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椿の花が枯れるまで【ノベル大賞2次落選作】  作者: 衍香 壮
第4章「魔法と特殊なカーニヴァル」
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第38話「鉛丹色の拒絶」

「人と悪魔が愛し合うと、必然的に悪魔を置いて逝ってしまう。バーゲストは人に縛られている悪魔だから、契約したまま主が亡くなると一緒に亡くなってしまうけれど、大抵はそうじゃない。ずっと、ずっと生き続けるんだ。

 家に仕えている悪魔はいい。子孫が続けば主に事欠かないからね。違う主を見つけられる悪魔も問題ない。人が好きな悪魔だって問題ないんだ。じゃあ、ここで問題なのはどんな悪魔だと思う?」


 アッシュを背負い直した彼が、煉瓦造りの路を曲がる。時折、街行く人に挨拶をしているあたり、人懐っこい性格であることが分かった。


「アッシュのような子だよ。こういう子は主を亡くすと暴走して、最悪世界を滅ぼしかねない。こういう子は祓魔師に頼んで、祓って貰わないといけなくなるんだ。けれど、悪魔は死ぬことがない。再びどこかで目覚め、また失くしたものを探し求めるんだ。彼らのような存在を亡霊にしてしまう。それが〝恋〟だよ」


 言葉が出なかった。私に左右されるアッシュを見ていれば、そうなってしまうことは容易に想像できる。けれども、私はそうならないように足掻いているのだ。他人に、とやかく言われる筋合いはないように思えた。


「俺も、かつて悪魔を愛した。結果は、どうなったと思う?」


「何が言いたいんですか?」


「彼女は自ら身を滅ぼしたよ。だから契約を切って自分の手で闇に帰した」


「どうして……」


「俺は世界と彼女を天秤にかけて、世界をとった。世界をとる俺に彼女を愛する資格はない。初めからそういう運命だったんだよ」


「チェスターは愛することを諦めたの?」


「諦めたんじゃない。愛する対象を〝世界〟に変えただけだよ。三賢者になったのなら、この世界を守る使命があるんだ。勿論、君達のような不安要素は見逃せない」


 成る程。つまるところコレは、クレイグとチェスターの企みだったのだ。バフォメットのクレイグとウィッカのチェスター。面識があっても不思議ではない。ウィッカが悪魔と契約するのは、なんらおかしなことではないのだ。二人が手を組んでいても不思議ではなかった。


 契約破棄させたいクレイグと、世界を守りたいチェスター。これは端から仕組まれていたことだったのかもしれない。


「私に、どうして欲しいんですか?」


「まだ答えは求めない。〝彼〟に会って自分がしようとしていることを今一度見つめてみて。それまでアッシュとの契約を一時中断たせて貰ったからね」


「え……?」


「彼の感情が流れて来なくなったよね?」


「うん」


「緊急事態だったから、さっきやらせて貰ったんだ。アッシュが苦しんでいても椿には分からないし、椿が苦しんでいてもアッシュには分からない」


「どうして勝手にそんなこと……!?」


「そうじゃないと彼は眠りにつけないでしょ? 彼には今一度〝過去〟を見つめて貰わないといけない。トラウマから救われる為には、そうするしかないんだ」


 三賢者と言えど、チェスターにそんな権利があるのだろうか。笑ってくれるようになったアッシュを、彼はまた泣かせるとでも? そう思うと怒りが湧く。けれども、寝ているアッシュを背負っている彼を攻撃するわけにはいかない。奥歯が軋むほど歯を食いしばる私に、チェスターが気付く素振りはなかった。


「チェスターはアッシュを苦しめたいの?」


「違うよ。自分を持って生きて欲しいんだ。契約というのは、どうしても相手に傾倒してしまう。主が一人で、従者が一人である時は、それが顕著に表れるんだ。

 依存するのは簡単だよ。〝相手の為〟それを免罪符に何だってしてあげられるからね。でも、その先にあるのは破滅だ。相手に依存すればした分、その反動は大きい。虚が広がり、やがて自らをも呑み込んでしまう。その時、抱きしめてくれる〝主〟は、もういない。アッシュの場合は一度主を亡くしている。二度目は確実に暴走では済まないよ」


 分かっている。分かっているのだ。けれども、口にしたところで〝分かっていない〟と言われるのがオチだろう。わざわざ否定される為に言葉を紡ぐなど馬鹿馬鹿しい。


 それからの私達は無言だった。歩みを進める足は確かに前へ進んでいる。それでも、お互いの主張をぶつけ合うだけの私達は、何一つ進んでなどいなかった。


 言葉を受け入れられないのは、受け入れる気がないからなのだろう。人間とは、自身と違うものを執拗に拒むように出来ている。それは勿論、彼も私も同じだった。

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