第10話「蘇芳香の運命」
「彼を一人にしたくないからです」
「はて? 主が死ねば、そやつも死ぬ。共に逝けるではないか」
「私は好きな人には生きていて欲しいんです」
「お前、悪魔を〝人〟として扱っておるのか?」
「勿論です。アッシュは私の大切な人ですから」
「して、好きだと?」
「好きですよ」
「ふむ、それはどんな〝好き〟じゃ?」
答えられなかった。言葉が喉に張り付いたまま出て来ない。そもそも、どうして彼はこんな質問をするのだろう。彼だって魔法を使っているのだから悪魔と触れ合ったことくらいある筈だ。それならば彼らの優しさも知っているだろう。
「……大切に思う方の〝好き〟です」
「主は危ないのぉ……それほどの力を持ちながら、きっと〝世界〟には使わぬのだろう。だが、まぁ及第点だ。僕が教えられるのは、ココまでじゃ」
「え……?」
どういう意味だ。彼がアッシュを指差し微笑む。須臾、再び空色の光が辺りを照らした。煌々としたそれがアッシュの身体を覆う。球体に呑みこまれた彼を案じていれば、ディランに「大丈夫」と言われた。
「これでもう自由じゃ」
「勝負じゃなかったのかよ」
「端からそんなものどうでもよい。二人の絆が、どんなものか見たかっただけじゃからな」
「どういうことですか?」
「カメリアの君よ、悪魔に心を傾けすぎるな。そしてバーゲスト、お前もじゃ。そちは悪魔にしては優し過ぎる。狡猾であれ」
「は?」
「言葉の意味が分かった頃、主等はきっと後悔するだろう。〝不老不死〟なぞ求めるものではない」
「やっぱりお前何か知ってるんだろ!?」
「いいや、知らぬ。知らぬ故、僕は死が怖い。他の三賢者にも会ってみるがよい。カメリアの君、経験に勝る知識はないとだけ教えておこう」
「どういう意味ですか?」
「人は〝死〟に逆らえんということだ。故に美しく生きることが出来る。アジュールの魔女に訊いてみるといい。彼は運命に逆らい、そして運命をモノにした。だがな、奴は運命に勝つことは出来ない。時の流れというのは残酷なんじゃよ」
「お待たせしました。ご所望のフォンダンショコラでございます……あれ、俺邪魔だった?」
「……ううん」
逡巡した言葉を表に出すことはせず呑み込む。盆に皿が三つ並んでおり、彼が歩くとチョコレートの薫りが吹き抜けた。
「おい、早くないか?」
「え?」
「だーかーらー、フォンダンショコラ出来るの早くないかって言ってんの」
「いや、普通に作ってきたけど……ってか、アシュリー元の姿に戻ってんだけど。宣戦布告したのに俺ダサくない?」
「あっ、そういえばお前、椿に触りやがっ……」
「ストーップ! それはあとにして食べてくんない? 冷めるし」
「待っておったぞ! これで悔いなく死ねるというものじゃ!」
「え、あの子病気かなんか?」
「いや、老いぼれジジイ」
「どっからどう見ても子供だけど!?」
説明が面倒臭くなっただろうアッシュが口を噤む。それに不満げな表情を象るも、リクは皆の前に皿を置いた。




