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椿の花が枯れるまで【ノベル大賞2次落選作】  作者: 衍香 壮
第2章「心を侵された二人と奇病探偵」
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第24話「紅緋の諦念」

「お前、どこから来たんだよ」


 黙って高層マンションを指差せば彼が再び溜息を吐く。恐怖に慄いていると、背を優しく撫でられた。


「怯えんな。ここら辺に在ったのはお前の魔力だったんだな」


「ま、りょく?」


「ああ。お前は強いから下手なもんは寄って来れないんだよ。でも外に出ると違う。俺みたいなのがいるから下手に出歩くな。死ぬぞ」


 死を理解していなかった私が、彼の言葉を全て分かるわけもない。首肯した私に安堵の息を漏らした彼は、言われるがままにエレベーターに乗った。地上が、どんどん遠のいていく。エレベーターの中で私を下ろした彼は犬に戻り口を開いた。


「いいか。次、俺に声を掛けたら喰ってやるからな」


 凄みの利いた声には驚いたものの、人が犬に変わったことの方に感動を覚えた私は、そんなこと気にする余裕もなかった。ただただ目を輝かせ見つめる様に、彼も嫌な予感はしていたのだろう。予想していた反応と違うぞ、という表情が犬の姿でも分かり笑いを誘った。


 そのうちエレベーターが予定の階に付く。扉の先には狼狽したお手伝いさんがおり、私は彼女にきつく抱きしめられた。


 今思えば随分と酷いことをしてしまったと思う。アッシュがいなければ、どうなっていたことか。その後アッシュを指差し、あった出来事を語ろうとするも、お手伝いさんに彼が視えることはなかった。「何もいないわよ」そう言って困惑する姿に、私は彼が犬ではないことを本能で認識したのだった。


 その後、幾度となく抜け出した私は、河原で彼の隣に腰掛け幾度となく話し掛け続けた。やはり私は悪魔に取り憑かれていたのだろう。そうでなければ、あんなことする筈も無い。


 初めは全て無視していた彼も、私のしつこさに諦念を浮かべ、少しずつ自身のことを話してくれるようになった。


 名前は〝アシュリー〟。前の主には〝アッシュ〟と呼ばれていたこと。その人を、とても愛していたこと。その人が、とても大切だったということ。その人といた時間が、とても幸せだったということ。その人との未来が、もう叶わないということ。最期は、その人に裏切られてしまったこと。死に場所を探して流離っていること。ぽつり、ぽつりと紡がれるそれは、独り言のようにも、懺悔のようにも聞こえ、私は知らない筈の世界を体感しているかのような錯覚を起こし泣いてばかりいた。


 そんな私に彼は、いつも「泣き虫だな」と言って溜息を吐くのに、けして馬鹿にしたりはしない。何故かを問うと〝前の主に泣いて欲しかったから〟と言っていた。


 よく笑う人だったそうだ。彼女(・・)は快活な人で、涙なんか見せなかったらしい。魔女裁判にかけられて火刑に処された時も、彼女はアッシュに「生きて」と紡ぎ灰になった。悪魔は死ぬことがない。〝死〟という概念がないのだ。故に彼は彼女を追うことが出来なかった。死んだように生きて、彷徨って、いつの間にか日本にいたらしい。永い時を生き過ぎて、ただ茫然と座り込んでいた時、私が現れた。


 語るところを眺めていると、彼が私を嫌っているようには見えない。子供には難しいことだらけだったが、彼が寂しがっているのだけは分かった。悪魔から感情を学ぶだなんておかしな話かもしれない。けれども私は、彼を見ていて、自らも〝寂しい〟と感じていたことに気付いた。

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