第42話「東雲色の秘密」
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「クリス君、フィーロ君って、どこにいるかな?」
「フィーロならプライベートテントにいると思う。って、なにその荷物」
「俺の友達なんだけど倒れちゃってね」
「ふーん、運んであげようか? フィーロのところでいいんだよね?」
「あ、うーん、クリス君の能力で運べるか分からないから遠慮しておくよ。じゃあ、俺達はこれで」
「そう」
金髪の美少年が淡々とした音吐で問いに答えていく。〝能力〟とは何のことだろうか、と小首を傾げていると目が合った。些か肩を揺らし様子を伺うも、彼が何かを言うことはない。私のことが見えていないかのように踵を返す様は、とても礼儀正しいとは言い難かった。
濃紺の衣装に身を包んでいるあたり、彼もサーカスに出演するのだろう。そろそろ開演の時間なのか、擦れ違う人々は皆慌ただしく駆けずり回っていた。それを気にする様子もないチェスターは、どんどん奥へと進んでいく。テントの間を縫って歩いていたかと思えば、あるテントの前で立ち止まった。
「フィーロ君、忙しい時にゴメンねー。ちょっと開けて貰えるかな?」
「あ、はい! ちょっと待ってくださいね!」
爽やかな声が少しくぐもっている。中から出てきたのは、栗色の癖毛を携えた愛嬌の溢れる青年だった。
「どうぞ!」
「急にゴメンね。ちょっと友人が倒れてしまって。どこかで休ませてあげたいんだけど、どうしたらいいか分からなくて」
「そうだったんですか!? 中に入ってください! チェスターさんも、そのままだと大変ですよね。俺のベッドに下ろしていいので。貴女も、どうぞ」
愛想のいい笑みを浮かべられ、笑みを返す。ごく自然に口角が上がったことで私は絶望した。本当に彼と繋がっていないのだ、と実感させられてしまったから。
「どうしました?」
「いえ、なんでも、ないです」
目線を爪先に落とし、首を傾げる。私の目に飛び込んできたのはフローリング。慌てて辺りを見渡すと、ホテルのような空間が広がっていた。
消沈していて気付かなかったが、このテントはおかしい。外装は普通のテントだというのに、中は見た目の質量にそぐわない内装をしていた。
「なにこれ……魔法?」
「コレも彼らの能力だよ」
耳打ちされ思わずチェスターを仰ぐ。すぐさま離れていった彼はアッシュをベッドに転がすと、青年の方へ身体を向けた。
「カーニヴァルもあって忙しいのにゴメンね。助かったよ」
「チェスターさん!?」
「フィーロ君、何分くらい大丈夫かな?」
「え? 五分くらいですかね……どうしたんですか?」
「じゃあ少し紹介させて貰うね。フィーロ君、この子は俺の同業者、ウィッカで緋山椿。そして椿、彼はこのサーカス団でクラウンをしているフィーロ・リリー君。不老不死の能力を持っている青年だよ」
「この人が……」
「はじめまして」と言われ慌てて挨拶を返す。〝同業者〟との言葉に溜飲を下げたらしいフィーロ君は柔らかな笑みを浮かべ握手を求めてきた。
「ウィッカってバラシていいの?」
「俺は構わないよ。代わりに彼らの秘密も教えて貰ったからね」
「秘密?」
「この国は面白い試みをしていてね。フィーロ君が所属するサーカス団は政府直属特殊部隊なんだ。犯罪、クーデター、貧困による格差。それらを秘密裏に解決するのが彼らの仕事。その総称を〝カーニヴァル〟って言うんだよ」
「チェスターさん、あんまりバラさないでくださいね。俺がヤムさんに怒られちゃいますよ」
ハハッなんて笑う様は好青年そのもの。けれども、不老不死ということは、見た目通りの年齢をしているわけではないのだろう。つまるところ、私と同じ年程の青年という認識は改めた方が良いように思えた。