第37話「丹色の禁忌」
「どうぞ手を」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか。では行きましょう。彼をこのままにしておくわけにはいきませんしね」
彼の声を耳半分に、そっと立ち上がる。汚れを叩き落としてから彼を見据えると、いつの間にかアッシュを背負っていた。
「あの……」
「ご挨拶が遅れました。俺はメルキオールのチェスター・ケイン。一応、黄金、王権の象徴と言われています」
「緋山椿です」
「存じております。話は歩きながらしましょうか。バーゲスト君をこのままにしておけませんしね」
「アシュリーです。アッシュって呼んでやってください。私のことは椿で大丈夫です」
「椿さんにアッシュ君ですね。俺のことは呼び捨てで構いませんよ」
「なら私も呼び捨てで構いません。敬語も要りません」
「随分と人を信じやすいんだね」
柔らかく緩む眼の奥で、菜の花色の瞳が存在を主張している。深緑色の髪は右分けで、清潔感溢れる髪型になっていた。少し長めの襟足が風で靡いている。アッシュの髪も同じように波打っていて、砂ぼこりが舞うそれは私のローブをもはためかせた。
「クレイグにメルキオールに会いに行け、と言われました。メルキオールは青年の姿の賢者。アッシュのことを眠らせることが出来るあたり普通の魔力は持ち合わせていない筈。貴方を疑う必要はないと判断しました」
「敬語は要らないよ。それと制御出来ないなら悪魔と契約なんてしたらいけない」
「ごめんなさい。あんなこと初めてで……」
歩き出したものの思わず立ち止まってしまう。「行くよ」との目配せに、足を踏み出さないわけにはいかなかった。
街並みは十九世紀頃の北欧に似ている。煉瓦造りの路を踏みしめると、ローファー越しの爪先が少しだけ痛んだ。
「君達の事情はクレイグに聞いている。だから君達が何を探していて、何をしに来たかもちゃんと理解してる。だからちゃんと〝不老不死〟には会わせてあげるよ。でもね、椿には少し考えて欲しい。君が為そうとしていることの意味を」
「薔薇十字団は元々不老不死を追い求めている組織ですよね。なのに、どうして誰も本気で〝知ろう〟としていないんですか?」
「追い求めた人間ほど、知り得る必要はないと実感したからだよ。椿、どうして人間と悪魔が愛し合ってはいけないんだと思う?」
「禁忌だからですよね」
「その先を考えたことはない? 何故、禁忌なのかって」
そう言われると考えたことはなかった。単純に異種族だからではないのだろうか。それとも悪魔は闇を生けるものだから? いや、それならば悪魔と契約することも禁止されている筈だ。
そもそも〝禁忌〟と言われているだけで、誰も本気でとってはいない。不老不死を追い求めると顰蹙を買うが、それだけだった。
悪魔を愛することも同じだ。時代の流れなのかもしれない。けれども、彼が求めているのが、そんな答えではないと分かっていた。