それこそあり得ない・・・」
「だ、だが、逃げに徹すれば逃げられる可能性も・・・」
両手の掌を上空のフレイヤ様に向けている。何をする気だ?
「ギガ!ファイヤァアアアアアア!」
魔族が叫んだ瞬間に掌から直径は1mは超える巨大な火の玉が放たれた。真っ直ぐフレイヤ様の方に高速で飛んで行く。
しかし、フレイヤ様はまだニヤニヤしている。
「ふん!この私に炎の魔法で対抗するなんて、頭がおかしいんじゃないの?こんな児戯が私に通用すると思っているなんて笑えるわ。」
目の前まで迫ってきた火の玉を軽く左手でなぎ払った瞬間に消滅してしまう。
「そ、そんな・・・、あの上級魔法を児戯扱いだなんて・・・」
「だけど、俺は死なん!」
何だ!あの魔族から大量の魔力が放出されている。何をする気だ!
「俺の全ての下僕達よ!俺を守れ!俺を逃がす為の時間稼ぎをしろぉおおおおおお!」
またもやサーチに大量の反応があった。今ままでの反応の比ではない!
(し、信じられない・・・、鑑定で計算しても、ざっと1万は超える魔物の数だと!それに、さっきのオーガ・エンペラー級の魔物もゴロゴロいる!)
(これだけの魔物が一斉に放たれてしまうと、この一帯どころか近隣の集落も全滅してしまう。そのまま町の方にでも向かったら町も大惨事になる!何とかしないと・・・)
しかし、フレイヤ様が僕に微笑んでくれている。
「アル、心配ないで。たった1万ちょいの魔物でしょ?すぐに終わらせるからね、安心して。」
不思議だ、フレイヤ様の微笑みを見ていると落ち着く。
「まずは、小物から片付けますかね。」
その瞬間、フレイヤ様の頭上に大量の炎の槍が浮かび上がった。大量ってレベルでない!まさに空を覆い尽くすのでは?と思う程の量の槍が浮かんでいる。
「ファイヤー・ジャベリン、行きなさい。」
クイッと人差し指を動かすと、炎の槍が一斉に魔物に降り注いだ。
あちらこちらから魔物の悲鳴が聞こえる。脳内マップから魔物の反応がみるみると消えていく。僕でもこれだけの魔物を一気に倒すのは無理だ。
「うん、これで半分は片付いたかな?それじゃ次ね。」
「エクスプロード!吹き飛べぇえええ!」
上空から小さな炎の玉がいくつも魔物達のところに降り注いだ。
炎の玉が地面に落ちた瞬間に次々と大爆発を起こす。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッン!
あまりの爆発と閃光で目を開けられない!
爆発音が収まると静寂が辺りに漂っている。恐る恐る目を開けてみると信じられない光景が広がっていた。
(な、何なんだ、これは!まるでかつて本で見た事のある絨毯爆撃の跡のようだ・・・)
地面のあちこちに大きなクレーターが出来ている。おびただしい数の魔物の死体が目の前に広がっていた。
(これが女神フレイヤ様の力・・・)
しかし、フレイヤ様は難しい表情をしている。
「う~ん、本来の力と比べるとかなり制限されているわね。これが人間になった副作用かしら?これから頑張って私も強くならないとね。」
(い、いや・・・、これでも十分過ぎると思います。)
「まぁ、さすがにこれだけの魔物の死骸を放置しておくとマズイわね。疫病の原因になるかもしれないし・・・、取り敢えず、キレイに燃やして処分しておきましょう。エクスプロードで森がちょっと欠けてしまったけど、魔物達の灰で新しく木々が育つ事を祈るわ。」
「ファイヤー・ストーム!」
炎の嵐が魔物の死骸を覆った。徐々に炎が竜巻へと変化し、何本もの炎の竜巻が立ち上った。
竜巻が消え去った跡には魔物の死骸は全く見当たらなく、クレーターだらけの焼け焦げた地面だけが残った。
(あ、圧倒的だ・・・、圧倒的過ぎる・・・、これが女神様の力・・・)
「終了よ。アル、どうだった?」
フレイヤ様はとても嬉しそうな表情で僕を見ている。
「す、凄いです。さすが女神様のお力ですね。これだけの力とは・・・」
一気に急降下をして、僕の前に降りてきた。両手を広げいきなり抱きつかれた。
「嬉しい!アルに褒めてもらった!」
ニコニコ顔で僕の頬にスリスリしてくる。
(ははは・・・、あの時の気の強い姿はどこにいったのでしょうねぇ~、そんなイメージしか持っていなかったから、今の可愛らしいフレイヤ様のギャップが激しいよ。)
いきなり辺りが暗くなった。いや!僕の周りだけが暗い。
(これは影だ!こんな巨大な影を落とす存在って!)
慌てて上を見ると自分の目を疑った。
(デ、デカイ!)
僕達の上に巨大な真っ黒なドラゴンが浮かんでいた。
父さんもゴンさんもガタガタ震えている。
そうだろう、ドラゴンの存在は確認されているけど、実際に目にした人間はほぼいないし、人間には討伐不可能なくらいの強力なモンスターとされているからだ。僕の小さな村でさえもドラゴンの存在は知れ渡っているし、神獣の森の奥にある高い山がドラゴンが住む山ってのも教えてもらっている。確かに、ニアーナ母さんから教えてもらったあのステータス差はねぇ~、人間は逆立ちしたって勝てっこないよな。それを陵駕する僕も大概だけど・・・
しかも、ここまで大きいなんて・・・、僕の転生前の記憶と比較してもそんな大きな生物は見た事も無い。東京ドームくらいの大きさのドラゴンなんて想像を超えている。
村で教えてもらったドラゴンの大きさとは全く違う。もしかして、このドラゴンは普通のドラゴンとは違うのではないのか?
そんな存在が宙に浮いていること自体が異常な光景だ・・・
フレイヤ様が僕から離れてドラゴンに手を振っている。
「久しぶりね、竜王。姉様が言っていた応援ってあなただったのね。」
(やっぱり!特別なドラゴンなんだ。)
【お久しぶりです、フレイヤ様。お会いするのはこの世界の創造の時以来ですが、相変わらずお綺麗ですな。】
(えっ!声が聞こえる。このドラゴンも念話が使えるのか?)
【そうだ、勇者よ。そして済まない。我が間に合わなかったばかりに、犠牲を出してしまった・・・、心から謝罪する。】
「竜王、それは良いのよ。本人がアルの為を思って望んだ事だったし、こうやって生き返ったからね。だから気にし無くていいわ。」
「えっ!生き返った?」
フレイヤ様が僕にニッコリと微笑む。
「そうよ、私はフレイヤでありフレアでもあるの。フレアがこの身体を私の憑代にしてくれたのよ。アルの為なら全てを差し出す覚悟で私を受け入れてくれたの。」
突然フレイヤ様の瞳から涙が流れた。
「明るく振る舞おうと思っていたけど無理だったわ・・・、ゴメンね・・・、フレアは命を犠牲にして私に会い来てくれて魂を捧げたの・・・、全てはアル、あなたを助ける為に・・・、そして共に歩む事を望んでね。」
「な、何だって・・・、そんな事って・・・」
(フレア・・・、君はそこまで僕の事を・・・)
「アル、悲しまないで。フレアは確かに私に魂を捧げてしまったけど、私の魂と一緒になっただけよ。この私の中で彼女の魂は眠っているの。だから、この身体はフレアの身体なのよ。そして、私が人間としてこの世界で生きていく事になったのよ。アルと一緒に戦えるのは私だからと・・・、今は私にアルを託して眠っているだけ・・・、将来、私が人間として生を終えた時に天界に戻ったら、私達の妹として女神になって復活する為にね。」
「そうなんですか・・・良かった・・・、どんな形になっても生きているんですね。しかも、女神になって復活だなんて・・・」
僕もいつの間にか涙を流していた。
「そうよ、だからね、アル・・・、あなたは絶対に世界を救わなければいけないの。あなたが魔王を倒し世界を救えば、死後は神として天界に迎えられるはずよ。その時はフレアも私達と一緒に天界で待っているか、後で追いかけてくるかのどちらかだからね。分かった?」
「はい、絶対に負けられない戦いになりますね。必ず平和を・・・」
「そして・・・」
フレイヤ様の視線が急に焼け野原の方に向いた。
「どうやら目を覚ましたようね。」
フレイヤ様の視線を追ってみると、1人の男がヨロヨロと立ち上がった。
「あの丸い体型の魔族は!まだ生きていたのか!僕がトドメを差します!」
「いえ、これは私の仕事よ。フレアを殺した魔族はあなたが倒したわ。だけど、フレアの両親はアイツの召喚した魔物に食い殺されたのよ。私に体を捧げてくれたフレアの為にも、私が彼女の両親の仇を取らなければならないのよ。だから、わざわざ死なないように生かしておいたの。最後の仕上げとしてね。」
魔族は立ち上がってはいるがフラフラとしてやっとの状態だ。全身はひどい火傷を負っている。生きているのが不思議なくらいだ。
「お、俺は死なん・・・、生きて勇者が誕生していたと伝えなくては・・・、それに女神までもが実体化しているとも・・・」
「それは無理よ。だってあなたは私に滅ぼされるからね。今までどれだけの人間を殺してきたの?あなたの周りには殺された人間の怨霊がビッシリと付きまとっているわね。私には見えるから・・・、だから、私がその怨霊の浄化も含めてあなたを滅ぼす。」
フレイヤ様が右手の人差し指を高々と掲げた。
「全てを滅ぼす炎よ!メギドフレイム!」
とてつもなく大きな青白く燃え盛る炎の玉が上空に浮かんでいる。
スッと腕を振り下した。
「滅びなさい。」
炎の玉が真っすぐ魔族目がけて飛んで行った。
魔族が炎に飲み込まれた。
「うぎゃぁああああああああああああああああああああ!」
魔族を飲み込んだ炎が消えた。そこには何一つ残っていなかった。
「ふぅ~、これで終りね。」
一息ついたフレイヤ様の体が突然白く輝き始めた。光の輪郭が徐々に小さくなっていく。
(何が起きている?)
目の前のフレイヤ様の姿を見た瞬間、僕の目から涙が溢れてきた。
大人の姿のフレイヤ様でなく、元気な姿のフレアがそこに立っていた。そしてニコッと微笑んでくれた。
「フレア・・・、本当に生き返ったんだ・・・」
思わず駆け寄り抱きしめた。
「良かった・・・、本当に良かった・・・」
「アル!痛い!痛い!苦しいぃいいいいいいいいいいい!」
僕の腕の中で真っ赤になって苦しそうにしていた。
(いけない!力を入れ過ぎた!)
「す、すみません!」
慌てて離れてしまった。
真っ赤な顔のフレイヤ様が僕を見ている。よく見ると少しだけどフレアとは顔が違っていた。
「あっ!気が付いたみたいね。今の私はフレアと同化しているから、私とフレアが重なっている感じなのよ。それにしても、フレアって子はかなり私に似ているみたいね。大きくなったら本当の姉妹に見えるかもね。」
赤い顔をしていたけど、急に少し淋しそうな表情に変わった。
「アルはフレアの事が好きなんだよね。そうよね、自分の命を投げ出してでも助けようとしていたし、そんなことされたら好きにならない訳はないわよね。今もフレアが生き返ったって喜んでいた訳で、私と会えたから嬉しい訳ではないんだ・・・、アルの心には前世の奥さんと娘さん、そしてフレアしかいないのかな?私は・・・」
そしてポロポロと涙を流し始めた。
「こんなにアルの事が好きなのに・・・、そしてやっと会えたのに・・・、どうしたらアルに好きになってもらえるの?分からない・・・」
どうしてだろう・・・
泣いているフレイヤ様を見ていると心が締めつけられる感じがする。
初めてフレイヤ様にお会いした時・・・
その前にニアーナ母さんに会っていた。ニアーナ母さんは確かにキレイだけど心が惹かれるほどの事は無かった。
でも、その後でフレイヤ様とお会いしたんだよな。確かに最悪な初対面だったけど、確実にフレイヤ様の美しさに心を惹かれていた。いや、単に美しさだけで惹かれたのではない。
多分、これは・・・
自然とフレイヤ様を優しく抱き締めた。ビックリした顔で僕を見ている。
「アル・・・、どうしたの?」
「フレイヤ様、泣かないで下さい。僕は初めてあなたにお会いした時から心を奪われていたみたいです。確かに最悪な出会いでしたけど、それ以上にあなたの美しさに惹かれていました。そんな方から美しさに似合わない言葉を吐かれてしまった事と、家族をバカにされてしまった事で自分でも感情を抑えきれなかったのだと思います。」
そして僕はニコッと笑ってゆっくりとフレイヤ様に話した。
「僕はフレイヤ様に一目惚れしていたと思います。」
ビックリした顔のフレイヤ様だったけど、再び涙が流れ出した。しかし、今度は悲しそうな顔でない、とても嬉しそうな表情で泣いている。
「アル・・・、私もそうかもしれない・・・、あなたに怒られる最悪の出会いだったのに、ずっとあなたの事が頭から離れなかったの。あなたに謝りたいってずっと思っていたのも、あなたの事を忘れたくなかった気持ちからだと思う。私をこんな気持ちにさせたのよ。ちゃんと責任を取ってよね。もちろん、フレアの事もね。」
「フレイヤさ・・・」
いきなりフレイヤ様が人差し指を僕の唇に当てた。
「フレイ・・・、これからは私の事をこう呼んで。様付けも無しよ。ずっと考えていたの、アルだけにしか許さない私の呼び方よ。それと敬語も無しね。将来、結婚する相手にいつまでも敬語は変でしょ?」
「はい?いつの間にここまで話が・・・」
フレイヤ様が悪戯っぽく笑っている。
「だって責任を取ってくれるのでしょう?責任を取るといえば結婚するしかないじゃないの?それとも、私と結婚するのが嫌なの?」
僕の全身から大量の冷や汗が出て来る。
「い、いえ、フレイヤ様、そういう事ではなくて・・・、やっぱり段階を踏んでからではないといけないのでは?と思いますが・・・」
「・・・」
フレイヤ様が無言で僕を見つめている。そしてボソッと呟いた。
「フレイよ・・・、敬語もダメ・・・」
無言の圧力が怖い・・・、積極的なのはフレアと同じだよ・・・、フレアとフレイヤ様は似た者同士なのかな?だから、こうやってフレアとフレイヤ様が一緒になれたのかもしれない。
(こんなにハッキリと言われているのに、ここでヘタレな事をすると男が廃るよなぁ~、僕も男だ!)
覚悟を決めた。フレイの顔をジッと見つめる。途端にフレイの顔が真っ赤になった。
「フレイ、僕も君が好きだ。」
そしてギュッと抱き締めた。
「フレアも含めて君達を幸せにする。永遠に一緒にいよう。約束だ。」
しばらく抱き合ってからフレイと見つめ合った。フレイは涙顔でクシャクシャになっていたので、僕の服の袖で涙を拭ってあげると微笑んでくれた。
「アル・・・、私ともう1人の私であるフレアも女神フレイヤの名に懸けて誓います。私達は永遠にあなたを愛し添い遂げる事を誓います。」
突然、僕達の左手の薬指が輝いた。
(何が起こった?)
【おめでとう、アル、フレイヤ。】
【ニアーナ母さん!】【姉様!】
【私からのささやかなプレゼントよ。地球生まれのアルなら分かると思うけどね。】
自分の左手の薬指を確認してみる。銀色の指輪が嵌っていた。フレイも同じように・・・
【これは!まさか・・・】
【そうよ、これは結婚指輪よ。だけど、この世界は15歳からでないと結婚出来ないから、今は婚約指輪かな?アル、フレイヤをお願いね。世間知らずで我が儘な妹だけど、私の自慢の妹だから、泣かせる真似だけはしないでよ。分かった?】
【は、はい!】
【姉様、ありがとう・・・、これが結婚の証・・・、とうとうアルと結婚したんだね。でも、今は婚約か・・・、もう少しの我慢ね。】
フレイがうっとりした表情で自分の指輪を見つめていた。
「フレイ、今更だけど、本当に僕で良かったのかな?」
フレイが頬をブクッと膨らませている。その仕草も可愛いな。
「アル、私が思い付きであなたを好きになったと思うの?この6年間、ずっと私はあなたを想ってきたのよ。そしてずっと見てきたの。見ていれば見てる程に増々好きになっていったわ。だから、そんな事はもう言わないでね。」
「フレイ、ゴメン・・・、ちょっと意地悪だったね。」
ずっと抱き合っていた僕達だったけど、お互いに見つめ合っている。
「フレイ・・・」
「アル・・・」
フレイが目を閉じ唇を僕の方に突き出してきた。今度は僕の方から唇を重ねた。
少し長く唇を重ねてからお互いに唇が離れ、再び見つめ合っていた。
うっとりとしたフレイの顔を見ていると、とても愛しく思う。いつまでも見つめ合っていたいくらいだ。フレイも同じ気持ちなんだろう、ずっと僕を見つめている。
「アル・・・、そろそろいいかなぁ~?」
(父さんの声だ・・・、はっ!)
慌てて父さんの方に振り向くと・・・
とってもニヤニヤしている顔の父さんが立っていた。
(やってしまったぁぁぁ・・・)
「アル、いつまでも2人の世界に入っているから、声をかけるのが本当に大変だったぞ。しかし、お前は6歳だろ?何で大人みたいなイチャイチャぶりを見せつけてくれるんだ?見ている俺達も恥ずかしかったぞ。」
自分の顔だけでなく全身が真っ赤になってくるのが分かる。そしてフレイを見ると、今にも顔から火が出そうなくらいに真っ赤になっていた。
ゴンさんは僕達のあまりの甘い雰囲気に「やれやれ・・・」といった感じで呆れていた。、竜王に至っては地上に降りて暇そうに座っているし・・・
(前世を含めて、人生で1番恥ずかしい・・・、何をやっているんだ僕は・・・)
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