第26話「猩々緋の約束」
「椿、俺を殺してくれる?」
「やだ。アッシュが死ぬのは……」
背中に刺さった口舌に思わず背後を仰ぐ。目を瞠ったまま彼に向き直って胸元に縋ると、その手を握りしめられた。黄昏時の橙が私達を照らす。彼の白皙も赤みがかっており、温かな色合いをしていた。
「死ぬ時は一緒だよ。椿が死ねば俺も死ぬ。ただ、それだけの話。その代わり、この先ずっと椿の傍にいてあげる。泣き虫な君の涙を俺が引き受けてあげるよ」
「ずっと一緒にいてくれるの?」
「うん」
「寝る時も? ご飯食べる時も? お家でも?」
「椿がそうしたいなら」
「本当?」
「うん。でも、お願いがあるんだ。たとえ火炙りでも、餓死でも、溺死でも絶対に解かないで。椿と死ぬ為に俺は生きてるんだから」
解いた手が私の頬を包み込む。大きな掌と顔の近さに狼狽していると、彼のかんばせが少しずつ近づいてきた。反射的に目を瞑り唇を引き結ぶ。さすれば額に彼の温もりを感じた。
「いい? 忘れないで。絶対だよ。この約束は絶対破らないで」
もう一度目を瞑って瞼を上げると、一度として落涙したことのない彼が号泣していた。私の涙は、いつの間にか引っ込んでいて出てくることはない。その日から私は表情を象ることが出来なくなった。
契約を結んだ年の誕生日、彼は漆黒のローブをくれた。それは今でも宝物で、彼はいつも身に付けているよう私に言いつけた。
漆黒のローブは彼の毛で作られているものらしい。コレを身に付けていれば寒さも感じないし、暑さも感じない。凍ることもなければ、焔に身を焼かれることもなかった。
本当は誰にプレゼントしたかったのか、それを思えば胸が爛れた。それでも彼は私を大切に思ってくれている。それでいいではないか。彼女はいないし、私は彼の唯一無二。心に一人棲まわせているくらい何だというのだ。それでも、何故彼の心が私一人のものにならないのか、その答えを探し続けていた。
ぶちまけてしまいたい。私のことも、あの人のように愛して、と。私のことも、あの人を語るような貌で話して、と。心に棲まわせるのは私だけにして、と。そんな想いを呑み込み続けた咽頭は、既に焼け爛れて膿んでいる。
どうやらこのローブは嫉妬の焔から私を守ってくれることはないらしい。いくら呑み込んだところで、彼には筒抜けなのが憎らしかった。だって全てを分かっていながらも、彼は進もうとはしなかったから。だったら、誰かに隣を明け渡したりなどしたくない。私が彼の隣にいたい。だって……
——愛してるから。




