第59話「撫子色の駆引き」
「初めまして。カルロス・ハルトだ。悪魔ということは君も何か出来るのかな」
「訊き方ってもんが……」
「バーゲストってご存知ですか?」
彼は怒らせたらいけない。直感に従い、アッシュの言葉を遮る。間に私が入ったことで、アッシュは大人しく口を閉ざしていた。
「いや、知らないな」
「犬の悪魔です」
「それでソイツは何が出来る?」
「なにも。私の指示が無ければ何もしません」
「ほぉ、それで何をしに来た?」
「不老不死を探しに。アリスさんは成長しないで何年も生きていると聞きました」
「利益にならない人間をココに置いておくメリットはない」
「アリスさんを鏡の中に返したいんですよね。でしたら不老不死のからくりを解くことが鍵になるとは思いませんか?」
「面白い考えだな。悪くない。ところで、お前は何が出来る? 魔法とやらを見せてくれないか?」
「私の魔法は大したことはありません。何を見せたら満足されますか?」
「なんでもいい。俺を驚かせてみろ」
その気にさせろ、とか、驚かせてみろ、とか。なんとも難しいお題である。
私は溜息を呑み込み、ハルトさんと自身の間に川を創ってみせた。アリスさんは喜んでいたが、肝心の審査員が表情を変えることは無い。仏頂面を眺めるのは、こんなに面白くないものなのかと思いながら、私は次の策を考えた。
「では、これをどうぞ」
創った川を凍結させ、氷の花を咲かせる。椿の容を模したそれを刈り取り纏めれば、氷結の花束が出来上がった。
「氷の花束、か。つまるところ水関係の魔法が得意なのか?」
「花を咲かせることも出来ます。他にも色々と出来ますが貴方は何を見たいんですか?」
「コレがカメリアであると分かっていて咲かせたのか?」
「え?」
「カメリアは軍人に忌み嫌われている。何故か分かるか? 花の根元から落ちる様が斬首に似ているからだ。それを分かっていて俺に渡したのか、と訊ねたんだ」
成る程、だから日本の風習を知り得ない筈のマイヤーさんが知っていたのか。アレは日本の風習ではなく、この国の風習。あの言葉の意味は〝咲かせる花に気を付けろ〟ということだったのかもしれない。
「この国でその風習があるとは思っていませんでした。ですが一般的にカメリアは縁起物。双方にいい巡りがありますように、との意味でカメリアを選びました。この国の縁起物を教えていただければ、そちらを咲かせてみせましょう」
「いい。俺が見たかったのは度胸だ。顔色一つ変えず魔法を使う様は悪くない。俺に何か言われても、しっかり自身の言葉で意思を紡いだ。見た目にそぐわず芯があるようだな。
この階の部屋なら好きに使って構わない。不老不死とやらの解明を楽しみにしているぞ」
控えめな微笑に彼が、どういう人物か分からなくなる。仏頂面の裏に何があるのか、の方を解明したい心持になった。
アリスさんに氷の花束を渡す様は一見優しい父親だ。それを傍から見ているレノスは、何故か不満そうな表情を象っていた。
「じゃあいいわね~、はい、帽子ちょうだい?」
「そこの戸棚に閉まっている。勝手に持っていけ。それで……リアで良かったか?」
「いいえ、椿です。緋山椿です」
「ツバキ、何故不老不死を求めている?」
「アッシュと添い遂げる為です」
「その男は悪魔だろう」
「関係ありません。私は契約した時の約束を守りたいので、マイヤーさんに会いに来たんです」
「マイヤーに会うことと不老不死になんの因果がある?」
「薔薇十字団は元々不老不死を追い求めている秘密結社です。その三賢者ともなれば何かご存知かと思いまして」
「それで何か見つかったのか?」
「いいえ、マイヤーさんには自分をその気にさせてみろ、と言われてしまったので模索中です」
「そうか。ところで君の容姿は能力か何かか?」
白すぎる肌や赤い瞳のことを指してだろう。彼が奇異の目で見ているとは思えない。好奇心の類だろうと思い、素直に答えれば「下がっていい」と言われた。
暗に出て行けと言われた気がする。ココに居座るわけにもいかない私は、今夜寝泊りする為の部屋へ向かったのだった。




