第7話「紅赤の口舌」
「誰!?」
「今更かい。若者のくせに反応が遅いのぉ」
『ほっほっほっ』とでも言い出しそうな間延びした口調に目を瞠る。驚きのあまりアッシュの影は犬の形に変化していた。気配がなかったことに警戒心を強める。私が気配を察知できなかったことが不思議でならない。相当な手練れであることに眉を顰めていると、アッシュが今にも噛みつきそうな雰囲気を醸し出していた。
「大丈夫よ。落ち着いて」
「無理」
本当に言うことを利かない犬だ。私が辺りを見渡していると、少年は余裕を呈するかのように莞爾として笑った。
肩辺りで切り揃えた銀髪を結い、前髪を少しだけピンで留めている。薄浅葱が特徴の眼はリクの髪のように美しかった。十にも満たないような少年が歳相応の衣服を身に付けているにも関わらず違和感しかない。拭うことの出来ない不信感に冷汗を垂らしていれば、彼が開口した。
「僕を探してたんだろう? 〝カメリアの君〟」
「何故それを……」
「怪しい者じゃない。そんなに警戒しなくてもよい」
「警戒するに決まってんだろ!? お前、何者だよ!?」
「全く、犬っころのクセに生意気な。少し黙っておれ」
目を眇めた少年がアッシュに人差し指を向ける。刹那、凄まじい勢いで何かが飛び、アッシュの首に嵌った。暫し苦し気に悶絶していた彼が犬の姿へと変貌する。吃驚を浮かべ思わず近付くと「大丈夫だ」と諭された。
「何するの!?」
「人の姿じゃと、ちと厄介だからの。首輪を付けさせて貰った。なぁに、アジュールの魔女が僕の願いを叶えてくれたら解放してやるわい」
「貴方は誰!?」
「ほぉ……犬が喰いきれないほどの怒りを向けるか。面白い。僕は三賢者の一人〝カスパール〟のディラン・ブレイン。没薬、将来の受難である死の象徴さ」
「貴方が三賢者……?」
「そうじゃ。最近薔薇十字団に面白い子が入団したと聞いてのぉ。なんと十にも満たず入団を果たしたかと思えば、異世界を渡る力を会得していたとか。更には既に悪魔との契約を済ませ、我が団きっての切なる願い〝永遠の命〟について触れ回っているとか、奇異な容姿をしていて全身が真っ白だ、とか」
「アッシュ、やめて!?」
彼が話し始めてからずっと威嚇していたアッシュが遂に駆け出す。私の制止も利かず噛みつきに行った彼は、空色の光に阻まれ弾き飛ばされた。体勢を整えて地面に降り立ったものの、ダメージは〇ではないらしい。少しよろけている足元を私は見逃さなかった。
「血のように緋い瞳は、あらゆるものを映すのだ、とかねぇ。本当にその通りみたいじゃのぉ。新しい花の二つ名を聞いたのはいつぶりか。会えて嬉しいよ。緋のカメリア」
「椿を辱めたら殺してやる」
「犬っころに出来るかねぇ。楽しみだ」
不敵な笑みに空気が凍る。「さて」と呟いたディランはリクに向き直った。ビクッと大袈裟に肩を揺らした彼が、ディランへ曖昧な笑みを向ける。双方が何を考えているのか私には分からなかった。
「えっと……話はよく分かんなかったんですけど、俺が勝てばアシュリーを解放してくれるってことでいいんですよね」
「そうじゃ。安心せぇ、お主に手は出さん。大人しくしておればカメリアの君には勿論、犬っころにも何もせんよ」
「分かりました。それで何をご所望なんですか?」
「リク……!」
「大丈夫。椿の大切な人は俺が助けるよ」
制止しようとするも美しい笑みに遮られてしまう。唇を噛み締め押し黙っていると、椅子に座り込んだディランが口を開いた。




