第11話「苺色の気遣い」
「あれ? リクの分がないけど?」
「あー、俺、お菓子食べれないんだ」
「パティシエなのに?」
「そう、パティシエなのに。さぁ、食べて。絶対〝美味しい〟って言わせるから」
自信満々に言ってのける様に面食らった。言われるがまま皿を手にする。じんわりと伝う熱が、まだ熱々であることを主張していた。
見た目は普通のチョコケーキのようだ。それにベリーとホイップが飾ってあるのだから可愛らしい。女子が見たら「可愛い」と騒ぎ出すことだろう。ディランが既に頬袋一杯に頬張っているあたり、相当美味しいようだ。フォークで半分に割ると、中からチョコレートが溢れ出してくる。しかし、それは通常のチョコレートの色ではなく、鮮やかな緋色だった。
「赤い……ベリー?」
「そう。普通はチョコが溢れ出すんだけど、ベリーソースも一緒に入れてみたんだ。綺麗でしょ。椿の目の色みたいで」
「綺麗?」
「うん、きっと日本じゃ生きてくのは大変な容姿かもしれないけどさ、椿は綺麗だよ。だから自信持って」
私の眼を綺麗だと言ってくれた人間は今迄いなかった。こんな時、恐らく人は涙を流すのだろう。嬉しさに落涙出来るなど幸せの証に違いない。
「うっ……ぐす……」
べそを掻く音に傍らを見やる。さすればアッシュが号泣していた。思わず笑みが零れる。どうやら彼も、菓子と涙を頬張れば満腹になるようだった。
「なんで泣いてんの!? そんなに美味しかった!?」
疑いもせず、その台詞が出てくるあたり、リクも相当変わった人間だと思う。私は哭するアッシュの横で切り分けた菓子を口に入れた。ベリーは、どうやら一種類では無かったらしい。複数の風味が鼻から抜ける。口腔では、ほろ苦いチョコレートとベリーの酸味が混ざり合い何とも言えない味が広がった。
「すっごく美味しい」
「だろ? 俺の取り得はコレだから」
「うむ、僕の負けじゃ。満足、満足。アジュールの魔女、とても美味じゃった。褒美にコレをやろう」
「え? うわっ!?」
空色の光がリクの鼻先へ向かう。彼が両手を天井に向けると、何かが現れ用意していた掌の上に乗った。
「なにコレ……ベル?」
「一回だけ僕を呼び出す権利をやろう」
「え、別にいらな……」
「主には今後、困難が訪れる。その時、自分で解決するもよし、僕を呼び出して魔法を使うもよし。運命を己の手で選ぶ権利を……お? 何じゃ? 要らんのか?」
掌にあったそれをリクがディランに突き返す。小首を傾げたディランは真っ直ぐリクへ訊き返していた。
「はい。俺は〝魔女〟です。菓子を作ることしか出来ないけど、魔法で何かを解決するのは何か違う気がするので。あとアシュリーも元に戻して貰ったみたいですし……俺、甘い物好きに悪い人はいないだろうって思ってるんです。さっき皆でテーブルを囲ってたし、きっと貴方も悪い人ではないんでしょう。ですから、お代は頂きました。此方はお返しします」
「後悔するかもしれんぞ」
「その時はそれが俺の運命だったってことで」
「そうか。じゃあ僕はこれで。あ、そうじゃ、一つだけ。アジュールの魔女」
「はい?」
「お前の探し人は見つかった。安心せぇ」
「え?」
「じゃあな。カメリアの君、そして優し過ぎる悪魔よ」
彼が笑みと共に土産を置いて消える。忽然と消えた彼に私達は驚くばかりで、何も言えなかった。呪文も魔法を使う時に発する光もない。やはり相当な手練れなのだろう、と思えば、戦闘にならず本当に良かったと思った。胸を撫で下ろしていると、リクが蒼い顔をしている。どうしたのか訊ねると、目を逸らされた。