第12話「真紅の嫉妬」
「えっと……そういえば私に声掛けて来た時も、人探してたみたいだけど」
「あ、うん……その……俺、いつも城で菓子作りをしてるんだけどさ。弟子が……アンジュって言う、見た目が椿にそっくりな子がね。街を見てみたいって言うから、特別にエディに……ああ、金髪の子ね? エディに護衛をして貰ってたんだけど、如何せん貴族の子だから歩き慣れてなかったみたいで、はぐれちゃって……」
「それで私に声を掛けたんだ。で、どうしてリクはそんな顔してるの?」
お告げは悪いものでは無かった。にも関わらず落胆する理由が分からない。小首を傾げ疑問を口にすれば、彼が大袈裟に肩を揺らした。
「早く言えよ」
「そんな言い方しなくてもいいだろ!」
「面倒なんだよ」
「アッシュ」
気に食わない、とでも言いたげに顔を歪めるアッシュを咎める。私の方をチラリと見た彼は唇を尖らせたまま、そっぽを向いた。
「で、どうしたの?」
「いや、その……俺、自分の弟子のことすっかり忘れてお菓子作り楽しんでたんだよね。だから、どうしようもない師匠だなぁってさ」
成る程、と溜飲を下げ、小さく呼気を吐いた。慰め方など分からないが、先ほど私を〝友人〟と言ってくれた彼に何かしてあげたい。そう思うのに、私の脳漿が弾き出す答えは何一つ役に立たなそうだった。
「リク、フォンダンショコラ凄く美味しかったよ」
「そう……なら良かった。そう言って貰えるのが一番嬉しい」
「ねぇ、リクは日本に帰りたい?」
「え?」
「私に訊いてきたじゃない。日本に自分を連れて帰れるかって、もしリクが望むなら〝友人〟の願いを叶えてあげたいなって」
「ううん」
「帰りたくないの?」
「そうじゃない。確かに前世でやり残したことは沢山あるよ。でも、今はココが俺の居場所だ。俺を必要としてくれる人がいる大切な世界なんだよ。それにさ、お菓子作りが出来れば割とどこでもいいんだよ。俺は生きがいに恥じない生き方が出来れば、それで満足なんだ。だから有難い申し出ではあるけど断るよ。ありがとう、椿」
「そっか。リクはしたいことして生きてるんだね」
「ああ」
〝居場所〟とは、どうやって作るものなのだろう。私の居場所は彼の傍らで、彼の居場所も私の傍らのような気がする。きっと私達が離れ離れになったのなら、きっとお互いを探して彷徨い歩くのだ。例えそれが地獄の果てでも、深海の底でも私達は寄り添う相手を求め手を伸ばす。それは本当に〝居場所〟と言えるのだろうか。
——彼は運命に逆らい、そして運命をモノにした。だがな、奴は運命に勝つことは出来ない。
リクが運命に逆らい、運命をモノにした、と言うのなら、私達にもそれが出来るのだろうか。本来の居場所ではなく、彼のように自らの意思で新しい居場所にいたいと言える日が来るのだろうか。
恐らくアッシュには無理だ。彼の身体はココにあるが、心はいつも前の主と共に在るのだから。
——過去に戻れたら多分アッシュはエノーラさんを選ぶ。
そうならなければいいと思うのに、それで彼が幸せなら……そう思う自身もいた。嫉妬なんて醜い悪魔に取り憑かれたくはない。私が許しているのはアッシュだけなのだから。