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プレジスワークス!  作者: ミトリ
ティンクトゥラと証明の快楽
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要るもの、要らないもの

 カロンから馬を走らせ東の森に向かう。店主の言った通り緑と紫の切り布が、木の陰になるように等間隔で巻かれていた。時刻は夜中を過ぎていたが、布の合間は安全なルート取りをしているのか手間取る事なく走らせ続けることが出来たため、昼間には廃砦近くにたどり着けた。


 馬を少し離れたところで止め、木陰から砦の様子を観察する。

 この場所は戦闘による被害が無かったのだろう。草木に侵食されてはいるが、積み重なった石造りはどこも崩れては無いため正面の門以外からは入れそうにはない。


 その門の前には、青と黒の装束に白の鮮やかな刺繍を入れた同じ服を身にまとう、三人の汚らしい悪人面の男が椅子に座っていた。


 男達は見張りなのだろうが、その役目を果たしているとは思えなかった。机を取り囲んでサイコロと駒を使った陣取りゲームに白熱しており、ランツェはそのゲームの状況をうかがえるほど近い木の影にいるというのに、彼らがランツェの存在に感づくことはなかった。


「ひどいものだな。」

 口に出してみたものの、警戒などしていない彼らは全く気が付かない。しばらくの間、観察を続けていたがゲームの状況が変わるだけで砦の中から他の人が出てくることはなく、どうしようかと考えた。

 なぜなら門には、入ることができる人間を制限する防衛陣が書き込まれていたからだった。


 この手の物は魔術団のメンバーのみ入れるようにしているのがほとんどだが、陣の解き方や実際にどんな効果があるのかは直接対峙するまではわからない。だからこそ、門が開いたと同時に砦の中に飛び込んでしまいたかったのだが、これ以上待つのは時間の無駄かもしれない。


「始めよう。」


 武器を収める鞘のボタンを外して、堂々と男達の前に向かっていく。

「ん?なんだアイツ。」

「ボウズ……嬢ちゃんか? こんなところで何してんだ。」


 ランツェは黙ったまま砦の方を眺める。

「おい。コイツの服って協会のじゃねえか。」

「協会の人間か? にしてはちっちぇえだろ。どうせ物乞いだよ。」


 それもそうかとゲラゲラ笑う男達。その中の一人がランツェが付けている腕章を見た時、違和感を覚えた。


「……あの腕章に協会の服。ちょっと待て確かリースフラムには――」


「おい、ガキ。こんなとこに来たってなんもやんねぇぞ。さっさとかえったかえった。」

「あーそうだ。確かパンの残りならあったはずだぞ。」

「やるつもりかよ?いつからそんなお偉くなったんだ?」

「あー? かわいい顔してんだからそりゃわかんだろ?」

「オイオイ、スキモノだなぁ!」


 二人がニヤニヤと笑い、そのうちの一人が上機嫌に尻ポケットの潰れたパンを取り出そうとランツェから目を離した時だった。

「離れろ! ソイツはプレジス・ランツェだ! 」


 腕章を見た男は、二対の斧をパンを渡そうとする男の首元と腹に当て、骨ごと肉を引き裂いた子供が、プレジス・ランツェであるということに気が付いたのはあまりにも遅く、助かる見込みを失った後だった。


「――ア?」

 金属がふれ合う音が否応なしに体内から鳴り響く。男の首と胴体は真横にずれ、だるまのように転がり落ちた。


「なんだ……今何が……!!」

 隣でゲラゲラと笑ってた男は状況を判断するための猶予を使い切ってしまう。腰に差した剣に手を伸ばそうとしたが、既に空を斬り終えた斧は男の腰あたりに強すぎる衝撃を加えた。


「ゴッ……ォ。」

 手を伸ばしても届かなくなった剣の柄を宙に見ながら、男は呼吸をやめた。初めにランツェだと気が付いた男はその様子を見て茫然とした。


「コイツだ……"悪魔の再来"……喰い殺しの化け物!!」


 剣を抜きランツェとの間合いを図る。その男にランツェは尋ねた。


「女はここにいる?」

「っくそ! やっぱりあの女目当てか!」


「何処にいる?」

「そんなこと教えるわけねぇだろうが!」


 男は叫びながら剣を振り下ろした。刃は蟲を払うような感覚で弾かれてしまい逆に武器を構えなおす合間に膝を蹴られて転ばされてしまった。


「ぐぉ!」

 剣を振り回して立ち上がるための時間を稼ごうとするもそんな安易な考えが通用することはなく、振るった剣は弾かれ遠くへと飛ばされてしまう。

 ゆっくりと近づき、男の横に立ったランツェは斧をユラユラと揺らしながら再度尋ねる。


「あの門、魔法で開かなくしてる。」

「だからどうしたってんだ!!」


 離れようとする男の膝を踏んで固定する。

「開けて。」

「テメェ!離れろこのガキ――」


 踏まれている足がわずかに浮いた時、男はまさか骨ごと踏み潰されるだなんて想像しなかった。ランツェの靴が布と粉々になった骨を挟んで地面にたどり着くと、男は声を失った。


「あ……が……っあ?」

 あまりにも突然な状況に男の脳は付いていくことができなかった。ランツェが足を持ち上げると、靴底に張り付いた服につられるようにしてブランと自分の足が揺れ動いた。振り子のように揺れた勢いと重さで服ははがれて地面に落ちた瞬間、男はようやくにしてそれを理解し適切な反応を起こすことができたのだ。


「ぁあああああああああああああああ!?」


 甲高い女性の声のような悲鳴が森を反響する。


「開けて。開けて。」

 ランツェは反対側に回り、暴れまわるもう片方の足首を踏みつけてお願いをする。ゆっくりと体重がかけられていくことに気付いた男は涙をボロボロと溢しながら叫ぶ。

「止めろ! 止めてくれ!!」


「開けて。」

 徐々に強くなっていく圧力に体内からの悲鳴が大きくなっていく。男はもう生き残ることしか考えられなかった。


「開ける! 門を開ける! だからもう――」

 その時だった。


「おい! 何があった!!」

 砦の中から武器を持った男の仲間が出てくる、肝心の砦の門は開いたまま。

 ランツェはそれを確認すると足をどけて代わりに斧を持ち直した。


「――、開いたからもう、お前は要らない。」


「……っ! ぁ!」


 うわ言のように扱われる命のやり取りを男は聞き逃さなかった。だが、それに対して何かを言うことも許されない。見上げたときには既に斧は振り下ろされ、頭に鈍い音が鳴る。音が聞こえてからは何も聞こえなくなり、全身は脱力して地面に倒れた。

 視線の先に映るのは頭に振り下ろされた斧を持った悪魔。開いた門に向かって歩いていき、武器を振るった仲間たちが軽々と物言わぬ肉の塊になる。


 悪魔が門の中に入っていき、門はゆっくりと閉じる。


 同時に、男の神経はそこでブツリと切れた。

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