砦の中の失敗
「くそっ、ヘイル達がやられた!」
「やっぱり外のやつらなんて助けようとしたのが間違いだったんだよ!」
砦の中は広く、目に見える箇所はおそらく行き来がしやすいようにと、各種部屋へは広間から行けるように作られていた。
「沢山いる。」
偶然にも開いてくれた門のお陰でランツェは意気揚々と入ることが出来たものの、砦の中では武器を構え、後列には魔法の詠唱を始めている魔術団員達が待ちうけていた。
「ガキが一人だってのか!?」
「外の連中はコイツにやられたのか? なんだよコイツは。」
「ガタガタ言ってんじゃねぇ! 相手はガキだろうがもう5人もやっちまってるんだ!」
ランツェは二対の斧を構えた。
「撃ち殺せ!!」
号令と共に矢の魔法が放たれる。ランツェは津波のごとく襲いかかる魔法をギリギリまで引き付けてから地面を蹴りあげ跳躍して軽々と避けた。
「やったか?」
「くっそ、煙で見えねぇ!」
団員達はランツェが魔法の餌食になったと思い込み、地面に着弾した衝撃で起きた土煙が晴れるのを待っていた。
「誰か風で吹き飛ばせ!」
前線で武器を構えていた一人が魔法の指示を仲間達にしようと振り向いた時だった。
「――え?」
目の前にランツェが降りてきたのだ、両手の斧を振り下ろして。
高いところから何もせずに着地した場合、流石に足を痛めるかもしれないと考えたのだろう。抵抗を加えることで少しでも落下の衝撃を和らげようと、眼下にいた相手の両肩めがけて斧を振るったのだ。
「ごっ……ぉ……。」
人間の体はそれほど丈夫ではない。残念ながら一人の両肩は綺麗になくなったが、ランツェは無事に着地することができた。斧に張り付いた肉を払い捨てて構えなおす。
「なんだ……コイツ――!」
あまりの出来事に茫然とする。それが、次の獲物になるための立候補となることを知らずに。
いつの間にか間合いに入り込んでいた相手は、なすすべもなく放たれた斧の刃で首筋を撫で上げられる。
「うぅああぁぁあああ!!」
いくら首を抑えても変えられない結末に絶望しながら倒れる。その光景に魔法を放った彼らは慌てて杖を構えなおし魔法を放つが、それはランツェの背後に誰が居ようとかまわなかったのだ。意志の弱いものは既に錯乱していたのである。
当然ながら当たるわけがなかった。願いを形にする魔法は意思による影響が大きく出てくるために見えているものを正確に判断できなければ、いくら形を宿していたとしても目の前に立つ相手には届くわけがない。
「煩い。」
案の定、近づかれてしまい斧を振り下ろされる。固い感覚が手に伝わってくると同時に斧の向きを巧みに変えて体の一部を引き裂いてそのあたりに捨てる。それが致命傷であることには間違いないがすぐに命を蝕まないような絶妙な加減で相手から戦意を奪っていく。
「な、なんなのアイツ、ひっ! いや……コナイデ!!」
叫び戸惑う団員。ランツェはそれよりもまだ戦う気力のある相手の体を削ぎ落し、悲鳴をあげさせて見せつける。それはどんなに抵抗しようとも、無慈悲に恐怖と痛みを味わって死ぬことが唯一の権限のように扱われているようだった。
剣を振れば腕を、逃げようとすれば代わりに足を奪われ、決して直接的に命は奪わずに死ぬものに狂気と後悔を植え付けていった。
「やめろ! 止めてくれ!!」
嘆きの残骸が山のようにつまれていき、いつの間にか目に見える中での最後の一人がランツェの手の中にいた。男は頭を掴まれ小柄な見た目からは計り知れない腕力で持ち上げられており、その腹部には斧が少しづつ入り込もうとしていた。
「頼む! 止めてくれ! 同じ人間じゃないか!!」
男は必死に頼み込む。
「……人間?」
それまで幾ら助けを求めようが、羽音のように扱っていたランツェが反応をする。それは男にとってまるで突破口のようにも思えた。
「あぁ! そうだよ、人間だ! 俺もアンタも、純粋な人間だろ?」
ランツェは何も言わずに、ただ男の話を聞いていた。
「あの女は人造人間だ。お前は、人間じゃない奴の為にここまでやるのか?」
「……人間じゃない。」
「あぁ、あぁ! あの女は敵なんだ。"化け物"なんだよ! 俺達は化け物を有効的に使って未来のための研究をしようとしてるんだ! だから助けてくれよ!」
頭を掴んでいた力が徐々に弱まっていく。男は手に入れた糸口に希望の色を見せ、さらにランツェの次の一言でそれを確かなものとした。
「……そうか。間違いをした。」
「あぁよかった……! ならこのまま離し――」
まるで男は垂らされた糸を手繰り寄せようと願いを早口で言おうとした時だった。
「もっと。」
手繰り寄せた糸は決して――
「もっと惨たらしく殺せばよかった。」
希望ではなかった。
「――あ?」
ランツェは男を地面に叩きつけて周囲に転がる剣を手に取ると、それを迷いもなく腹部に突き立てた。突然のことに悲鳴をあげて虫のように跳ね回ろうとするが、喉元を足で踏みつけられて固定されてしまった。
さらには刺さった剣を引き抜かれては突き立てられ、また引き抜かれては剣を突き立てられた。何度も何度も行われる所業に気絶しようとも痛みによって無理やり意識を引き起こされ、眼前の化け物によって殺され続ける。
「あぁ失敗だ。苦痛によって反省させようとしたが、反省は必要ない。皆殺しだ。」
何度か突き刺した後、足をどけて体ごと持ち上げた剣を壁から剥がしたランタンと共に残骸に向かって投げ入れる。魔術団の服はよく燃えるのだろう、あっという間に火だるまになった残骸の山を明かりにしてランツェは付近の探索を始めることにした。
砦の中はある程度の生活感も漂わせており、少なくとも1月近く彼等はここを住みかにしているように感じた。それでも長年放置されていた砦ということもあってか使っていない部屋や通路には埃が積もっていた。
「……地下?」
導線を辿りながら調べていくと下へと続く階段を見つけた。所々に何か大きなものをこすったような跡みられ人の気配も感じ取れたことから、ランツェは躊躇することなく階段を降りていく。
階段には灯りがなかったが、地下へ出るとそこには幅のある空間の両端に対面するよう鉄格子の牢が並んでいた。正面にはひときわ大きい扉があり、まるでとらえた何かをその扉の中へ連れていくためだけに用意された通路のようだった。
地下を支える柱にはランタンが取り付けられていたが足元は薄ぼんやりとしか見えない。少し離れれば暗闇とそう変わりはなかった。
「……ん。」
その暗闇に乗じて息を潜めた気配を感じ取った。杖を手に取り灯りの魔法を唱えようとした時、その気配は堂々と魔法を詠唱して目の前に現れた。
「ファイア・ボルト!!」
すぐさま短杖を前に出して同じく矢の魔法を放つ。
「アクア・ボルト。」
放たれた炎の矢は杖から生まれたばかりの水の矢に衝突する。水は瞬く間に蒸発し、水蒸気となって周囲を覆い隠した。ランタンの光すら滲ませる程の濃い水蒸気によって辺りは何も見えなくなった。
「な、なんだ!」
それは正面の気配にも影響していた。充満する水蒸気に困惑し思わず声を上げる。
「っく! どこだ! どこにいる!」
ランツェはそれを聞き逃さず声がした方向へ斧を投げる。斧が霧に消えると同時に鈍い衝突音と嗚咽が聞こえ、それから少し遅れて何かが倒れるような音が聞こえた。しばらくそのまま待っていると徐々に霧がうすくなり始めたので、足元を見ながら直進する。
少し先で妙に膨らんだ地面に刺さっていた斧を引き抜いてからはほかに人は見当たらず、牢の中にも気配はなかったため、正面の扉に手をかけることにした。
「ん。」
扉の先から強い光が入り込む。そこは地下であるにも関わらずやけに広かった。黒ずんだ石のタイルが敷き詰められ、円形の壁の石煉瓦は物を燃やしたあとに積もる黒い煤にまみれ、上部にかけてそれは荒く薄いものになっている。天井付近の壁には所々格子が取り付けられ、差し込んできた光はそこから入り込むものなのだということがわかった。おそらく、天井の高さや差し込む光から、上の部分は地上へと突き抜けてるのだろう。
ここは、大戦後に活躍した大量の不要品を空間ごと燃やす役割を持っている"実炉"なのだろうとランツェは考えた。
実炉の中心には人が倒れていた。近づいてみてみるとそれは女性で、脱力して横にはなっていたが身体の揺れで生きていることは確認できる。ランツェはポケットから写真を取り出して顔を見比べる。
「……同じ……」
ランツェは彼女が救助対象であるリェラであると分かり彼女を起こそうと近寄ったが、あることに気が付きその足を止めた。
「……血で書いた防衛魔法。でも、この女のものじゃない。」
「ああそうだよ、小さなプレジス君。」