第40話「浅緋の拘束」
「ねぇ、どうしてここにいるの?」
容姿は天使のようだった。プラチナブロンドの腰までの髪。桜色の瞳。可愛いとも綺麗とも言える均衡の取れた顔立ちは、今迄見てきた人間の中で一番美しい。それでも彼女の成長を見ていた俺の感想は「綺麗になったな」だった。
「そういう仕事なの」
「愛想悪いわね。バーゲスト」
此方を真っ直ぐ見つめてくるのに、彼女の口吻は顎を反る令嬢のようだった。気位の高い女児ほど面倒なものはない。正直に顔を顰めると、彼女はまた「嫌な顔するなんて嫌な犬」と言った。
嫌なら話し掛けなければいいじゃないか。大人が撤退した後も墓前で蹲っているから、ただ寄り添っていただけなのに。溜息を吐くと、彼女も溜息を吐く。可愛くない子供は嫌いだ。
「名前は?」
「ない」
「名前ないの?」
「必要ない。視える人間は俺をバーゲストって呼ぶし、そういうもんだから」
「じゃあ、名前を付けてあげる」
「要らない。人間に名前を付けられると拘束されるから」
「そういうのは知ってるのね」
「アンタこそなんで知ってんの?」
「私、魔女なの。丁度、使い魔が欲しいと思ってたのよね」
彼女はそう言うと、俺に真っ赤な首輪を嵌める。葬儀中ずっとバックに首輪をしまい込んでいたのか変わった少女だな、と思っていれば、ご丁寧にリードまで付けられた。
「君の名前はアシュリー。アッシュって呼ぶわね」
「飼い犬気分かよ。好きに呼べば」
「本当に愛想ないわね」
「はぁ……なに? ママが死んで悲しいの?」
「そう、大きなお屋敷には私一人。そのうちそこも追い出されるわ」
父親は死んでいない筈だ。それでも彼女がそう言うということは、それが事実なのだろう。煽風が彼女の髪をはためかせる。真っ黒なワンピースも舞い上がっては揺れていた。ヘッドドレスからは涙を溜めた眼が伺える。一人ぼっちという点が俺と似通っていて、心がざわついた。
「なんで? アンタの家でしょ?」
「いつの間にか名義を変えられていたのよ。私の家には叔母さんが住むんですって」
「居座ればいいじゃん」
「そう簡単にいかないから、ここで泣きべそ掻いてたのよ。なのに全然、慰めてくれないし」
「泣いてなかったじゃん」
「心は土砂降りよ。晴れそうにないくらいね」
無理にでも笑う彼女の眉根が寄っている。そんな表情を浮かべるくらいなら素直に泣けばいいのに、と思った。
ここは老若男女問わず哭す場。たかだか十四の少女が自身を諫めなくてもいい筈だ。そう思うのに、なんと伝えていいか分からず、俺は結局全く関係ないことを口にしていた。
「アシュリーって誰の名前?」
「前の犬」
「俺にはピッタリだね」
鼻で笑ってやれば彼女が噴出する。今日はじめての笑みは、黄昏時に輝いているように思えた。花の顔が綻ぶ様は壮観だ。ずっと笑っていて欲しい。俺は、この時たしかにそう思っていた。