第25話「茜色の契約」
小学生になると無理矢理にでも人と接する機会が増える。そこで私は改めて、自身の容姿が異様であることを知った。勿論、虐めの格好の餌食である。白い肌が傷付くと、やたら目立つ為、すぐさま教師が飛んできて庇ってくれたが、それも続く筈がなかった。だって教師ですら私のことを恐れていたのだから。
私に触ったら移るとでも思っているのだろうか。それとも呪われるとでも? 「悪魔」という罵りに、私ははじめて「悪魔」は悪いものなのだと知った。私の中の悪魔はアッシュなのだ。優しい彼が、人を慈しむ彼が、悪いモノだなんて思う筈もない。犬好きの私には、犬の姿も可愛いものにしか思えないし、人型のアッシュは綺麗な顔をしていて温かい。私を虐げる人間より、アッシュの方がよっぽど人間らしい心を持ってる気がした。
「もう嫌だよぉ……! 学校行きたくないよぉ……!」
河原で哭する私に人型のアッシュが口角を引き攣らせている。お構いなしに不平不満を口にしていると彼に抱きかかえられた。
胡坐を掻いた足の上に乗り、少し高くなった視界と温もりを感じる。それにまた落涙し、目元を擦っていれば頭を撫でられた。
「そんなに嫌なら殺す?」
「殺したらまた悪魔って言われるもん……!」
「いや、そこは『殺しちゃダメ』って言うところね。椿も大概ズレてるよね。まぁ、でも〝悪魔〟ならお揃いだ」
「悪魔が良かったよぉ……!」
「椿は悪魔になりたいのか、なりたくないのか分かんねぇな」
呆れたような音吐で私の涙を拭う彼。大きな掌を捕まえてジッと眺めていると疑問符を浮かべる彼がいた。川辺の風は冷え切っている。彼の温もりに包まれていても、薄ら寒かった。
「アッシュと同じが良かった」
「なに? 生きていたくないって言うわりに、死にたくもないの?」
「違う。アッシュと一緒ならいいなって思ったの」
「言ってる意味が分からないんだけど」
「私も寂しいし、アッシュも寂しいなら同じでしょ。同じなら一緒にいれば寂しくないかなって。アッシュといるとね、胸がフワフワするの。普段はぎゅーって痛くなるココが『楽しい』って言うんだよ」
自身の胸元を指し、屈託ない笑みを浮かべる。顔を顰め暫し逡巡した彼は、形のいい唇を真横に引き結んでいた。
「椿は優しいね」
「優しい?」
「うん。椿は優しくて——だ」
ああ、この言葉が聞こえなくて何度か訊き返したことを覚えている。彼は最後まで教えてくれなかったが、なんと言っていたのだろう。そういえばこの後、私は彼に契約を持ちかけられたのだ。
幼い私の中で、私は思い出す。目頭が熱くなるほどの愛しさと、胸を抉るような切なさを。それは、呑み込んだ言葉の重みを切に表していた。