第39話「香色の途」
*
嫌いなものが多い途だった。俺は人ではないが、歩んできた途を〝人生〟としてみよう。
俺の人生には嫌いなものが沢山溢れていた。例えば土の匂い。例えば闇。例えば人。エノーラが死んでからは、プラチナブロンドが嫌いになった。桜色も、優しい笑みも見たくなかった。だから、邂逅の際、俺に柔らかな笑みを向けた椿が嫌いだった。
助けた理由など至極単純なものだ。彼女が〝泣いた〟から。笑っていなかったから。ただ、それだけだった。
もしかしたら本能のようなものだったのかもしれない。エノーラも俺を見つけた時、たしかに〝笑って〟いた。
エノーラは英国の貴族。それでも彼女は申し訳程度の爵位しか持っておらず、暮らしも質素そのものだった。言葉を交わしたのは彼女の十四の誕生日。その日は母親の埋葬の日だった。
英国では新しく墓を造る際に〝最初に埋められた死人は天国に行けず墓地の番人になる〟という迷信がある。その為、黒犬を埋めるのが一般的で、俺は気付いた時には既に墓守をさせられていた。
誰にも見て貰えない〝頑張り〟とは虚しいものだ。雨が身体を打つこともなければ、暁風に晒されることもない。灰雪が俺を包むこともなかったが、ずっと寒さを感じていた。身体を通り抜ける時の流れに、自分一人が置き去りにされたような感覚を得る。満たされることのない虚を抱えながら、それでも俺は律儀に墓守を続けていた。
墓場に来る子供には時折、俺の姿が視える者もいる。そんな時は葬儀で飽きた幼子の相手をしてやった。
からからとした笑声。屈託ない笑み。俺は知らず知らずのうちに、それをつまみ食いして自身の心を穏やかに保っていたのだと思う。要は寂しかったのだ。けれども、この感情を〝哀愁〟だと教えてくれる人は居らず、人が埋められる様をジッと見ていることしか出来なかった。それは恐らく見守っていたのではない。俺の心の隙間も埋めて欲しいと魂願していたのだ。
エノーラには昔から俺が視えていた。けれども、彼女は珍しい子供で、俺に話し掛けてくることはなかった。
ただの一度も無かった為、俺も彼女に関わる気などなかったのだ。嫌いではない。けれども、そういうものなのだ、と認識していた。




