第8話「真紅の微笑」
「僕、甘い物が大好きでねぇ。それで噂に名高いアジュールの魔女に菓子を作って貰いたいんだ。僕の舌を唸らせることが出来たら犬っころを解放してあげる。ついでにカメリアの君が探してるものについても、ね?」
あとは分かるよね? とでも言いたげな様相を一瞥してからリクを見やる。先程の流れを見て怖気づいているかと思えば、口端を吊り上げていた。
「どこかで聞いたことのある勝負だね。分かりました。何かリクエスト等ありますか?」
「そうだなぁ、フォンダンショコラなんてどうじゃ? 犬っころは食えまい」
どうやら彼は、よっぽどアッシュが嫌いらしい。舌を出して小馬鹿にする様は悪戯っ子な少年そのものだった。
「店の者には話を付けておる。部屋を出たら厨房に案内してもらうといい。その間、カメリアの君にはお相手願おうか」
「喜んで」
浮かべたのは笑み。とても綺麗に笑えていた筈だ。どうやらアッシュも憤怒は喰べきれないらしい。私は怒りのまま仮面に笑みを描いた。
「リク」
「どうしたの?」
ドアノブに手を掛けた彼へ近寄り引き止めるも、上手い言葉が見付からない。私が『頑張って』とエールを送るのは些かおかしいような気がした。まさか、こんな勝負に巻き込まれることになるなど思っていなかったとはいえ、いい迷惑だろう。やはりここは謝辞を述べるべきなのかもしれない。
「あの……」
「ねぇ『頑張って』って言ってくれる?」
「え?」
「可愛い女の子に頑張ってって言って貰えたら頑張れる気がするから」
こんな歯の浮くような台詞を並べる人間だっただろうか。数度、瞬きを繰り返してから笑みを作る。作りものでも先程のものとは違い、心から笑えた気がした。
「リク、頑張って。アッシュを助けて」
「分かったよ。新しく出来た〝友人〟の為に絶対勝つから。耳、貸してくれる?」
言われるがまま右耳を差し出す。彼の長い髪が顔をなぞるものだから擽ったかった。
「俺、菓子作りには自信があるんだ。負けたことないから安心して」
耳介に直接吹きまれた蕩けるような口舌が心を擽る。私の頭を優しく撫でていったかと思えば、彼はすぐに退室していった。思わず背後を仰げば不機嫌そうに顔を顰めたアッシュと、口元をだらしなく緩めているディランがいた。
「いいのぉ、いいのぉ、若いというのは本当にそれだけで価値がある」
「何ですか!?」
「ラブラブじゃなと思ってなぁ」
「ラブラブなわけないだろ!! ふざけんなクソガキ!!」
「なんじゃ、この犬」
「やるか!? 今度は喉笛噛み千切ってやるよ!!」
「ほぉ……」
「やめてください!!」
今にも戦闘開始しそうな二人の間に割って入る。元居た位置に戻った私は緩慢に椅子へと腰かけた。見据える先にはディランがいる。これから何の話をするつもりだろうか、と身構えるも、彼は緊張一つしていないように見えた。