情報源
モグラが八つ当たりに、ツケを払っていない常連客の家に殴り込みに行く最中、ランツェは気分も揚々に馬を借りていた。無茶はさせるなと言う馬主の忠告を気にも留めず、ランツェは獣道を使って山を越える事にした。
本来なら現獣に襲われ、余計に時間がかかるリスクを負ってはいたが、この時期は現獣を狙う冒険者達が列をなして彷徨い、反対に活発化するはずの現獣そのものが見当たらないという異様な状況によって安全に通れると考えたからだった。
実際、予想よりも遥かに早い時間で山を越えることに成功した。
散歩しているだけでお金がもらえるという光景に、ランツェは「冒険者を副業として出来るのだろうか。」という淡い考えを抱く余裕すらあった。
馬を休ませる為にふもとで一晩明かし、昼頃まで獣道を下って茂みを抜けるとようやく山を迂回する安全な街道へ合流した。しばらくなだらかな道を走らせ続けると、カロンの町が姿を現した。
カロンは職人達が土地の傾斜を生かすために建物の高さと色を揃えて作っており、遠くから見るとまるで白い階段のような見た目になっている。レンガを敷き詰めた道、統一された色調。観光スポットとしてはこれほどまでに完成された場所はない。
それもこれも、全てはやって来た冒険者や旅人を騙すためだ。高額な品や権利を買わせ、騙されたと訴えたとしても、カロンでは町自体が結託して証拠や痕跡を揉み消す。
詐欺師の町として有名だが、一度その町並みを見てしまうと、どうしてもそんなことは無いんじゃないかと考えてしまい、毎月のように被害者が出ているのが実情だ。
町に着いたのは二日目の夜。十分な猶予の中、近くの馬屋に馬を預けて辺りを見回す。町は変わらず美しい景色を見せているが、どこか様子がおかしかった。
以前来た時には、誰もが言葉にはしないが歓迎するような雰囲気を見せていた。今もそのそぶりは変わらないものの、同時に何処か突き刺すような視線を感じ取った。
ランツェは町の酒場に入る。扉を開けると心地よい果実の香りと木の温もりが待っており、アナグラ亭の油と酒の臭いが混ざった鬱陶しさとはまるで違った。歩く度に服が張り付くような抵抗感を受けないため、違和感を覚えながらもカウンターへと直進した。
「いらっしゃい。何にいたしましょう?」
賑わうテーブルを横目に都合よく用意されたカウンター前の席に座ると、懐から写真を取り出して目の前の店主と思わしき黄緑髪の狼人に見せる。
「こいつの居場所について、情報は?」
「どれどれ……いえ。申し訳ありませんがこの方に見覚えは……」
「そうか。」
ランツェは写真を見直す。
「ああ。これは俺の女装だ。目の前にいるというのにわからないとはな。」
わざとらしく大声で言うと、今度はリェラの写真を見せる。
「虚偽と判断すれば監獄行き。金章のプレジスの発言力くらい、お前達はよく知ってる。」
店主の眉が僅かに揺れる。
「はは。お客様は冗談がお上手ですね。」
「場所さえ言えば後はこっちで片付ける。この町が、俺を使う判断に二週もかかった無能共なのだとしたら話は別。」
店主は困惑したつつも笑顔を崩さずに接する。
「……お客様? 他のお客様のご迷惑にもなりますので……」
「話せ。二度目は――、……?」
ランツェは背後に気配を感じ取った。いつの間にか店の中にいた客達全員がランツェを取り囲んでいたのだ。彼等はみな同じ作り笑いをしており、その内の一人が声をかけてくる。
「ぼく君。ダメじゃないかお店の人を困らせちゃ。」
ランツェはその客に写真を見せる。
「お前。居場所を言え。」
「お父さんお母さんは何処にいるんだい?」
「答えろ。」
「もしかして迷子かい?」
まるでこちらの話を聞こうとはしない。恐らくこのまま論争を続けたとしても、進展がおきるとは思えなかった。
ランツェはしばらく考えてから写真をしまうと席を立ち、腕章を掴んで小さく唱えた。
「情報を出すつもりがないと判断。」
その手を客の頬に這わせる。客は訝しげにするも、笑みを見せたまま手を払いのけようとはしない。
作り笑いの合間に在る影に目を合わせ、ランツェはそっと言った。
「お前達は何人死ねば情報を提供する?」
這わせた手が客の首を掴んだ。小さな手では首の半分を包むのがやっとなほどではあるが、次の瞬間にはその手に収まりきるほどに首が潰されていったのを誰もが見逃さなかった。
「ぉ……っ……?!」
客は必死にランツェの手を引き剥がそうとする。だが万力のように固定された手が離れるわけもなく、腕から動かそうと両手で掴むが全くびくともしない。ただ目を見開き、脂汗をながし続け、僅かに空いた気道から息をするしかなかったのだ。
「な、何してるんだ!!」
客達は混乱した。数人でランツェを引き剥がそうと腕や足を引っ張るが、身体はがんとして動かない。
「要らない情報屋は棄てる。」
「止めろ! それが協会のやることか!!」
周りの怒声に興味ももたず、首を絞め続けたまま腰に下げた斧を抜いて客の肩に当てると、軽く振り上げて見せしめを行う準備を始めた。
「こいつ!!」
客の一人が耐えきれず剣を抜く。それにつられるように他も持ち合わせていた武器を、ランツェに向けたときだった。
「止めなさい。」
静かで、それでも場を一喝する声。それは酒場の店主が放ったものであり客達の動きはピタリと止まったのだ。
ランツェは横目で店主の方を見る。さっきとは打って変わり表情には一切の余裕が見れなかった。
「アンザムさんが依頼したプレジス――、金章のランツェですね? その人を離してはくださいませんか?」
ランツェは素直に手を離す。客は膝から脱力するように倒れると、ようやく開いた気道ができる限りの酸素を肺に入れ込もうと、不規則な呼吸音を鳴らした。
「あっがぁ…ひっ……ひっ。」
「落ち着け! 大丈夫だ、ゆっくりと息をしろ。ゆっくりとだ!」
徐々に呼吸は規則的になり、嗚咽が混ざっていくと客は落ち着きを取り戻した。だが見上げた先でランツェの顔を捉えた途端。
「あっ……がっ……!!」
白目をむいて倒れた。
「おい! しっかりしろ!」
「急いでワートンの所に連れていくんだ!」
周りの客達が彼の身体を担ぎ上げて医療所へと連れていく。店の中はランツェと店主の二人だけとなり、様子を見ていたランツェは不思議そうに店主に言った。
「あまり強くはしていない。」
「ですから怖いのでしょう。貴方はもう少し周りへの配慮と言うものを学ぶべきですよ。」
「配慮して殺さなかった。」
店主は青ざめる。はたしてあの時、全員を止めなければ一体どうなっていたのだろうかと思うと不安になった。
「……はぁ。いつも変わりませんね。悪い意味で、ですが。」
「情報は?」
店主は水の入ったコップを置く。
「その前に一つ。確認させてくださいプレジス・ランツェ。貴方なら彼女を助けていただけるんですね?」
ランツェは何も答えずただ水を飲む。
「彼女は……いえ、あのご家族は私達を蔑まず、今日までこのカロンに居続けてくれました。私達はあの人達の力になりたい。ですが、表立って私たちが動けばあの家族が危険にさらされます。」
「情報屋が平民程度の待遇を受けたいのか?」
「情報は命を守るための武器です。私達は金と地位ではなく、理解者が欲しかったのです。」
「それで、その理解者の為に何を用意した?」
嘘でも興味を見せないランツェに店主は口角を下げ詰め寄る。
「プレジス・ランツェ。貴方に情報を渡す以上、必ず彼女を助けることを誓って下さい。この"意味"があなたには分かりますよね。」
「情報による。」
「誓って下さい。」
一切引こうとせず情報屋の命の誓いをさせようとする店主にランツェはいい加減面倒を感じていた。
「……ここから一日以内の距離でないのであれば、女の命は保証出来ない。」
それでもなお何かを言おうとする店主の首元を掴み、ランツェは顔を引き寄せた。
「お前達のくだらないプライドとごたくはどうでもいい。時間を稼いで女を殺したいのなら黙ってろ。」
背後の棚へと突き飛ばし、店主の首筋に斧をあてがう。
「情報は?」
「……ここから東の森の中、道には緑、紫の順番で標を付けた先の廃砦が彼等の潜伏先です。」
「時間は?」
「馬で行けば半日。勿論、迷わなければの話ですが。」
「そうか。」
斧をしまい、何事もなかったかのようにランツェは店の出口へと向う。扉に手をかけたとき、店主は大声で訴えた。
「お願いします!! リェラを助けてください!!」
ランツェはチラリと店主の方を見ると、何も言わず店を後にした。