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プレジスワークス!  作者: ミトリ
ティンクトゥラと証明の快楽
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ティンクトゥラの輝石

「これで成立だ。」

「よろしくお願いいたします。」


 頭を下げてアンザムは部屋を出ようとする。


「あー、店は裏から出てってくれ。」


 呼び止められた内容に(いぶか)しげにする。

「何故ですか?」

「プレジスが個人の依頼を受けるってのは冒険者ではどうにもならねぇ事態だってことだ。プレジスが冒険者よりも優秀なのは事実だからよ。アイツらの無駄なプライドを刺激してるようなもんだ。」


「だから、プレジスへは依頼をしにくい……と?」


 モグラは頷く。

「怖いのは人だ。特に……相手のプライドを傷つけてる事に気づいてないっていうのはな。」

「助けを求めるのならできるだけ確実なものを選びたいと思うのは、誰でも同じはずだと思うのですが。」


「だからだ。初めからプレジスに依頼すれば早い話だが、そんなことしたら冒険者なんて仕事が成り立たなくなっちまう。現獣や遺物の提供者が稼ぎを失ったらただの盗賊だしな。」

 諦めた感じで冗談を言うモグラにアンザムは苦笑いをしつつ、誘導された廊下から店の裏側に出る。


「それでは、どうかよろしくお願いします。」

 頭を下げ、アンザムは手に持ったコートを頭からかぶり、去っていった。


 モグラは部屋に戻り、アンザムの署名付きの書類に記入漏れがないか目を通してから自分の名前を書き込み、棚に押し込んだ。

「これでいいだろ。っと、そういや店をそのままにしてたな。」


 何も対策もせずに店奥に引っ込んでしまっていたことを思い出し、面倒ごとになってないか心配しながら戻ると、自分が座っていたところにランツェが座り、ぼうっと呆けていた。


「帰ってたのか。」

 店はがらんとしており、開けていた扉は閉められていた。おそらくランツェが閉めてくれたのだろう。そう思い、彼の頭を撫でようと近づくと――


「遅い、(うるさ)い、臭い。」


 開口一番の言葉だった。


「喧嘩うってんのかテメェ。」


 体を起こし、肘下で留めていた依頼書の束をモグラに見せつける。

「適当に受けさせた。」


「すまねえな。」

 改めてモグラはランツェの頭を撫でる。


「何。」

「いや、なんでもねぇ。」

 不機嫌そうな顔をしているが抵抗は一切しない。しばらく撫でられていたが、うっとうしくなったのか頭を振る。


「内容は?」

「あ?」

「依頼内容。」

「聞こえてたのか。」

「だから店を閉めた。」


 いまいち意思の疎通がうまくできていないような感覚にモグラはため息をつく。


「お前なぁ……もうちょい言葉を増やせ。」

「いーらーいー。」


「……そうだな。」

 観念したように、それでも真剣な面立ちでカウンターを間にして座り、依頼を受けることになった顛末を話す。


「まず……今回の依頼主は"特種"における儀式案件だ。」

 二人の間で決めていた人造人間の隠語――「特種」が使われたことによってランツェの表情は途端に険しくなった。

 アンザムが人造人間の子孫であり、その中でもマナタンクと呼ばれる種類である事。そういった口外しにくい事実は関係のない会話で濁しつつ、正確な内容を指でなぞり伝えた。


 経緯を聞くにつれ、こめかみを押さえたり目を閉じて考え事をしていたが、モグラが確証の持てない大口を付いたことを聞いた途端、明らかな嫌悪を現わしていた。

 内容を一通り聞き終え、ゆっくり頷いてから何よりも初めにランツェは言った。


「殴られたい?」


 隠しきれない圧と左手で拳を作っている姿を見たモグラは、

「いや、あの、まぁ……すまねぇ。つい。」

 素直に謝罪した。


 拳をほどき、ランツェは確認をした。

「男が言ってた事に嘘偽りは?」

「"特種"の事を吐いてからは余裕なんて微塵(みじん)も感じなかった。だからそれはありえねぇ。」


「拐われたのは二週前――"今月中"で間違いない?」

「ああ。」


 そうか――。ランツェはそれだけを言うと遠くを見るようにして考え、自分自身でそれを確認するよう呟く。

「ここからカロンまでは早馬でも二日、そこから距離が三日以上でなければおそらく。」

「助かる見込みがあるのか?」


「――知っていたから大口を叩いたんじゃないのか?」

 冷え切った目にモグラの表情が固まる。

「い、いや。それに関しては全く……」


 苦笑いをするモグラに呆れつつ、ランツェは今回の問題に関して自分の知っていることを指で書き始める。

賢者(けんじゃ)の石の儀式は魔力の影響が出やすい新月の日に行う。>


<賢者の石?>


<ティンクトゥラの輝石。賢者の石。第二兵器。フィロソフィアの涙。命を持つ銀……国や種族によって呼び方は変わる。お守り石の意味合いにすり替わった賢者の石が最も知られていない名称。>


 モグラは眉をしかめつつも頷く。

 土産屋に大量に置かれている、そこら辺の石を加工して作ったあの"ぼったくり石"にそんな逸話があったのかと思ってる程度だろうと、引き続き冷ややかな視線を送りながら次を書く。


<大戦時代では魔女がいなくても魔法を使えなくてはいけない戦闘が何度もあった。賢者の石は特種の女を煮出して結晶化することでそれを叶えた物。儀式が行われたのは決まって新月の日。今の月末に当たる。>


<月末ってことは後四日か?>


<正確には今日と二日間は移動で残りは二日。カロンに着いてから48時間以内に場所の特定と救出をする。>


「48時間だぁ?!」


 思わず口に出して驚いてしまったモグラを憐れむような目で見る。モグラは「悪い。」と言ったが時間の方が気にかかり、項垂れてしまった。


「……そうか。今回ばかりはまずいってことか……。」


 指で合図しても見てすらいないため、ランツェも口を開く。


「そうでもない。今回は幸運。」


「……なんか算段でもあんのか?」


「カロンは住民を大切にする。」

「それ、確かデンバーさんも言ってたな。だが、だったら何で二週も放っておいたんだ?」


 ランツェは首を横に振る。

「二週も経ってしまったから俺を使うことにしたんだ。」


「二週"も"……なるほどな。」

 軽く笑って納得していると、ランツェは立ち上がり面と向かう。


「モグラ。」

 とても真剣な表情だった。

 普段からあまりに喜怒哀楽が表にでない仏頂面だが、依頼の際に見せる表情には明らかな意思を感じられる。

 期待していろ――。そんな風に読み取れる自身をもった面構えでランツェは言った。


「お金頂戴(ちょうだい)。」


 モグラは悟った。「やっぱりコイツ、よくわかんね。」と。


「……いくらだ。」

「3000。」


「さんぜ……、分かった。」

 モグラが店の金から銀貨を三枚渡すと、ランツェはそれを受けとりそそくさと店の扉を開ける。


「行ってきます。」


「おう。」


 パタンと扉が閉まり、やれやれと首筋を掻く。


「全く、どこでしつけを間違えたんだか。」


 静かになった店を見回しながらモグラはふと思い返す。


「"行ってきます"か。そのまま還ってこねぇ事だってあり得るのにな。」


 どこか安心して見送ってしまっている自分がいることに親としての甘さを感じつつも、いつも通りに仕事をしていようと思ったモグラだった。




「……アイツ、装備新しくして金欠だって……あのやろう!!」


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