第47話「洗朱の綻び」
「いいの? 君の主だよね」
声が聞こえ入口を仰ぐ。そこには見たことのない男が立っていた。
優し気な顔立ちが険しさを象っている。気配がしなかったということは、それなりに強いのだろう。警戒心を強め睨み付けていると、彼も同じように眉根を寄せていた。
「誰だよアンタ」
「メルキオールのチェスター・ケイン。暴走しかけてたし覚えてないよね。君を寝かせたのは俺だよ」
「寝かせた……?」
「そう。何か思い出したんじゃない? ついでに君達の繋がりを一時的に遮断させて貰った。椿のことは、ちゃんと分からなくなってる?」
「今なんて言った……?」
「彼女は契約を破棄してない。俺が無理矢理、君達の繋がりに細工をしたんだよ。一度、離れて考えて欲しかったから」
「余計なことを……!」
「アレが君達の本音だよね。繋がりに甘えていた君達の綻びだ。心が繋がっていても一言一句分かる訳じゃない。ましてや流れ込んでくるのと、理解してあげられるのはまた違う。話し合いにならないのは、お互いの主張をぶつけているからなんだよ」
「だからなんだって言うんだよ!? 俺達のことはアンタには関係ないだろ!?」
「関係ある。世界を壊しかねない不安因子が関係ないわけないんだよ」
「世界?」
スケールの大きすぎる話に眉が撥ねる。表情一つ変えない彼は、まだ若いというのに威厳といえるほどのオーラを纏っていた。
「俺にも、かつて愛した悪魔がいた。そして繋がっていたからこそ失くしたんだよ。……繋がっているのは心地良いよね。言葉にしなくても分かったような気になって、けれど、全てが分かるわけじゃないから、知らない事実に甘えていられる。
俺や彼女のように視える人間は、言葉を口にするのを怖がる傾向がある。そんな俺達が、それに甘えないわけがないんだよ。人と分かり合うよりも、ずっと安心出来るし、傷付かない。でも、それじゃダメなんだ。彼女には、ちゃんと世界の広さを教えてあげなければいけない。
君も、そろそろ過去に向き合わないといけないよね。戻った記憶と、どう向き合うかはアッシュの自由だよ。でも俺達のように間違えないようにね」
「なんでそんなに詳しいんだ」
「アッシュのことについてはクレイグに聞いているだけだよ。俺達は友人なんだ」
「クレイグと……?」
「まだ思い出したいなら協力してあげてもいい。でも生きていた頃の記憶が戻ったのなら、なにもしなくても思い出せるよ。アッシュの初めての主は、君に幸せになって欲しいと思っていたみたいだしね」
意味深な言葉に睥睨を向ける。いつの間にか柔らかく笑んでいた彼の瞳は郷愁に揺れていた。どうやら先程並べた言葉の羅列は出まかせではないらしい。
「チェスターさん、ツバキが泣いてたけど何があったの?」
知らない男が椿の名を呼んでいる。俺の知らぬところで交流が増えているのは、良い気がしなかった。
「あ、起きたんだ。良かった。具合はどう?」
「おい、椿がどこ行ったか教えろ」
「え?」
「どっちに走ってったか教えろって言ってんだよ」
「人に物を頼む時は言い方ってもんがあると思うんだけどな……」
「いいから早く!」
「コレも何かの縁だね。公演も終わったし手伝うよ。ツバキを探そうか」
人畜無害そうな雰囲気を携えていたくせに、その類の人間ではなかったらしい。不敵に笑む姿は青年のそれではなかった。




