第45話「纁色の落涙」
「私はアッシュが好き。でも、アッシュには好きな人がいるの」
「好きな人って……」
「もう亡くなってるんだけどね。でも亡くなってるから絶対に勝てない。ねぇ、死んだ人に勝つにはどうすればいいのかな……」
バレていることなど分かっている。それでも言葉にしなければ誤魔化し続けられると、心のどこかで信じ続けていた。彼が自分で歩み寄ってきてくれない限りは、曖昧なままでいなければいけない、と思っていたのだ。
「ツバキ?」
「……ごめんなさいっ……」
これは何年分の涙だろう。堰き止めるものがなくなったせいか、落涙を止める術が分からない。滝のように溢れる滴が頬を濡らし、やがてスカートに滲みを作っていく。サラは慌てるでもなく、私の隣で背を撫でてくれた。
「大丈夫。我慢しなくていいのよ」
そういえばアッシュも、こんな風に慰めてくれたな、なんてことを思い出し胸が熱く痛む。誰かに心臓を握られているかのような錯覚に息苦しさを覚えたけれど、温もりは人肌で、心地良いような気もした。
背を撫でていてくれた手が旋毛に移動し、やがて私を包み込む。アッシュほど大きくないサラの腕では〝包み込む〟には到底足りない。それでも彼女の行動から一つ一つアッシュへの想いを実感した。
自身で首を絞めていることは分かっている。それでも、咽頭をせり上がってくる想いを制御する術など私は知らない。今迄、食い潰されていた感情に襲われるのは、思った以上に辛苦を伴い、私の身体を侵した。
「苦しいのっ……ふっ……全然、愛して貰えてないなら諦めもついた……でも、中途半端に愛されると……グスッ……思っちゃうのよ。どうしてエノーラさん以上に愛してくれないの……?」
失くすのが怖い。離れて行ってしまうのが怖い。嫌われるのが怖い。不老不死を追い求めることを、完全に彼の為だとは思っていなかった。
それでも自分は、どこか綺麗な人間だと信じ込んでいたのかもしれない。それを追い求めるのはアッシュの為だと信じて疑わない自分がいたから。
「そんなに綺麗な人だった……? そんなに優しい人だったの……? そんなに素敵な人だった……? 私の知らないアッシュを知りたいのに、思い出話にはいつも……いつも……いつも……あの人が出てくる……忘れてくれたらいいのに……忘れられたらいいのに……私が彼の初めての主になりたかった!」
けれども蓋を開けてみたらどうだ。私が不老不死を追い求めるのはアッシュの隣を奪われたくないからだ。彼の為だなんて白々しく吐いた嘘が今更ながら還ってくる。肺に刺さった槍が患部を深く抉っていくのが分かった。
なんて汚い感情なのだろう。恋心とは、こんなに穢れたものだったのだろうか。知られたくない。その思いが強過ぎて、私はいつの間にか自分をも騙すようになっていたのかもしれない。繋がっていたから、私は彼とちゃんと向き合えなかったのだ。
歪んでいることに気付け、ということだったのかもしれない。私は周りが思っている以上に腐敗していたのだ。醜い恋心が独占欲を剥き出しにしていく。私はいつも愛して欲しいと思いながら、彼を愛していたのだと思い知らされた。