第58話「今様色の威圧」
「お前、真っ白ね」
突如指を指され動揺する。けれども、表情に出ない様を認めた彼女は私に向かって「人形みたいでつまんない」と吐き捨てた。
「おい、クソガキ。今なんて言った?」
「アッシュは、すぐに噛みつかないで」
すぐさま少女を睨み付けるアッシュを咎め、彼女へ目をやる。怖がっているかと思いきや、彼女は青筋を立て大口を開けた。
「口の利き方がなってないわね! お前の方がクソガキでしょ! バーカ!」
「ふざけんなよ。俺が何百年生きてると思ってんだよ!?」
「何百年!? 私よりジジイじゃない。何自慢げに言ってんの?」
「このクソガキ殺してやろうか?」
「いいわよ? 相手にしてやるわ、レノスが」
「ふざけんなよ!? なんで俺が戦わなきゃいけねぇんだよ!?」
「黙って戦いなさいよ。帽子が欲しくないの!?」
「欲しいけど! お前は今作れねぇだろ!」
アッシュと喧嘩していたかと思えば、今度はレノスと口論を始める彼女。街行く人達は騒がしい私達を一瞥し、通り過ぎていく。それがどうにも恥ずかしくて、止めに入ろうとしたその時、マイヤーさんが手を叩いた。
「続きは中でやりましょう。アリスちゃん、注文してた帽子は出来てるかしらぁ?」
「勿論、完璧よ」
「フフッ、見るのが楽しみね」
散々振り回された私達が二人の背を見つめながら肩を落とす。ふと視線が合った青年は私に会釈すると開口した。
「さっきはすみません、俺、レノス・フリートです」
「私は椿、コッチはアシュリーよ」
アッシュが軽く頭を下げる。彼は、それに倣うよう同じような仕草を取っていた。先程は短かった鎖が伸びている。何事かと観察していれば、レノスが私の視線の先を辿っていた。
「伸縮するんですよ。この鎖」
「なんで?」
「分かりません。俺達は何故か鎖で繋がれて鏡の国から追い出されたんです。お陰で俺は帽子もないし、入軍は出来たけど、この通りアリスのお守りです……ってベラベラ喋っちゃいましたけど、マイヤーさんの連れってことでいいんすよね?」
「そうね。まぁ色々と一筋縄ではいかないんだけど」
「ふーん」
さして興味が無さそうな返事に、私はそれ以上話すのをやめた。
教会の中は至って普通の空間だ。勿論〝一階は〟というだけで、奥に進めば進むほど廊下は入り組み、エレベーターが登場したあたりから、不思議な感覚を覚えた。
普通の世界というのは、著しく発展しないものだ。にも関わらず、古めかしい街並みに沿わない文明の利器がココにはある。それが、どうにも腑に落ちず、私は考えを巡らせた。
全員がエレベーターに乗り込んだのを確認してから、二十二階のボタンを押すマイヤーさん。少しの揺れと共に身体が浮上する感覚は、なんとも言い難かった。緘黙のエレベーターが目的地についたことをベルで知らせる。廊下を歩いて行くと、行き止まりの先に観音扉が在った。
四回のノックの後に、中から男性の声が聞こえる。低く唸るような声音は不機嫌を思わせるかのようだった。
「アンタはいつになっても愛想一つ振り撒けないのねぇ」
「黙れ。俺の仕事はそれじゃないんだ。メリットもないのにニコニコ出来るか」
「アンタの場合は単に笑うのが苦手なだけでしょ~、それよりアリスちゃんに頼んだ帽子はどこ? ハルトに預けたって聞いたんだけど?」
「ああ、預かっているぞ。それより、その二人を紹介しろ。正体不明の輩を教会に招き入れていいと言った覚えはないぞ。マイヤー」
「せっかちねー、アタシと同じウィッカのリアちゃんと、悪魔のアシュリー君」
「マイヤーさん、ちゃんとした名前で紹介してください」
「あら、いいじゃない。名前なんて覚えちゃいないわよ。この男は馬鹿なんだから」
「出鱈目を言うな。顔と名前くらい一度聞けば覚えられる」
「カル坊は頭が固いわよね、レノスぐらい馬鹿でいないと馬鹿になるわよ」
「アリスさんは意味の分からないことを言わないでください」
随分と鋭い目つきをしている。激しい戦場を駆け抜けてきたような威厳は、簡単に身に付くものではないだろう。
丁子色の癖毛の短髪に軍服を纏った彼はレノスと違い、見るからに軍人のようだった。書類に落したままだった目線が上がる。視線がかち合うと凄まじい威圧感に気圧された。
 




